075 サーナバラに帰るよ
◇
「ナビ、魔法の練習はサーナバラの帰り道でやろうか」
「うん、そうだね。町中じゃあさすがに練習出来ないよね」
ベリーグの町中、逗留先のシャルの屋敷に戻る途中に俺たちは決めた。いや、町中なんかで魔法を使ったら目立つ。それに、町中で魔法をやたら構わず、ぶちかます奴はいない。もし、いたとしたら町の役人に捕まっているだろう。
「じゃあ、そろそろサーナバラに帰ろうか。ソルやホスバが心配しているかもよ」
「それに、温泉も恋しいしね」
「ん、海鮮焼きもたくさん食べた。帰ってもいい」
「うん、私もいいよ」
◇
シャルの屋敷に戻ってサーナバラに帰る準備をして、シャルに帰郷の挨拶をする。打ち合わせに来ていたプルーグにも。
「長々と逗留させてくれて、ありがとうシャル。明日の朝、サーナバラに帰るよ」
「そうですか、残念ですわ。もっと遠慮なく滞在いただいて構わないのに、本当に残念ですわ。なんでしたら、バレンナお姉様だけでも延長しませんか」
俺は、バレンナを見る。バレンナのうるっとした目が、ダメえと言っている。
「シャル、申し訳ないけど、バレンナにはサーナバラに帰ってもらわないとダメなんだよ。次期領主の仕事が山のように待っているんだ。バレンナが帰らないと領民みんなが困っちゃうんだよ」
バレンナは、コクコクと首を縦に振り、その通り、その通りと頷いている。
「そうですの、残念ですわ。でも、さすがバレンナお姉様ですわ。次期領主として活躍される姿を見てみたいですわね。立派なお姿を」
シャルは両手を合わせ、どこかを見つめ、なにやら妄想に耽っている。それを見たバレンナがブルブルと震えた。
「あっ、そうですわ。わたくしもいっしょにサーナバラに行けば良いのですわ。素晴らしい考えですわ。バレンナお姉様、よろしいかしら」
バレンナがうるうるっと俺を見る。どう言ったものかと思案していると、プルーグから助け船がでた。
「それは、ダメだ、シャル。お前は、まだまだ俺と商会の運営を勉強中だろ。俺は妹、お前のお母さんに誓ったんだ。お母さんのような立派な女性に育てるとな。だから、ダメぞ」
シャルは、うへーという顔してプルーグを見上げて反論する。シャルの可愛い顔が台無しだ。
「プルーグ叔父様、違う町の商会や商品を見ることも、勉強だわ。ひょっとしたらその商会の運営方法が進んでいるかも知れませんわよ。それに近隣の領主様たちと交友を持つのも商会主の勤めじゃないのかしら。わたくしはそう考えますわ。どう思われましてプルーグ叔父様」
「わかった、わかった、降参だ。勉強が一段落したらサーナバラに連れていくから、それで妥協しろ。我慢や妥協も今のうちから学んでおくんだ。だが、別にいつも我慢や妥協をすることはないぞ、我慢や妥協がどういうものかを知っておくことが大切なんだ。それが商売の駆け引きや運営に繋がるという事なんだから」
「仕方ないですわね。我慢いたしますわ、必ずですわよプルーグ叔父様、サーナバラに行きますわよ、約束ですからね」
「ああ、わかった約束だ、シャル」
バレンナはがっくりとうなだれている。そんなバレンナにシャルは、待っていてくださいね、と言っている。モテていいじゃないか、バレンナ。俺たちは温かい目でふたりを見守った。
◇
翌日の朝、シャルと駆け付けてくれたプルーグに別れの挨拶をする。
「それでは、バレンナお姉様、道中お気をつけて」
「うん、シャルちゃん、ありがとう。シャルちゃんもサーナバラに来るときは気をつけて来るんだよ」
「はいっ、バレンナお姉様。それから、ナビさんも、ラズリさんも道中お気をつけてくださいませ」
シャルからしたら、バレンナの他はおまけだもんな。
「ありがとう、シャルちゃん、サーナバラに来るのを楽しみに待っているよ」
「ん、海鮮の干し物、待ってる」
シャルは、ナビとラズリに挨拶して俺の所に来る。スカートをつまみ上げ、優雅にお辞儀をするシャル。
「お兄様、この度はわたくしを助けてくださって本当にありがとうございました。このご恩はいつか必ず返させていただきますわ。楽しみに待っていてくださいませ」
「ああ、みんなで楽しみに待っているよ。シャルちゃん元気でね」
「はいっ、ところでお兄様。ひとつ聞いても良いかしら?」
「何かな」
満面の笑みで聞くシャル。
「お兄様のお名前はなんと言ったかしら?」
まあ、そんなこったろうと思ったよ。こんな可愛い子に笑顔で聞かれたんだ、こっちも笑顔で返さなきゃな。俺は、笑顔には弱い男だ。
「俺は、サブローって言うんだ。ナビとバレンナとラズリのお兄ちゃんさ」
俺は、ナビとバレンナとラズリをひとりひとり見ながらシャルに笑顔で答える。ナビとバレンナとラズリも笑顔だ。
「では、サブローお兄様。お気をつけて」
◇
シャルの屋敷を出発して神殿に寄り飯屋を辞めてきたフィナをともなって、ベリーグの町を出た。今回は、水着回はなかったものの、ベリーグの町を堪能して俺としてはかなりの満足感があった。来てよかったよ。
ナビが手綱を握る馬車はポコポコと進む。ベリーグの町が徐々に見えなくなっていく。フィナが少し寂しそうな顔をしている。俺は、フィナの頭に手を乗せると声をかけた。
「フィナ、ベリーグにはいつでも帰って来れるぞ。寂しくなってベリーグに帰って来たくなったら俺に言え。俺が連れて来てやるよ。俺も海鮮焼き食べたいしな」
故郷を離れるのは寂しいものだ。ましてや、こんな小さい子だからひとしおだろう。力になってやりたい。
「サブロー様。やっぱり私、お相手しても良いですよ」
「そうだなぁ、フィナがもっと大きくなって、まだ、その気があったらもう一度言ってくれれば考えるよ」
「やっぱり、今の私じゃ相手してもらえないんですね」
「そうだよ、フィナは可能性の塊なんだ。まだ、道を決めるのは早いよ。サーナバラに着いたら、歳が同じぐらいの子たちといっしよに、いろいろ学んでもらうよ。計算、読み書き、料理に武芸だ。それから農作業や馬の世話や温泉施設のお手伝いもやってもらうよ。もちろんメイド見習いもね。そして、一番やりたいと思ったことを将来の仕事にしてもらえれば良いんだ。自分の将来、自分の世界を自分で決めて良いんだよ」
「わかりました。いろいろ勉強します。それでも、サブロー様の相手が良かったら聞いてくださいね」
「ああ、わかったよ、フィナ」
素敵な女性になるんだよ、フィナ。
すでに、ベリーグの町は見えなくなっていた。
シャルに別れを告げ、フィナを連れてサーナバラに帰ります。
次回、見てくれ俺の火魔法を