069 サブローはどこに
◇
少女の体から力が抜けると、影は少女の細い首から手を離した。床に崩れ落ちる少女。
「まったく手間のかかる娘だ」
崩れた少女を見下ろして影だった男の言葉は続く。
「これで、商会は私のものだ、ありがたく頂戴するよ、シャル。それに、安心してくれ、お前のお気に入りの小娘も犯人として、すぐに後を追うから」
男が部屋を出ようと後に数歩下がると、そこに声がかかる。
「それは、困りましたわ、叔父様。私が亡くなっても商会は叔父様の物にはならなくてよ」
崩れ落ちた少女から声が聞こえるものの、少女はピクリとも動かない。
「なっ!」
「それに、バレンナお姉様を犯人にするのも、困りますわ。わたくしの大好きな方ですから」
男は、声は発するもののピクリとも動かない少女に薄気味悪さを感じるのか、後退りでさらに数歩下がる。
「なっ、なんだこれは。シャルなのか? お前は死んでいるはずだ」
「そうですわね、叔父様が首を絞めたのですもの。苦しかったですわ、叔父様も味わってみますか?」
「ふ、ぶざけるな! お前はもう死んだのだ!」
男は少女の体を蹴り飛ばそうと、崩れてピクリとも動かない少女に近づく。
「つれないですわ、叔父様。可愛い姪が、次の世界に連れていってあげますわよ」
少女の声が終わると、少女の体が突如、床からガバァと立ち上がり、宙に浮く。
「ひっ!」
男は後に下がった。
少女の体が浮かび上がると、部屋の気温が一気に下がった。
浮いた少女はうつ向いていたが、徐々に顔を上げる。そして、赤く禍々しく光る目と、真っ赤な唇の顔が男を見る。
「ひっ!」
男は振り向き慌てて、扉に駆け寄り開こうとする。
ガチャガチャ。
扉は開かない。
「なぜだ! なぜ、扉が開かない」
「それは、叔父様を次の世界に連れていかないと、いけないからですわ」
「お、俺は、次の世界になんて行かないぞ」
男は扉を押したり引いたりしているが、扉が開く気配はない。宙に浮かぶ少女がゆっくりと男に近づいていく。部屋の気温はどんどん下がっていく。
「だめですわ、いっしょに次の世界に参りましょう。叔父様がわたくしの首を絞めたのですもの」
「お、俺が悪かった、ゆ、赦してくれ。シャル、お前を殺す気など、俺には微塵も無かったんだ。あいつだ、あいつに言われたんだ。だから、お、俺は、悪くないんだ。だから、連れていかないでくれ! シャル、赦してくれ、だから、俺じゃない、俺じゃない、だから……」
男は扉を背にしゃがみ込み、ガタガタ震えながら、頭を抱えて少女に赦しを乞う。
「叔父様は悪くないんですの? では、誰が悪いんでしょう。わたくしは一番悪い方を次の世界に連れていかないと」
「シャル、ゆ、赦してくれるのか?」
「一番悪い方とは、どなた?」
「兄貴だ、兄貴がシャルが居なくなったら、家名はロゼナだからロゼナ商会は俺が相続出来るって言ったんだ。俺には、その気は無かったのに、あいつが全部悪いんだ。シャル、わかってくれるだろ」
「そうですわね、わたくし、ムコム叔父様を赦してあげても、良くってよ」
「シ、シャル、ありがとう、シャル、ありがとう」
ムコムは涙と鼻水で顔をぐじゃぐじゃにしながら、膝立で少女を拝む。
はっくしゅん。
「「えっ」」
げぶっ。どさっ。
「「えっ?」」
扉が開き、日に焼けた顔の男が入ってきた。すると、部屋の中の随所に置かれた魔石が光を放ち始め部屋の中が明るくなった。
「シャルが赦しても、俺が赦さん! ムコム・ロゼナ、お前には相応の罰を受けてもらうぞ」
「なっ?」
ムコムは、口をパクパクしている。
「言い逃れは出来んからな、俺の他にも一部始終見ていた旦那方がいるからな、観念しろ」
そう宣言したプルーグの後には、数人の旦那方がいた。それを見たムコムはがっくりと肩を落とした。
「残念でしたわね、ムコム叔父様」
プルーグの後から聞こえるシャルの声に反応してムコムは顔を上げた。すると、にっこりとした笑顔でムコムを見るシャル。
「シ、シャル、お前なのか? それじゃあ……」
ムコムは後ろを振り返り、自分が首を絞めた少女を見る。少女は崩れ落ちた所にそのまま、崩れ落ちていた。
「……あれは、だれだ?」
「ムコム叔父様が殺した相手でしてよ」
「身代わり……」
再び、がっくりとムコムは崩れた。
◇
パーティーは終わり、ムコムは役人と兵士に連行されて行った。招待客も各人自宅へと帰路についた。
屋敷は静寂に包まれていた。
「シャル、俺がお前の後見人だ。良いな」
プルーグ・イバッセンは強い眼差しで、シャルを見る。
「はい、プルーグ叔父様、これからよろしくお願いしますわ。わたくしでは商会の者も付いてきてくれませんし、取引先にも下に見られますから。叔父様が先頭で指揮していただい方が、より商会が発展しますわ」
プルーグは、苦笑いして呟く。
「それだけ分かっていれば、商人としては充分だ、シャル」
プルーグはナビたちに向かって頭を垂れる。
「シャルを助けてくれて、ありがとう」
「いいえ、感謝は不要ですよ、これも何かの縁です。私たちも役に立てて良かったです。それに、サブローがあなたと約束したと言っていたので」
「そういえば、サブローさんは?」
「部屋を冷やすために使った魔石の近くにいたら、具合が悪くなったとかで寝ていますわ、オホホホ」
「ナビ姉……」
「ん、サブロー兄が悪い」
サブローは具合が悪くなったようで、どこかで寝ています。事件はひとまず終了です。
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