079 しっかりしなさい!三郎
◇
「?」
「なんだ、三郎、帰ってきていたのか? どうした、そんな不思議そうな顔をして、家に入らないのか。相変わらず変な奴だな、大丈夫か」
目の前にいた兄貴が、玄関の扉を開けて中に入っていく。
「おいっ、本当に大丈夫か? 入らないのか」
「ああ、先に入ってくれ」
「……」
首を傾げながら家の中に兄貴は入っていった。玄関の扉が閉まった。
ええぇ、帰ってきたのか?
祭壇に寝て、ナビが声をかけてくれたと思ったら、気づいた時は自宅の玄関前に立っていた。そして、兄貴に声をかけられたのだ。門扉を開け道路に出てみる。見覚えのある町並みだ。俺は駆け出した。近くの公園まで走る。
公園の桜の木が満開だ。たしか、ナビは俺の世界で1年がたったと言っていた。俺は、桜の咲く季節に出発したので、ちょうど1年経ったのかも知れない。
また走り出し、近くのコンビニに入って、雑誌や新聞の日付を確認する。店員やほかの客の訝しそうな視線が気になるが、あえて無視。
やっぱり、1年経っているようだ。
コンビニから外に出ると、通りを歩いていた女子学生たちが、俺を見て指差しながらこそこそと話している。なんだよ、と思って女子学生を睨むと、女子学生たちはあらぬ方を向いて俺とは目を合わせない。だが、彼女たちから目を離すと視線を感じる。
「なんだよ、まったく」
ぼやいて、コンビニのガラスを見ると、少し怒った顔の俺が映っていた。頭に布を巻き付け、中世世界から飛び出してきたような服を着て、見かけない靴をはいて少し怒った俺の顔が。
あっ! 異世界のまんまだよ。とにかく、家に戻ろう。
俺は、走って自宅まで戻った。玄関の扉を開け大声を上げながら家の中に入っていく。
「ただいま、三郎だよ」
「お帰り、遅いじゃなの。早く上がってきなさい」
居間から母さんの声が聞こえる。何も変わっていない声だ。靴を脱ぎ居間に行く。
「お兄ちゃんから、三郎が帰ってきたよって聞いて、待っていたのに何してたの? 玄関に居たんでしょ。懐かしくて、なかなか入れなかったのかな」
見た目も何も変わっていない母さんが笑顔で迎えてくれた。
「いや、ち、ちょっと……」
「三郎、ちょっと痩せた? でも、良いのよ。逞しい顔になったわ」
と、母さんが俺の顔を両手で挟み、良く見せろと俺の顔を左右に振る。
「どうしたの三郎、急に帰ってきて、寂しくなった? でも、三郎が顔を見せてくれて嬉しいわ」
「や、約束したからね。一度帰ってきて相談するって」
「そうだったわね、三郎。嬉しいわ約束を守ってくれて」
あれっ、だれだ? あの女の人は。
母さんの手に顔を挟まれているので、良く見ることができない。見慣れない女の人が兄貴といっしよに、食卓で何かを食べているように見えた。
「母さん、母さん、だれ?」
俺は、小声で視線の先の見知らぬ人物について尋ねる。
「お兄ちゃんの彼女よ、可愛いでしょう。なびちゃんの知り合いらしいわよ。あなたのお姉さんになるかもよ」
「ええぇ、そこまで進んだ話なのか、やるな兄貴」
「そうよ、端から見ていてもラブラブなんだから。うん、早いわよ、きっと。そうだ三郎を紹介しないと、おいで」
俺は、母さん、兄貴と連係されて兄貴の彼女さんと挨拶した。髪が短めでスラッとして凹凸のはっきりとした人だ。ソルに似ているかなと思った。まあ、ソル事態が兄貴の好みをベースにして造ったから似るのもわかる。
食卓の上にある大福とお茶をもって居間にみんなで移動する。腰を落ち着けて話をするようだ。
「三郎、あなたはどうなの。恋人は出来ないの?」
「俺には、そんな暇なかったよ。あっちにいったり、こっちにいったり忙しかったんだ」
首を横に振りながら、母さんの質問に答える。
「ダメねえ。もっと頑張んないと良い娘なんて見つからないわよ」
「そうだね」
と適当に母さんに話を合わせ、俺の今まで出来事の話を聞かせる。
現地で義理っぽい妹たちが出来た事。商売を始めたら大儲けし、土地持ちになった事。その土地に温泉が湧き出て、新しい村が出来た事。村長っぽいことを始めた事。スーパー銭湯ランドっぽい施設を作って商売を始めた事、を主体に捕物や人助けを手振り身振りで話した。もちろん、ケモ耳とか魔法とかドラゴンなどの異世界ネタは誤魔化した。
「ふーん、頑張ったわね、三郎」
反応が悪いな母さん。前だったら身を乗り出して、それで、それで、と子供のように目を輝かして聞いて来ていたのに。もう、知っているわよ、みたいな顔だ。
俺って、自分が思うほど冒険はしていなかったのかな。
「それで、三郎はどうしたいの?」
ドキッ
ナビは条件が揃っていないから、肉体は俺の世界に戻れないと言っていた。今の状態は戻ってないのだろうか?
「俺は……」
「しっかりしなさい! 三郎。自分の人生は自分で決めるしかないのよ。周りの人たちは、助けてくれるかも知れない、アドバイスをしてくれるかも知れない、あなたにこれをやりなさいって命令するかも知れない、ひょっとしたら騙そうとするかも知れない。でも、最後に決めるのはあなた。あなたの人生、あなたが生きる世界は、あなたが決めるの」
「母さん……そうだね、母さんの言う通りだ。自分で決めるよ」
「三郎もう一度聞くわ。三郎は、どうしたいの?」
「俺は、妹たちが一人立ち出来て、新しい村長が立つまでは旅先に居るよ。たぶん数年間ひょっとしたらずっと」
「良いんじゃない。でも、無茶なことはしないのよ。妹ちゃんたちのためにも」
母さん、ありがとう。
すっきりした気分だよ。決断って勇気がいるんだな。でも、俺、頑張るよ。
兄貴が、お前が出来ることをやれば良いのさ。いざとなったら妹たちを連れて逃げれば良いんだぞ。そしたら、なんとかなるさと言ってくれる。
無責任なと一瞬思ったが思い直した。俺が意固地になって無理をしても、妹たちが不幸になったらダメなんだ。いつも何が大切なのかを忘れないようにしないとな。そういうことだろ兄貴。
(サブロー、そろそろ時間だよ。最初の場所に戻って。そうしないと徐々に消えるからね)
頭の中にナビの声が響く。ナビ、心配するな、俺は決めたんだ。そこに戻るってな。
「じゃあ、母さん、兄貴、そして姉さん、俺行くよ。待っている奴らがたくさんいるんだ」
玄関まで見送るわ、と母さん。兄貴と姉さんは、元気でな、たまには連絡しろと言ってくれた。
母さんとふたりで玄関まで来る。
「三郎、三郎が頑張れるよう、母さんがおまじないをかけてあげる。目を閉じて」
俺が目を閉じると、母さんが俺を抱き締めてくれる。
「三郎、母さんはいつまでもあなたの味方だからね。忘れちゃ駄目よ、元気でね」
「うん、母さん、ありがとう。父さんに何も言えなかったけど、言っておいて、三郎は大人になったって」
母さんは俺を放すと、俺の鼻を摘まんで言う。
「何、生意気なことを言っているの。いつまでも、あなたは私たちの子供よ、じゃあね、行ってらっしゃい」
「うん、行ってくるよ」
俺は、玄関の扉を開けて外に出た。扉を閉めると自分の左手が透き通っているのに気づく。
ああ、戻るんだ。
「ああそうだった、三郎、お兄ちゃんの結婚式には呼ぶから戻って来るのよ。それから、先に帰った、なびちゃんによろしくって伝えてね」
玄関の扉ごしに母さんの声が聞こえた。
何だって、母さん。誰によろしくって?
世界は暗転した。
サブローの一時帰宅でした。
次回、(王国)終わりの始まり




