061 (訪問者)混ぜ合わされた者
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ホモ・エレクトスはおよそ7万年前まで生きていた。ホモ・ネアンデルターレンシスとの生存競争に敗れて滅亡してしまった。しかし、そのホモ・ネアンデルターレンシスも約3万年前に滅亡したと考えられている。そして現在、ホモ・サピエンス現生人類が地球上に繁栄している。
「……といった話には興味があるかな」
「ええ、よく知ってますよ」
なびさんの興味を引く話題で良かった。
地理歴史を生徒たちに教えているが本当に興味があるのは人類の起源だ。人類が、どこからやって来てどこに去るのか。興味は尽きない。
◇
なびさんが突然遊びに来た。母さんと上の息子は出かけていて、わしも補習のため出掛けるところで玄関で会った。残念と寂しそうな顔するなびさんを見て、つい声をかけてしまった。
「こちらの学校を見てみるか?」
しまった、と思ったものの、是非と目を輝かして返事するなびさんに無かった事にする言葉は見つからない。一緒に歩いて学校まで行く事になった。
小一時間の歩きの間、無言もなかろうと話題を振ってみた。若い娘さんの好きなアイドルやファッションについての話でも出来れば、喜ばすことも出来るのだろうが……
少しは勉強でもするか。
◇
「わしが子供の頃は、ミッシングリンクと言ってサルと人類の間の中間種の化石がないことから、人類は宇宙人に作られたと真剣に信じたもんだ」
「ミッシングリンクですか」
「ああ、当時でも中間種の化石が次々と発見解明され、そんなこともなかったのだが。子供の時分は夢があった方を選択するものだ」
「宇宙人ですか、夢がある話ですね」
今日は寒い。朝の天気予報ではなんと言っていたのか?
曇りなのは間違いない。今の空が曇っているからだ。
「恥ずかしながら実は今でも、人類は宇宙人に作られたのではと思っておる」
「作られた……なにか理由でも?」
「作られたは語弊があるな。進化させられたと言ったところか。今の研究では、人類はおよそ5万年前から急激に発展速度を増した。埋葬、衣類、狩猟そして壁画に至るまで急な発展があったと考えらている」
「進化させられた、なにか証拠でも?」
「ない。しかし、理由もなく発展するだろうか? しかもヴュルム氷期のまっただ中にだ」
「氷河期ですね。トバ事変でおよそ7万年前から1万年年前まで続いた氷河期の」
「よく知っているね」
「はい、でも氷河期だと進化が遅くなるの?」
「そうだね、例えば今から500年前、ヨーロッパは寒冷だった。世界はアジアや中東が先進地域だったんだよ」
「寒冷は衰退こそすれ、発展にて寄与しないと」
「そう考えるね、だが現実は異なる。現生人類は氷河期の期間中に発展を加速し、世界中に広がっていくんだよ」
「人類の移動ですね、これも5万年前からですね」
「そう、そして現生人類以外の種は、次々と滅亡していくことになる」
空を見上げると、雪が舞っている。積もるような量ではない。
寒いはずだ。春も近いというのに。
「寒くなってきたね、何か温かい物でも飲もう」
◇
わしは、なびさんに自販機で買った温かいココア缶を渡す。自分はコーヒーにした。
ありがとうと言ってココア缶を両手で持って少し少し飲む、なびさん。
「まるで、主人公を除いて誰も居なくなるといった推理小説みたいですね」
「ハハハハ、面白いこと言うね。たしかにミステリーだね」
「推理小説のセオリーならば、途中で居なくなった人が犯人ですね。現生人類の発展に絡みそうな途中で居なくなった怪しい人は?」
「それならば、確実にホモ・ネアンデルターレンシスだよ。よく知られたネアンデルタール人と呼ばれる人たちだ」
「なぜ、怪しいんですか?」
「まず、ネアンデルタール人は、現生人類との違いがあまりない。いや、脳容量を比べれば1割程度多かったくらいだ。知能指数は脳容量に比例するというから、ネアンデルタール人は、現生人類より頭が良かった可能性がある。もちろん否定している学者もいるがね」
「それに?」
「それに、現生人類にはネアンデルタール人の血が流れているのだよ、わずかだが」
「ネアンデルタール人は現生人類に道を譲ったと?」
吐く息が白い。真冬のような寒さだ。
「そうかも知れない。現生人類を育て道を譲る……か、なぜ彼らは譲ったのだろう」
「彼らが宇宙人だから?」
「ハハハハ、そうか、そういう考えもあるのだな」
やはり、若い人の考えることは柔らかい。次から次へと柔軟な考えが出てきて羨ましい。
「ネアンデルタール人は2万4000年前にヨーロッパの南端で最後の小集団が絶滅したと言われている。引き金は4万年前のヨーロッパで起きた過多な噴火による食料不足などとな」
「でもそれだと、現生人類は地球上に移動し始めていたのに、ネアンデルタール人は移動せずにヨーロッパ地域にしがみついていたと」
「そう、それで滅んだ。なにか変だと感じる、ネアンデルタール人も移動していたのではと」
「どこに?」
「現生人類と共に移動したか? いや、現生人類を率いたのはネアンデルタール人なのかもしれないな」
「でも、ネアンデルタール人は居なくなった」
「現生人類を発展させ、そして混じっていく、そして居なくなる。それは率いる者、神として記憶に残るということか」
そろそろ駅前に着く。学校の近くだ。
「古代の神々は異形な姿の者たちが多いですよね」
「ひょっとしたら、ネアンデルタール人は現世人類とは違う身体的特徴があったかも知れんな」
「こんな風にですか?」
なびさんは、コートのポケットから耳当てを出して頭にはめた。その耳当てはヘッドホン式で耳当て部のほかに猫耳が付いていた。
「そうか、そうか、ネアンデルタール人は猫耳を持った人種だったか、ハハハハ」
「こんな耳があったら面白いですよね」
「そうだな」
駅前のため人通りも多い。猫耳を付けたなびさんが可愛いのか、男女問わず注目を浴びている。なびさんに気にした様子はないが、わしの方がなにやら恥ずかしい。ネアンデルタール人も恥ずかしい思いをしたのだろうか? 帽子でも被って隠したのだろうか? そんな空想をしてしまうぐらい面白い発想だった。
「そろそろ、学校だよ、わしは結構楽しかったが、こんな話は面白くないかな」
「とても面白い話でしたよ、結構私も好きです。こんな話、夢が広がりますよね」
そうか、面白かったか。それでは取って置きを披露してやろう。
「今話したことは、本当の事かも知れんよ」
「えっ、どうしてですか?」
「今から1万年前にメソポタミアに住みだしたシュメール人は、とても先進的な民族だったと分かっているんだよ。軍事、建築、農業、医術、工芸、天文、数学、宗教、思想、文学、美術とあらゆる技術、文化が発展し先進的な都市を次々と作っていったんだ」
「すごい人たちだったんですね」
「そうだな、そのシュメール人たちは自分自身のことを、ウンサンギガと呼んでいたそうだ」
「ウンサンギガ?」
「シュメール語で、混ぜ合わされた者と言う意味だそうだ」
学校に着いた。
空には雪が舞っている。
お父さんの趣味のお話。
次回、そうだ、ベリーグに行こう!
62話より、シャル編がスタートします。乞うご期待。しばらくしたら設定集を更新します。