065 この子、だれ?
◇
へっくしょん。
へっくしょん。
ぐず。誰かが、噂してやがる。俺が格好いい男だからかな。
「ん、違う」
ラズリさん、早いよ、まだ何も言ってないよ。ぐず。
俺は木陰で昼寝していて目が覚めた。遠くに水煙が立ち上るのが見える。滝の近くまで来ていた。もう少し近づくと、滝の水が落ちる音が聞こえ始めるだろう。
今回は滝の裏の神殿に寄って魔法をゲットする予定だ。ナビが生きている神殿と言っていたから問題ないだろう。
俺たちは滝の近くまで来ていたため、これ以上移動しても仕方ないので、宿泊に良い場所に馬車を止ていた。滝への訪問は明日にして、2頭の馬を馬車から外しナビがバレンナに乗馬を教えている。俺とラズリは留守番。ラズリは見張り番で俺は木陰で昼寝していてこの様だ。
遠くの方で、木から鳥たちが一斉に飛び立ち離れて行く。
「何だろう、あれ、何かやったのか?」
どうせ、ナビが変なことしたんだろう。
俺はラズリに鳥の事を教える。
「ん、何か変」
ラズリの言うとおり、しばらくすると、馬が4頭、こちらに駈けて来る。前の2頭には人が乗っており、後の2頭には人が乗っていない。
「ナビとバレンナだな。ん、ナビの後に誰かいる?」
「ん、いる」
ナビとバレンナが俺たちに近づくと馬から降りた。ナビの後に乗っていた少女も馬から下ろされる。少女は馬から降りると、すすすと移動してバレンナに腕組みする。バレンナは腕組みは振りほどかず困ったような顔をしている。少女はバレンナより頭2つほど低い背丈だ。幼女を卒業したぐらいか。オレンジ色のくるくると縦に巻いたロール髪が似合う可愛い子だ。
「この子、だれ?」
俺は、ナビとバレンナを交互に見ながら聞くが、ふたりは首を振るばかり。すると、少女はにっこりと笑顔になり、ふたりの代わりに俺の質問に答えてくれる。
「私の名前は、シャルですわ、シャル・ロゼナ。よろしくね、お兄様」
ニコ。
バレンナの腕は放さないが、スカートの裾をつまみ上げ、少しばかり膝をおって挨拶する。満面の笑みで。
くっ、あざとい、あざとすぎる。もう少し年上だったらやばかった。俺は大丈夫だ、俺は対象範囲が上な男だ。しかし、このままこの子に見とれていては不味い、ナビに何を言われるか。
「何か、あった?」
ラズリ、それだ!
「それが、乗馬の訓練をしていたら、この子が乗っている馬車が盗賊に襲われていたのよ。それを見たバレンナが剣を振りかざして馬で突撃すると、盗賊たちが逃げていったの」
盗賊よわっ。でもバレンナに怪我がなくて良かったよ。あっ、わかった。バレンナの突撃に驚いて鳥が飛んだのか。
「それで、危ないから連れて来たんだけど……バレンナを気に入ったみたいだね」
「お姉様は、バレンナ様というんですね。私はシャルと言います、よろしくお願いしますわ」
「うん、よろしくね、シャルちゃん」
「はいっ」
シャルはバレンナをキラキラした目で見上げている。何をそんなに気に入ったのだろう。俺の方が格好いいぞ。
「ん、それはない」
ラズリさん、こころ読まないで。ぐず。
「ところで、この馬たちは?」
俺は増えた馬たちを見て、ナビに聞く。
「この子の馬車に着いたときは、馬は馬車から放されていたわよ。それで、こっちに戻るときにいっしょに来る? って聞いたら付いてきたの。でも、何で馬車から放されていたのかな?」
「それは、簡単ですわ。御者が馬車から馬を放したのです、馬を休めるために」
「えっ、でも御者さんいなかったよね」
びっくりしたバレンナがシャルに聞く。
「いましたよ、御者と護衛は、盗賊が現れたとたんに逃げてしまいましたわ。おふたりともわたくしの盾にはなりませんでした」
「……」
何か盗賊の連中から本気度が感じられないな。こう、段取りが悪いというか、ちっちゃと事をやらないというか。だけど、相手が、そんなだからこの子が助かったんだろうけど。
「馬車の中には、あなたひとりだけ?」
「あっ、メイドを忘れてました」
「メイドって?」
「はい、わたくしの御付きですわ」
御付きってメイドか。でも忘れるって可哀想だぞ。
「その御付きの人も逃げちゃったの?」
「いえ、馬車の中にいっしょに居たのですけれど、気が動転していて忘れていましたわ。申し訳ありませんが、馬車まで戻っていただけるかしら」
やる気の無い護衛と盗賊たち、存在感の薄いメイド。これは何かあるとしか思えないよ。自作自演? 何のため? 俺たちへの罠か? まあ、何にしても注意しておこう。
みんなの視線が俺に集まっている。
えっ、俺?
◇
てくてくと俺は歩いてシャルの馬車まで行く。レーダーに映るマークは3つ。なぜ、3つ? メイドさんとあとは誰だ。
馬車が見える所まで近づき、木陰に隠れて様子を見るとメイド服を着た女性が馬車の前を行ったり来たりしている。おろおろした様子だ。御者と護衛らしき男たちも右往左往している。少しばかり様子を見て、状況が変わらないことを確認して俺はメイドたちから見える位置に出ていった。歩きながら声をかける。
「あの、こちらはシャルちゃんの馬車ですよね?」
俺が身なりも良く、ひとりなのに安心したのか3人がワラワラ寄ってきた。
「お嬢様は無事なんですか?」
「怪我は無いんですよね!」
「嘘をつくと為になりませんよ」
こらこら、俺を犯罪者のように扱うな。
「ええ、無事で怪我はありません。俺たちが保護していますよ」
「お金ですね、身代金はいくらでしょうか?」
「金額によっては、時間がかかるのはご容赦頂けますか!」
「あまり大金だと運ぶのに大変ですよ」
ああ、この人たちは人の話しを聞かないタイプの人種だ。何言ってもダメなんだろうと思うが、俺は頑張った。
「いや、お金は必要ないです」
「か、体が目当てなんですね、お嬢様はあまりにも若すぎます。私が身代わりになりますから赦してもらえませんか?」
「いや、俺が身代わりになる!」
「女とも、男とも……両刀はいけませんよ」
「……」
「どこで、いたしましょうか? 出来れば人に見られない所で、お願いできませんでしょうか?」
「俺はどこでも大丈夫だ。是非、人に見られる所で!」
「やり過ぎは体に毒ですよ。ほどほどが一番ですよ」
俺は、頑張る男だ。
シャル登場回です。バレンナと同じ髪の色です。そこが気に入ったのでしょうか?
次回、盗賊が現れた
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師走です。平日は忙しく更新できないかもしれません。
ご容赦ください。これからも読んで頂くと嬉しいです。