050 (訪問者)師匠
◇
「今日も、ありがとう」
聞き覚えのある声で、振り向いたら妹だった。喫茶店から出てきたばかりだ。
妹に声をかけられた人物は左腕を挙げて、振り向きもせず、そのまま歩いていく。パーカーのフードを深々とかぶり、何回も左右を見る仕草など、誰が見ても不審人物だ。妹は何か騙されているのではないだろうか?
俺が立ち止まって見ていると、妹が気づき手を振りながら、こちらにやって来る。
「お兄さん、こんにちは」
「やあ、こんにちは、どうしたんだい、なびが喫茶店なんて」
「ひどーい、私だって喫茶店ぐらい行くよ」
「ごめんよ、家に来るかい」
「どうしようかなぁ」
なびが、どうしてほしいと問い掛けてきた。この娘には敵わないな。
「いつもの洋菓子屋でケーキを買っていこうか」
「うん」
家に帰るには遠回りになるが、それでもよい。先程の人物との関係を、聞くか聞くまいかを悩んだが聞くことにした。ことが起きてからでは遅いからだ。
「なび、騙されてないかい?」
「えっ、ケーキ買ってくれないの?」
「いや、そうじゃなくて、さっきの人だよ」
「さっきのひ、と……ああ、師匠」
「師匠?」
「そうだよ、さっきの人は私の師匠なの」
師匠とは全く予想外だ。いや待て、教育セミナー詐欺かもしれない。
「何かの先生ということかい」
「そ、造形の師匠」
造形? またまた予想外だ。陶芸、彫金、なんだろうか。
「造形って?」
「えっと、つちじゃなくて、粘土で人形を作って、いかに人間ぽく見せるかの。人形に色塗りじゃなくて、化粧をすること?」
なぜ疑問系なんだ。なび。
「それは、フィギュアかな」
「そうそう、そんなもん」
大丈夫か?
「それを教えてもらうには、有料なのかい」
「いつも、無料だけど、お兄さんも興味ある? 来週の休みに好きな人たちで集まりがあるんだって」
「……」
「じゃあ、決定だね。来週の休みに駅前集合で……お店着いたね、何にしようかな」
洋菓子屋に着いてしまった。
そして、家でケーキを食べ、家族との世間話や三郎話で盛り上がり、なびはそのまま帰っていった。来週のことを断れないまま。
◇
俺は、なんてところに来てしまったのか?
あれは、海賊王になりたい少年だ。
今、すれ違ったのは、巨人たちと戦う集団だ。
あそこの、制服を着た少女は、みどりの髪をツインテールにした少女は、巫女っぽい服のおやじは一体何者だ。
なび、ここはどこなんだ。
なにかのキャラクターに扮する者がいれば、それらを写さんとする者がいる。
所々に人垣ができ、カメラのシャッターを切る音が響く。視線くださいの声には驚いた。そこまで要求するのか、そして応えるのか。恐ろしい世界だ。
ここは、アニメなどのキャラクターに扮するコスチュームプレー集会のイベントだった。師匠はレイヤーだからと会場内に居るはずと、なびは言う。何を言っているのか、俺にはわからない。
なびは、キョロキョロとだれかを探している。
時より、カメラをもった男が写真を取らせてくれと言ってくる。無論、なびにだ。
なび、お前もコスプレをしているのか? 俺にはわからない。
なびが知り合いを見つけたのか、駆け寄っていく。二三言葉を交わし、俺を呼ぶ。
いかん、この人はいかん。
子供の頃見たアニメキャラクターだ。いつも失敗しては爆発する悪の組織の女幹部だ。とても好きだったキャラクターだ。仮面を付け、黒のボンテージ風スーツにマントを身に付けている。映画版の女優にも負けないぐらいのスタイルだ。仮面のせいで顔は一部しか見えないが、顔の輪郭や目は整っている。
参ったな、好みだ。
「こちら、私のお兄さん」
「こちら、私の師匠」
なびが笑って俺たちを相手に紹介する。
「初めまして、なびの兄です、妹がお世話になっています。ご迷惑でなければ引き続き、なびとお付き合いをお願いできますか」
「初めまして、なびさんの師匠? 師匠でいいの? 師匠です。こちらこそ、なびさんと引き続きお付き合いをお願いしたいです。友達だから」
挨拶の途中でなびに確認していたが、悪い人ではなさそうだ。
「師匠はね、普段の髪はショートでメガネなのに、今は、えっと、付け毛にカラコン? なんだよ、尊敬するよ、すごい本物見たいだよ」
どうして、なびのテンションが高いのかが、わからない。
「それに、この衣装は自分で作ったんだよ。凄いでしょう」
「ほう、それは凄い。服飾関係のお仕事をやっているんですか?」
「いえ、普通のOLです。服は趣味で作ってます」
「趣味でこのレベルですか、驚いた」
「師匠すごいでしょ、毛と目は買ってきて服は作って、この大きい胸は自前で残念だけど、この技術、この完成度」
それは凄い。俺は師匠さんの胸元を見て……げふん。
こら、なび、やめなさい。師匠さんが困って胸を押さえて俯いてしまったじゃないか。
「すみません、なびが」
「えー、お兄さんもいいと思うでしょ」
いいとおも、ゴホン、こら!
「重ね重ね、すみません」
「いえ」
「お兄さんも師匠も他人行儀だなぁ、会ったことがあるのに」
会っている? 記憶にない。仮面を取り、普段のメイクになったら、わかるのか。
「いえ、お兄さんとなびが買い物をしているのを見かけただけですから、お兄さんは私のこと、わからないと思いますよ」
「そうですか、良かったです。知らない内に、何か失礼な事をしていたかと」
「そんな事無いですよ。私が一方的に見ていただけですから……」
ん、何か赤くなって俯いた?
「お兄さん、師匠は彼氏いないんだよ、それから、お兄さんも彼女いないよね」
急に何を言い出すんだ。関係ない話だろ。
「じゃあ、私いろいろ見てくるから、師匠をよろしく」
なびは、敬礼すると小走りに人混みに紛れていった。もう姿は見えない。
やられた! なびの奴め。こういうことか。
師匠さんが俺を見上げてくる。目が潤んでいる。
「なびの師匠さん、もしよかったらこの後、いっしょにお茶でも飲んでいきませんか?」
「はいっ」
望むところだよ、なび。
お兄さんと師匠さんとの出会いでした。
次回、我に秘策あり
年末まで忙しくなりそうです。更新スピードが落ちそうです。申し訳ないです。見捨てないでください。




