表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/147

053 撤退する理由

 ◇


 敵軍はヨーマインの町を攻略せず、我が館にやって来た。ヨーマインは城塞都市で5000の人口を数える。生半可な戦力では攻略できない。町の敷地も地方都市らしく広く、食糧備蓄も抜かりない。


 降伏勧告したとしても、ヨーマイン太守がいる限り降伏はしないだろう。それが歴代のヨーマイン太守が、慈悲を持って町を治めてきた成果なのだ。となれば攻略対象は我が館になるのは道理。ヨーマインを守る市民も会戦は不得手で、援軍は期待できない。


 我が館に押し寄せてきた敵軍は約200。うち騎馬の数は20。貴族と騎士が合わせて20人ということだ。敵軍は館と町の道を遮断するように展開している。館に残っている騎士と従者は合わせて10名。我が家に滞在しているサーナバラの者たちを入れても戦える者は12名だ。


 それでも、私はこの館を守らねばならない。旦那様が帰るその日まで。


 館の出入口は、町の方向だけに1箇所。もうサーナバラの者たちを逃がすことも叶わない。

 館は15m程の石壁に囲まれているが、術者が従軍していたら、そう長くは持たないだろう。


 門は固く閉じられている。石壁に上には戦えるすべての者が登っていた。私も新しい下働きの娘も。


 敵軍から使者が来た。ヨーマイン太守、モシャバ・ヨーマインは死んだ、館を明け渡せと。


 私は一瞬、目の前が真っ暗になったが、なんとか踏み堪えた。旦那様は生きていると信じたからだ。

「ヨーマイン太守、モシャバ・ヨーマインは健在でおります、この館はモシャバ様の物です」

「それでは、次の世で太守に会ってくるが良かろう」


 使者は開戦の口上をのべると自陣へと戻っていった。すぐに戦いが始まるだろう。


 膝から力が抜け、座って休んでいると若い騎士が、いつのまにか門の前に剣を持った女が現れてバレンナという娘を探していると報告する。立ち上がると、すでにバレンナ殿がその女に石壁の上から手を振って、自分がいることを伝えていた。


「奥様、ソルを入れてもらえませんか?」

「それはなりません」

「それはどうし……わかりました敵軍がいるからですね」

「申し訳ないが、その通りです」


 すると、バレンナ殿は女に向かって石壁の上から叫んで館に入れない訳を話した。


 女は一言、承知と答えると敵軍を見る。しばらく、敵軍を見ていた女はバレンナ殿に彼女の剣と従者の短槍を自分に向けて投げるよう無心する。


 バレンナ殿の従者は、躊躇なく女に向かって短槍を投げる。女に刺さると思った瞬間、女は短槍を持っていた。


「えっ?」

 誰の声なのかわからない。自分の声かもしれない。見ている者たちの気持ちだった。

 バレンナ殿が自分の剣を投げたときも一緒だった。いつのまにか剣が女の手の中に収まっているのだ。


 女は剣と短槍を持って敵軍に歩いて行く。自分の剣は腰にあるままで。


 敵軍も女がひとりで自分たちの方に歩いてくるので、戸惑っているように感じた。


 女は持っていた短槍を地に突い立て、敵軍になにやら言ったようだ。敵軍が一斉に笑いだし声が石壁の上の我々まで聞こえてくる。大方、下がれとか言って笑われたのだろう。


 勇敢なのか無謀なのか。所詮、田舎の女兵士だったのか。


 敵軍からひとり兵士が出て来て、剣を抜き女に斬りかかった。とその兵士は崩れるように地に落ちた。

 何が起こったのかは、誰にもわからなかった。館の騎士たちも敵軍にも動きがなかったからだ。


 我に返った敵軍の兵士たちは、次から次へと女に剣を向けるが、女が剣を持った舞のように動くと、敵兵が次々と倒れていく。まるで剣舞劇のように。


 やがて女の剣が折れ、女は自分の剣を抜く。それが合図のように敵軍の兵士たちは女から引いて距離を開けた。女の前方の兵士たちが割れたと思ったら、奥から騎士の一騎が女に突撃をかけた。


 迫る騎馬、女は数歩下がる。女は地に突いた短槍を取ると騎士に向かって投げる。


 短槍を胸に受け落ちる騎士。馬を避ける女。


「「おおぉ」」

 見守っている我々から驚嘆の声が上がる。


 もう一騎剣を抜き女に迫るが、女は落ちている剣を持った。

 誰しも思った。我々も敵さえも。女は強者だ。


 女が剣を投げ、騎士が地に落ちる。みな、納得する。やはりと。


 敵軍の誰も女に近づけなかった。しばらく時が止まっていたが、一騎が女の前に進み出て言った。

「あっぱれだ、女。貴様に免じて我々は引こう」


 その言葉は風に流れ、石壁の我々まで届いた。


 敵軍は、撤退する理由を作り怪我人をともなって我々の目の前から姿を消した。


 女は敵軍の姿が消えるのを確認すると、剣を納め地を見渡した。そして、使えそうな物が見つかったのか、剣と短槍を一本づつ回収し館の門まで歩いてきた。そして、入れてくれと言った。


「「おおぉ」」


 館の騎士、従者たちは我先にと女を館に入れるため門へと駆け寄る。そして、門から入ってくる女を歓声と拍手で迎えた。

 私は呆然とその光景を石壁の上から見ていた。英雄の凱旋を。


 ただ、バレンナ殿の従者の怪訝そうな呟きが聞こえた気がした。今日は調子が悪いのかと。




ソル登場。無双して敵軍撤退となりました。


次回、再来、戦いが始まる


予定は金曜日でしたが、書き上げる事が出来たため投稿しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ