068 俺たちのパーティーが始まる
◇
木々が生い茂る中庭。屋敷の外廊下で語るふたりの少女。影に隠れてその様子をうかがう男。
「今夜は、パーティーだね」
「そうですわ、バレンナお姉様」
キラキラした目でバレンナを見上げるシャル。何かを期待している目だ。
「今夜は、私とシャルの記念日にしようと思うんだ」
「はい、うれしいですわ」
シャルを廊下の壁際に追い詰め、壁に手をつけてシャルを見下ろすバレンナ。バレンナとシャル、ふたりは見詰め合ったまま。
「だから、シャルとふたりっきりで会いたい」
「はい」
シャルの顎を指で優しく持ち上げ、しっかりとした口調で語るバレンナ。
「パーティーの挨拶が終わって、ダンスが始まる頃、ひとりで書庫に来てくれないか? あそこなら人目につかないから」
「わかりましたわ。ダンスが始まったら、書庫に参ります」
「私は、やぼ用があって少しばかり遅れて行くよ。待っていてくれるかな? 子猫ちゃん」
「意地悪ですわ」
赤く頬を染め俯くシャル。
「待っていますから、早く来てくださいね。バレンナお姉様」
バレンナを見上げ抱きつくシャル。
「ああ、わかったよ。じゃあ、みんなのところに戻ろうか」
「はい」
影から様子をうかがっていた男は、後に下がり姿を消した。
男の姿が消えると、抱きつくシャルと相手のバレンナも、空気に溶けるように居なくなった。
◇
「ナビ、仕込みは?」
「ばっちりよ」
「ラズリ、書庫の準備は?」
「ん、問題ない、3人組とやった」
「みんな、ご苦労さん。よし、後は引っ掛かるのを待つだけだな、魔力使って疲れたから、飯屋に行こう。この間の海鮮焼き屋はどうだ?」
「いいね、あの店に行くとサービスしてくれるんだよね。ラズリもいい?」
「ん、問題ない、今度は牡蠣がいい」
南国の牡蠣を舐めていたよ。意外と美味しいんだ。
「牡蠣か、いいね! 今日は牡蠣にしよう。そういえば牡蠣の山蒸しがあったな」
「いいわね、ひとりひと山ね。この時期は身がぷっくらしていて美味しいんだよね」
「ん、牡蠣以外も蒸す、たくさん食べる」
「じゃあ、行こう、行こう」
バレンナがまた、恨めしそうに見ているが、いつもシャルに捕まっているから仕方ない、別行動だ。
バレンナの話では、俺たちより豪勢な食事をしているらしいが、堅苦しくて疲れると泣きべそ顔で言っていた。シャルが離さないからな。でも、もう少しで決着出来そうだから、そしたら、みんなで海に遊びに行こうって言ったら、絶対だよって手を握りしめられて言われた。
バレンナ、ストレス溜まってんな。申し訳ない、シャルを押し付けて。後でたっぷり遊びに行こうな。
今夜は、シャルの屋敷でパーティーだ。舞踏会と言うほどではないが、西洋式のパーティーだ。シャルの商会の取引先を招いて慰労する。慰労と言っても、宴会屋を雇って芸などさせてパーティーを盛り上げ、招いた客を楽しませるのだ。
もちろん、これは俺たちの企画だ。
今夜は、パーティーだぜ。
◇
日が傾き続々と屋敷に集まってくる客たち。魔石の明かりが次々と灯り始める。
客たちは、グラスに入った軽めの酒で喉を潤す。奏者が柔らかな音を奏でる。
屋敷のロビー、広間そして中庭を使ってパーティーが開かれていた。招かれた客たちは、顔馴染みなのか、あちらこちらで小集団を作っている。
バレンナの手に、軽く手を添えたシャルが現れた。
シャルは可愛らしいドレスを身に付け、おしゃまにも髪をアップしてまとめている。成人、未成人そして既婚、未婚で髪型が変わる地域もあると言うのに、主催者はまた別物なのか。シャルの隣には、男装したバレンナがシャルの手を軽く支えている。俺と目が合ったバレンナは、こっち見ないでと目で訴えている。
さすが、シャルの見立てだ。似合ってるぞ、バレンナ。
俺の周りの若い娘たちがキャー格好いいとバレンナの事を話しているのが聞こえる。後でバレンナに教えてやろう。
招待客が集まってくると、シャルがバレンナから手を離し、一段高くなった台に上がった。そして、奏者が手を止めると、シャルが挨拶を始めた。
「今宵は、ロゼナ商会のために、お集まり頂きありがとうございます。皆様には日頃からお世話になっており感謝しておりますわ。ささやかではありますが、日頃の感謝としてパーティーを開かさせていただきましたので、楽しんでいって下さいませ」
シャルが合図を送ると、再び奏者が音を奏で始めて、パーティーが始まった。
シャルはバレンナをお供に、個別に招待した商人たちを回り始めた。子供の癖に大人顔負けの動きをしている。さすが、商家の娘だ。
俺が聞き耳を立てていると、商人たちのシャルへの評価が聞こえてくる。上々の評判で、自分の孫を自慢しているような気でいるのだろう。シャルはたぶん、そこまで計算して動いていそうな頭のいい娘だ。
やるな、シャル。
シャルは一通り、商人たちへの挨拶を終えると、また台に上がり大声で言った。
「皆様、私は疲れてしまいましたので、これで下がりますが、これからダンスや余興がありますから、楽しんでいって下さいね。では、失礼しますわ」
周りから拍手が起こり、背に受けながらシャルはバレンナを連れて退場していった。
シャルの退場を見送った俺は、ナビとラズリに視線で合図を送ってパーティー会場を後にした。ナビとラズリも時間差で会場から離れるだろう。
さあ、俺たちのパーティーが始まる。
◇
薄暗い部屋にたたずむドレス姿の少女。
部屋の壁には、いく段もの棚があり古びた本が収納されている。出窓の棚に光の魔石がひとつ、部屋の中をほのかに照らしている。
部屋の扉が薄く開いて、影が入って来た。
「遅いですわ、お待ちしてましてよ」
窓の方を向いている少女は振り向きもせず声を発した。
影は少女の声で一瞬動きを止めたものの、少女が振り返っていないのが分かると、そのまま、少女の所まで静かに歩いて行く。
「怒っていますのよ、わたくしは」
また、振り返りもせず言う少女。
影は少女の側まで来ると手を伸ばし、少女の細い首を締め付けた。
「シャル、両親もとに送ってやる」
影は、さらに手に力を込めた。
牡蠣が美味しい季節だそうです。首を絞められるシャル、どうなるのでしょうか?
次回、サブローはどこに