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078 神殿の最深部

 ◇


 目の前に広がるのは滝壺の水。滝からの水は流れ落ちてこないものの、滝の暗闇までの間には滝壺がある。さて、どうしたものかと思っていると、ナビがスタスタと歩きを止めず進んで行く。


「ナビ?」


 ナビは、構わず進んで水の上に立ち止まり、振り向いて俺に応えてくれる。

「なに、サブロー」


 ナビ、水の上に立っているぞ。そんなのありか?


 俺は、ナビの足下を指差すと、ナビがああと言って応えてくれる。

「水の上も歩けるから大丈夫だよ。ドラちゃんも滝の奥から出てきたでしょ。ドラちゃんの結界だから大丈夫」

とナビは水の上を跳び跳ねる。恐る恐る水の上に足を乗せると、確かに水に沈まず硬い感触が靴の裏から伝わる。少しずつ進むと、滝壺の水が流れている所と流れていない所があるのに気づく。どうやら、ドラゴンが水の表面だけ、結界というもので固めているらしい。


 滝壺を渡りきり、滝の暗闇へと足を踏み入れた。


 魔力の幕のようなものを通り間抜けると、ゴツゴツとした岩がむき出しの洞窟に出た。外からは、たぶんこの魔力の幕のようなもののために、中が覗き込めなかったのだろう。


「 ナビ、どうして俺だけなんだ、この神殿に入れるのは」

「それは、サブローが、ゲスト登録者だからかな。もちろん、他の人でもドラちゃんに認められたら入れるけどね。ここはドラちゃんの結界に守られた神殿だから」


「じゃあ、ここに入るときにあった魔力の幕のようなものが、ドラゴンの結界なのか?」

「そうだよ。ドラちゃんの許可がないと、あそこからは進めないよ」


 なるほど、ドラゴンが守人の役目なんだな。人を排除して何を守っているんだろう。


 洞窟の中は、ドラゴンが辛うじて向きを変えられるぐらいの広さしかなく、徐々に下っていた。また、洞窟には枝道は無く、真っ直ぐ一直線に続いている。周りは真っ暗な洞窟で壁などが見えないのだが、俺とナビが進む先はどういう仕掛けかはわからないが、ほのかに明るくなっている。


 かなりの距離を歩くと、いつの間にか石畳の道を歩いていることに気がついた。壁も天井も暗くて見えないが、ひょっとしたら綺麗に作られた物になっているかもしれない。ほどなく、道の先にぼんやり光る建物が見えてくる。


「じゃーん、神殿に到着。サブロー、ここが神殿だよ」

「……」


 俺の目の前には自ら光る神殿が、そそり建っている。パルテノン神殿のような建物で大きく威厳を感じる。それが、神殿の大きさのせいなのか、ドラゴンの結界のせいなのかはわからないが。


「さっ、中に入ろうか。サブロー」


 ナビが、神殿の入り口にある階段を上って行く。砂漠にあった神殿ももとはこんなだったのかなと思いながら、ナビの後を追いかけた。


 高い天井の入り口をくぐり抜け、神殿の奥へと進む。エジプトの神殿にあるような象形文字やヨーロッパの教会にあるような人物像などは一切ない。ただ、石の柱が連なるのみ。


 やがて、神殿の最深部へとたどり着いた。


「サブロー。サブローがこの世界に来て、もう、1年ぐらいだよね」


 何を藪から棒に。


「そうかあ、半年ぐらいだろ」


 俺は、この世界に来てから今まで事を振り返りながら、指折り月日を数える。やっぱり半年ぐらいだ。この世界が半年を1年と言うならば別だが。


 石の祭壇に手を付けながら、ナビは俺に言う。この神殿にある祭壇は、砂漠にあった祭壇の4倍ほどの大きさだ。ダブルサイズのベッドぐらいだろうか。


「違うよ、サブロー。サブローの世界の時間だよ」

「えっ?」

「サブローが来てから、サブローの世界では1年が経ったんだよ」

「えっ、俺の世界で1年?」

「そうだよ、家に帰りたい?」

「か、帰れるのか? 俺は」


「帰れるよ」


 俺の世界で1年ってなんだよ。それに、帰れるってなんだよ。でも、ここで帰っていいのか? 俺。バレンナやラズリはどうなる。後はよろしくって問題じゃないよな。バレンナとラズリは俺を信用して今まで、付いて来てくれたんじゃないか。見捨てることにならないか。それで良いのか、俺は、後悔しないか?


 バレンナ、ラズリのことはもとより、サーナバラに移住してもらったオドンをはじめとする南端の村人たち、ベリーグの町から移住してくれたシスターと孤児たちと関係者、そしてホスバとソルの顔が浮かぶ。


 みんな、みんな、俺が誘ったんじゃないのか? そんなみんなに、俺は一言も言わずに居なくなれるのか?


 色んな想いが、頭の中に溢れ出てきた。


 ダメだ決められない。


「ナビ、一旦サーナバラに戻って、みんなに挨拶してからじゃダメなのか?」

「たぶん、ダメかも。この神殿の機能が発動しているから、今だけだよ」

「えっ」


 ウソだろう。挨拶も出来ないのかよ。

 うーん、うーん、ダメだ。ダメだ。わからない。どうしたらいいか、わからない。帰りたいし、残りたい。


 なんだよ。いつの間にか俺は、この世界の住人になっていたんだ。旅人なんかじゃなかったんだ。


 今、帰ったら、一生後悔しそうだ。


 ごめんね、母さん。ごめんよ、父さん、兄貴。俺は、もう、ここの住民になったみたいだよ。


「サブロー、どうしたの? 深刻な顔をして。大丈夫だよ、心配しなくてもちゃんと戻ってこれるから」

「戻ってこれるって、どういう意味なんだ?」

「あれっ、言ってなかったっけ。サブローがサブローの世界に帰れるのは精神だけだよ。肉体は帰れないよ。条件が揃っていないからね」


「精神だけ……」


 無条件で帰れる訳じゃ無いのか? なんだよ、今の悩み事を返してくれよ。でも、正直な自分の気持ちがわかったよ、むしろ良かったのかな。


「じゃあ、気持ちの整理は出来たのかな。サブロー、この祭壇の上に寝て」


 ナビが祭壇から手を離して一歩下がり俺にウィンクする。私は、サブローの考えている事なんか何でも知っているのよって顔をして。


 なんだよ、ナビ。今までの事は、わざとかよ。


 ありがとう、ナビ。


 俺は、ナビに急き立てられ祭壇の上に上がり、そして寝そべった。


「それじゃあ、行くよ」


 ナビの声とともに、世界が暗転した。





サブローが故郷に帰れそうです。精神だけですが……


次回、しっかりしなさい!三郎

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