064 緑の4つ目
◇
「ここを、今日のキャンプ地とする」
「「キャンプ?」」
「ああ、宿泊地ってことだな。こういうのが旅の醍醐味だよ、やっぱり旅っていいなぁ」
「石と格闘しなくていいもんね」
「ナビ、思い出させるなよ、折角忘れてたのに。サーナバラに戻ったら、また、石と格闘かなぁ」
「サブロー、ごめん、ごめん」
手を合わせて謝る、ナビ。
気がつかないでスルーするときもあるけど、ナビお前、すっかり日本人だな。そのしぐさ、絶対裏に何かあるな。
ベリーグの町に向かって進んでいると、日暮れを迎え今日も野宿となった。みんなで落ちた枝木を集め火を起こす。火の係りはすっかりラズリの仕事だ。
馬は放し飼い。まあ、ナビが馬と話しをしていたみたいだから問題ないだろう。パチパチと弾ける火に、ヤカンを吊るし湯を沸かす。お茶をいれるのだ。急ぐ旅でもないしに、ゆっくりベリーグの町に移動するつもりだ。
「久々に4人で旅だな。南端の村からパオースの町に旅した以来かな、兄妹水入らずもいいもんだ」
「そうだね、サブロー兄さん。いろいろあって忙しかったもんね、ゆったりが一番だよ」
「ん、ゆったり、いい」
「ずずずっ、ああ、お茶が美味しいよ」
ナビ、お前とは一度、腹を割って話さないといけないな!
「バレンナの蒸し焼き芋も美味しかったし、たまにはいいもんだ」
「そ、そうお」
バレンナの顔が赤く見える。恥ずかしくて赤くなっているのか、火が反射して赤くなっているのかは、わからないけど。
「バレンナはいいお嫁さんになるよ、料理も旨いし、剣も上達しているし、優しいし、サブローもそう思うよね?」
「ああ、もちろんだ。うちの妹を良い嫁と思わん相手には、嫁がせん」
「サブロー兄、お馬鹿、良いと思わなければ、嫁取りしない」
「それもそうか、ワハハハ」
「みんな、ありがとう。でも、お嫁さんはまだまだ早いよ。好きな人もいないのに……」
「そうか、そうか、バレンナもまだまだお兄ちゃんっ子だなぁ。いつまでもお兄ちゃんっ子で良いんだからな」
バレンナが、恥ずかしいのか俯いてしまった。
「サブロー兄さん、そんなんじゃ……」
「サブロー、残念な奴」
「サブロー兄、お馬鹿」
まったりしていると、バチッと焚き木が弾けた。もう、そろそろ寝るかと立ち上がろうとすると、バレンナが俺の背後を見ながら小さな声で、待ってと言った。その声には危機感が込められていた。
俺は中腰のままで止まっている。小さな声でバレンナに聞く。
「なに?」
「いま、サブロー兄さんの後ろで何かが光ったの、ゆっくりと戻って」
俺はゆっくりと座っていた体勢に戻ると、ゆっくりと振り返った。
俺とバレンナのやり取りを聞いていた、ナビとラズリも息を殺して俺の背後の藪を見ている。
「どこ?」
「サブロー兄さんの真後ろの方向だったんだけど……」
目をこらして見るものの、何かいるようには思えない。レーダーにも何も表示されない。
「何も、いなさそうだよな。ナビ、ラズリ、何か見えるか?」
「暗くてわかないよ」
「ん、わかんない」
「勘違いかなぁ」
「大丈夫だよ、きっ……」
ヤバイ、何かが俺たちを見ている。
俺たち4人が見ている方向に、緑色の目が4つ。
こちらを、うかがっているように見える。
「「なっ!」」
しばらく、4つ目の何かと見つめ合う。お互いに動かない。
(ナビ、あれ魔物か?)
(わかんない、違うような気もするけど)
(レーダーに出ないんだけど、そんな魔物いるのか?)
(んー、それもわかんないけど、レーダーの設定条件が合わないのかなぁ)
(取り敢えず、馬車に避難するか)
(そうだね)
不意に4つ目が閉じた。緑の4つ目は、そこに留まっているのか、移動したのか、気配が全くわからない。
俺は、ひそひそ声でみんなに避難を伝える。
「みんな、馬車の荷台に避難しよう、ゆっくりと動くんだ」
「わかった」
「うん」
「ん」
そろりそろりと俺たち4人は、馬車の荷台に避難した。4つ目があった方向をじぃっと見つめたまま。
しまった! 馬車の下の地面に穴を掘って逃げ込めるようにしたらよかったか? いやいや、そんなんで魔物と渡り合えるのか? ちょっとは日頃から考えておけばよかったよ。
「また、こっちを見ているね」
ナビが言う。俺たちは荷台の縁に並んで見ている。就寝用の布をかけて、まるで何かから隠れるかのように。
「食べられないよね、私たち……」
「まさか、それはないんじゃないか」
「私そんなに美味しくないよ、だから、私は大丈夫」
「……」
そうだな、ナビ。お前は絶対美味しくないよ、むしろジャリジャリして不味いと思うぞ。
「なによ、サブロー、私が不味いっていうの? 私だって美味しくなれるのよ」
ウソ、本当か? どうやって?
「サブロー、ナビ姉、うるさい、黙る」
「「さーせん」」
解せぬ。俺まで怒られた。
「なかなか、向こうも動かないね、どうしてだろう?」
「そうなんだよね、4つ目だとかなり強いから、堂々と現れて私たちをガリガリ食べてもおかしくないんだけどな」
「ガリガリって生々しいよ、ナビ姉さん」
「そうかな、美味しそうな音だと思うけど、ラズリはどう?」
「ん、美味しそう」
「えー、二人ともおかしいよ。美味しそうな音とは思えないよ」
俺もそう思うぞ、バレンナ。ナビとラズリはちょっと違うぞ、感覚が。
バレンナ、ナビ、ラズリは、4つ目から目を離さず、ひそひそと話しをする。
「あっ、4つ目が閉じたよ」
「うーん、本当に魔物なのかな。俺、見てこようか?」
「危ないよ、サブロー兄さん」
「ナビ、行ってくるか? 話し出来ないか?」
「話し出来るかな? 4つ目ぐらいだと難しいんだよ、まだまだ知性が弱いから動物といっしょで弱肉強食なんだよね。ソルがいたら力で言うこと聞かせられるかもしれないけど」
「じゃあ、いっしょに行くか?」
「そうだね、このままだと、安心して寝られないしね」
この動かない状況に飽きた俺とナビが、確認の名乗りをあげた。そして、俺とナビは馬車の荷台から静かに降りた。そろりそろりと俺は短槍を握りつつ、4つ目の方向へと進む。
俺が先頭、ナビは俺の背中に捕まっている。
「ひっ!?」
俺は止まった。4つ目がまた開いたからだ。
苦しい、苦しい、ナビ、人の首を絞めるな。俺はナビの腕をタップして離してもらう。
「ごめん、ごめん、びっくりしちゃった」
俺もびっくりだよ。
ふーと息を吐く。すると4つ目がごそごそと動くと、黒い影がぬっと現れた。
「きゃー」
あの影は……
緑色の目が3つ、別々に離れて飛んでゆく。まるでホタルのように。
ナビ、苦しい、苦しい、首を絞めるな。良く見ろ、目を開けろ、あれは……だ。さっきより強く絞めるな。こら離せ、く、る……
俺は、ナビに絞め落とされた。
◇
早朝、目が覚めると、俺の足元で馬が草を食んでいる。立ち上がり、馬車に歩み寄り荷台の中を見ると3人仲良く並んで寝ている。
昨日の夜、最後に見た影は、今、草を食んでいる。また、飛んでいった緑色の目っぽいものは、超大型のホタルだったのだろうか。
不用心だなぁと3人の寝顔を眺めていた。ひょっとしたら馬が見張り番か?
「サブロー、ごめん」
ナビが寝言を言う。
別に良いよ、みんな無事なんだから。
でも、放置はないだろう。重かったか?
「サブローをガリガリ噛んでも、美味しくない」
ナビ、お前、どんな夢見てんだよ!
怖いと思うと、何でも恐ろしい化け物に見えるものです。超巨大ホタルでした。
次回、この子、だれ?




