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056 見よ、我が戦いを

 ◇


 近くで我と同じ眷族が続々と生まれている。東側の藪のなかに主の魔力を感じた。


 主が来た。


 我は自分に芽生えた嬉しいという思いに気づいた。主よ、我は嬉しい。

 続々と眷族が増え、止まらない。これは主からの命に違いない。眷族が増え止まるまでもたせよと。


「承知」


 振り向き見上げ、石壁の上にいるバレンナに伝える。


「バレンナ、主が来た」


 バレンナは悲しい顔をしているが、もう大丈夫だと伝えたかった。

 これで、憂いなく戦えると言うものだ。敵よ、残っている魔力は少ないが我の全力でお相手しよう。

 敵軍に向かって歩き始めた。


 突如、戦場に突風が吹き荒れた。そして、その風は唐突に止む。まるで大きな団扇(うちわ)で一振りしたような風だった。


「見るが良い、我の戦いを」


 ◇


 石壁の上に突風が吹き荒れた。私は慌てて帽子を押さえ目をつむる。

 風が止んだので、恐る恐る目を開けるとソルは戦場に向かって歩き始めていた。


「なんだったの? 今の風は」


 隣のオドンを見上げて聞いた。オドンは自分の帽子を手で押さえながら、じっと怖いぐらいの眼差しでソルを見ていた。


「わからん、ん? ソルが変わった?」

「どうしたんですか? オドンさん、ソルが変わったって何ですか」


 ソルが再び敵軍に向かい歩き出したとたん、オドンがボソリと言った言葉に反応した。


「んん、何て言ったらいいかな。こお、急にソルの雰囲気が変わったというか、気合いが入ったと言うか。悪いな、俺にもわからん、でも変わったことは確かだ、たぶん」

 オドンは手振り身振りで、ソルの何かが変わったことを伝えようとしてくれるが、全くわからない。


「わかった! 喧嘩で俺の全力を味わぇのときの感じだ。わかるか? バレンナ」

 私は喧嘩をしたことがないので意味が分からない。プルプルと首を横に振る。

「そっか、わかんねえか、難しいもんだな」


帽子の上から頭を掻くオドン。伝わらないもどかしさをオドンは感じているようだ。

「自暴自棄ってこと?」

「いや違う、勝敗は関係ねぇ、全力を出しきるぜってやつだ」

「ということは、ソルが全力でいくってこと?」

「たぶんな」


 ソルが全力を出したら、魔力が切れてしまうだろう。魔力が切れたらどうなるの?

「どうして、どうして全力なんですか? オドンさん、ソルは全力だしちゃダメなんです」

「……俺たちを守るためだ」

 オドンは拳を強く握りしめ、俯いて答えてくれた。 


ええ、ダメ、そんなの絶対ダメ。ソルが居なくなっちゃう。


「ソルー、ダメー、全力はダメー!」


 私は壁端に駆け寄り、声を張り上げるが、ソルには届かない。

 そして、戦端は開かれた。


 ◇


 敵軍は年代物の短弓を持ち出したようだ。魔法や肉体強化により、遠距離からの攻撃の効率が落ち、今は廃れた武器のひとつだ。近隣の猟師などから、かき集めてきたのだろう、不揃いな弓だった。


 足止めを狙っているのか、あまい。


 弓兵の射程に入ると歩きを止め走る。歩兵は回り込みを始め、弓兵は一射目を放った。狙いが出鱈目な矢の射線を見定めて、全速力に切り替える。

 そして短槍を弓兵に投げ込みひとりを倒した。さらに短槍を投げ込み弓兵を倒すと、弓兵たちは、馴れない武器を捨て剣を抜いた。

 短槍を振り回し注目を集めてから、上空に投げる。釣られて上を見上げる敵から剣で斬り倒していく。


 落ちてきた短槍を受け、相手の槍兵に投げる。倒れた槍兵から槍を奪い、また槍兵を倒していく。槍兵たちは槍を持つ自分たちが狙われる恐怖にかられて、後ろに下がるか、槍を捨てた。


 体に当たらない剣はそのまま、体に当たる剣は剣でいなしてから相手を斬る。いなす、斬る、いなす、斬る、その繰り返しだ。

 あまり場所を移動しない。こちらから行かなくとも、相手が来る。それに替えの武器は多い方が良い。


 敵兵士は埒が明かないので、一旦間を開けた。騎士が出てくる。

 とっさに、剣を腰に戻し落ちている弓を取り、膝を付いて矢をつがえ射る。二本目の矢まで騎士の横を抜けていく。騎士の剣や馬の蹄を避けながら矢をつがえる。


 この弓を理解した。


 3本目からは、騎士の甲冑の隙間を射て当てる。落馬する騎士がでると、弓で倒されることを恥と思うのか、騎士たちは奥に下がり兵士たちをけしかける。


 先ほどの繰り返しで兵士たちが次々と倒されていく。

「化け物か?」

 周りて呟く兵士たちの声が聞こえた。


 ◇


 いかほど時間が経過したのだろう。死屍累々となった戦場がそこにあった。


 すでに兵士たちの目には恐怖しかない。次に斬られるのは自分の番かもしれないという。


「何をしている、女ひとりにいつまでかかるのだ、早く倒さぬか!」


 背後にいる騎士の怒号が響く。しかし、兵士たちは思う。だったらお前がやれと。忠誠心の高い兵士たちは真っ先に倒されていた。残っている兵士たちに忠誠心や積極性はない。すでに軍としての上下関係や士気は崩壊を迎えていた。


 ただ、女の防具にも剣による傷が増えていた。スピードが落ち、剣を交える回数も増えた。兵士たちは女の武器にならないよう、危険をおかしながら、倒された仲間たちの武器を回収していった。


 とうとう、女の剣が折れた。


 兵士たちはすぐには手を出さない。これまでのことで学んでいた。個々に斬りかかっても武器を奪われ兵たちが斬り倒されることを。


 女は観念したのか目をつむり、天を見上げる。笑っているような顔だ。


 兵士たちは恐る恐る、一斉に突進し女に剣を入れた。次から次へと恐怖にかられて兵士たちは剣を入れようと女に群がる。


 そして、女は爆ぜた。




ソルが戦い。ソルが爆ぜました。


次回、館の防衛戦の終り

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