058 何か望みはありますか
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ヨーマインの館をめぐる戦いは終わった。ヨーマイン側の圧倒的勝利だ。敵軍は壊滅。ほぼ、戦死か捕虜という状況だ。これから金銭による身柄と武具などの授受交渉が忙しくなることだろう。
ただ、敵軍の首脳部や友軍を裏切った者たちは、捕らえられてすぐ首をはねられた。人の良い太守でも、さすがに腹に据えかねたらしい。
戦いの後、俺もヨーマイン軍に協力した。でもそれは、ソルを連れて捕虜の間を一周しただけ。捕虜の待遇が悪いと五月蝿くわめく連中がいたのだが、ソルの顔を見た瞬間みな静かになる。やはり生きていたのかとか、土の術者らしいぞとか捕虜となった兵士たちのささやき声が聞こえた。
ヨーマイン軍としては周囲の敵勢力を一網打尽にしたので、本来は敵勢力地に遠征したいところだろうが、ヨーマイン太守は重傷、兵士たちの半数以上も重軽傷でそれどころではない。軍には治癒の術者もいるらしいが、傷の化膿や怪我の悪化を抑える程度らしい。治癒の術者として一般的だと言うことだが、グランマは凄腕の治癒術者だっだのだ。
◇
館の広間。俺たちは、太守の奥様という人に挨拶するということで呼ばれていた。部屋の奥の一段高い位置に椅子があり、女の人が座っていた。そして、騎士と従者たちが中央を開けて数列に並んでいる。上座に騎士、後ろにいるのは従者たちだ。
「奥方様、ナルベルト、ただいま帰還いたしました、遅くなり大変遅くなり申し訳ありません」
「ナルベルト、よくぞ御屋形様を守り通してくれました、礼を言います」
「奥方様、勿体無き御言葉でございます、騎士としての役目でございます」
騎士は、さらに二三言葉を交わし挨拶を終えて後ろに下がった。
「……」
「……」
俺たちかな?
俺たちの番だよね。お前たち誰だよってやつだよね。俺、ナビ、バレンナ、ソル、オドンは前に進み出た。
「ええと」
「サブロー兄さん、ちょっと、ちょっと」
バレンナはちょいちょいと手招きして俺を呼ぶ。プイ。
「サブロー、大人げないよ、バレンナがかわいそうでしょ」
「だってさー、ひどいじゃないか、俺がわかんないなんてさ」
「サブロー兄さん、ごめんね」
「サブロー申し訳ない。まさか毬栗頭にげっそりとした顔で、見かけがもっと悪くなるとは思わなかったんだ」
もともと、見かけが悪くて悪かったなオドン。
「我は主だと、わかった」
ソル偉いぞ。さすができる女は違う。
「サブロー兄さん、ごめん」
バレンナが手を胸に当て謝ってくる。まあ可愛いから許してやるか。
「ん、んんん」
椅子に座っている奥様が、お前らいったい何やっているんだという顔をしている。
すみません、すみません。
「ええと」
「サブロー兄さん、サブロー兄さん」
「ん?」
バレンナが再び、ちょいちょいと手招きをする。仕方ない可愛い妹の為だ聞いてやるか。今回のことで再び兄さんと呼んでくれるようになった事だし。
「なに、バレンナ?」
俺たちは、またこそこそ話を始める。
「サブロー兄さん、実は家名を勝手に決めちゃた」
「かめい?」
「家の名前だよ、あれ、一族の名前? 町だったっけ?」
「バレンナ、家の名で合っているぞ」
「オドンさん、ありがとう」
「家名? 面白そうね、何にしたのバレンナ」
「えっとね」
「ん、んん、んんん」
奥様が催促してきた。顔を見るといい加減にしろと書いている。
申し訳ありません、申し訳ありません。
「バレンナ殿、そちから紹介してくれないか?」
俺がなかなか挨拶しないのに業を煮やしたのか、バレンナに紹介させることにしたらしい。いや、俺は挨拶する気満々だったんだけど。
「はい」
バレンナはぴっと背筋が伸び直立不動の姿勢となった。奥様が怖いのかな? 今聞くのは止めておこう、また怒られそうだ。俺は空気を読める男だ。
「こちらが、私の兄のサーナバラ領主、サブロー・サーナバラです。そして、兄の妹で私の姉に当たる、ナビ・サーナバラです」
俺たちの家名は、村の名前と同じサーナバラにしたようだ。いいんじゃないか! ナビもまんざらじゃない顔をしているし、オッケーだ、バレンナ。
俺は親指を立ててバレンナにウインクして、何か言おうとしたら、奥様から睨まれた。
はい、わかりました。お口にチャックですね。大丈夫です。俺は大人の女性には逆らいません。
「サブロー殿、貴殿のご助力のおかげで、この館を守るとこが出来ました。ヨーマイン太守モシャバ・ヨーマインに代わり礼を言います。何か望みはありますか? 当家で叶うならば何なりと」
奥様はそう言うと優しそうな顔をした。その顔を見て遠慮なくお願いすることにした。ここで何も望まないのも失礼と思ったからだ。
「それでは、遠慮なく4つほど」
「サ、サブロー兄さん」
バレンナが俺を注意する。並んでいる騎士従者たちも、ザワザワと何を不躾なと言っているのが聞こえた。4つは多かったのか?
「皆の者、静まりなさい! サブロー殿のご助力なくば、今我々はここに居なかったのです。さぁ、サブロー殿、遠慮なく望みを」
大丈夫だよ。皆さん、俺そんなに物欲無いからさ。それに、皆さん恐そうだから高望みしないよ。
「それでは、1つ目ですが、妹のバレンナの友だちの娘が誤って、こちらに奉公に来ているかと思います。解放していただきたいです」
「問題ありません、旦那様に付き従った料理人たちも戻りました、娘は解放しましょう」
奥様は、なんだそんなことかと笑顔で応えてくれる。
「サブロー兄さん、ありがとう」
バレンナの俺を見る株も高くなり上々だ。
これで、ここまで来たバレンナの目的が達成できた。サーナバラに帰れるよ。
「次に、2つ目ですが去勢されていない雄馬と若い雌馬をつがいで10頭ほどいただきたい」
「問題ありません、今回の戦いで敵軍の馬をかなり押さえました、倍でも構いませんよ」
2つ目も無理な要求でないことに安心したのか、奥様は上乗せしてきたが俺は断った。大量にもらっても世話できないしね。欲をかいたら痛い目に合いそうだ。
今後の商売として馬の売買をお願いしたら、快く歓迎するということだった。
これで何か急用ができても自家用馬が使えそうだ。
「次の3つ目ですが、ヨーマインとサーナバラの友好をお願いします」
「口ではなんとでも言えるが、それでも良いのですか?」
「ええ、結構です、ヨーマインとはそのような相手だったと思うだけです」
ヨーマインを侮辱するのかと騎士たちがざわめく。おいおい、違うだろ、奥様の話は仮だよね。
「皆の者、騒ぐでありません。サブロー殿、友好についても問題ありません、国は違えど友好を結べるのであれば歓迎します。旦那様も笑って承知してくれるでしょう」
サーナバラには戦う力がないし、ヨーマインも国外の遠征どころではないはず。仲良しが一番だよね。
こういった要求は声に出すことが重要だ。言わないと不信感を持たれるからな。
「それでは、最後の4つ目ですが……」
俺が4つ目の要求を出すと奥様はオホホホと笑いながら認めてくれた。最後の要求も大したことのない内容だったためか、騎士たちも朗らかに、なんと無欲な御仁だと俺の評価が高くなっている。
ただ、一部の騎士と従者が微妙な顔をしていた。
◇
「主、我のために要求してくれ感謝する」
いやいや、俺の方こそ感謝するよ。眼福、眼福。
「意外と似合うよね、ソルの格好、私もしようかな」
ナビさんはお嬢様だからダメなんじゃね。
ソルはメイド服を着ている。土の中から脱出したはいいが、着る物が無かったので、館のメイド服を借りて着ていたのだが、これがまた、みょうに似合っている。
凛とした姿勢、膝下の少し丈が短いスカートのメイド服、がっしりとした兵士用の靴、腰の剣、頭の上の髪止め、なぜか白いエプロン。
ソル、グッジョブ!
俺にとっては、これが一番の褒美だ。
そう、4つ目の要求とは、ソルのために借りたメイド服一式を譲り受けることだった。
「さあ、みんな、サーナバラに帰ろうか」
ソルのメイド服をGETしました。ソルにはそのままメイドさんしてもらいます。
サーナバラ最強のメイドさん爆誕。
次回、サーナラバの危機




