046 嬉しい話と面白い話
◇
「……という代償で、ラズリの治癒お願いします」
俺は、治癒の術者の老婆に頭を下げる。
「うむ」
神様、この老婆がいいぞと言ってくれますように。俺は老婆を拝んだ。
「ダメじゃ、足りないね」
「ええぇ、ダメなのか、ガックリだ、今回はいけると思ったんだけど、また考えて来ます、失礼しました」
「こら、ちゃんと聞かんか」
「はい?」
なんだろう。
「足りないと言ったろう、3日後に来ることじゃ、そしたら治癒してやるさ」
「えっ、本当ですか。ウソじゃないですよね」
「本当じゃ、心配するな」
俺は、ありがとうございます、ありがとうございますと両手を合わせ拝んだ。
しつこいぐらい拝んだら、老婆に怒られた。
落ち着いた俺を待って、老婆は声をかける。
「お前さんを見込んで頼みがある、聞いてくれるかの」
「もちろん」
俺は、揉み手をしてなんでも頼んでくれと言った。
チューしろって言われたら、頬っぺぐらいだったら我慢して出来るよ、俺。
「なんか、失礼な事考えでないかい」
えっ、チューじゃないの。
「話とは、神殿のことじゃ……」
老婆の話は、海岸や飯屋で聞いた神殿の借金の問題だった。
どこぞの商人が神殿の借金を肩代わりすることを申し込んできた。商人はやる気の無さそうな男だったそうだ。
海岸で会った男だろう。
神殿の広い土地を狙っていることを、隠しもせず話をしたらしい。もちろん神殿のおばさんは断った。男は申し訳なさそうに帰ったという。また、神殿の土地が狙われていることは、懇意の商会からの話でも裏付けられていた。
「あたしゃ、この神殿だからこそ治癒の施術をしているからね、知らない場所じゃ、いやなんじゃよ」
俺は、黙って話を聞く。下手に口を挟むと怒られそうだ。
「そこで、お前さんの機知に頼ろうかと思ったのじゃ、どうじゃ」
「わかりました、やります、こういう話が大好きな奴を知っています、相談してまた来ます」
「そうかい、頼んだよ」
「はい、任せてください」
俺は、最低限の達成条件を確認すると急いで神殿を出た。こういった悪巧みの好きな奴のもとへ行くために。
◇
「サブロー、おおいたお」
だから、食べながら喋るな、ナビ。
ラズリといっしょだ。ふたりで飯屋に居た。
「嬉しい話と面白い話がある、どっちがいい」
「サブロー、元気になった? 嬉しい話のせい」
ラズリが心配そうに俺に声をかける。
ごめんな、ラズリ、心配かけて。
「じゃあ、嬉しい話かな……」
俺は、ナビとラズリを交互に見て言う。
「ラズリの目の治癒を3日後に行います、予約してきました」
「「えっ」」
ナビはびっくり、ラズリは泣きそうな顔をする。あれ、ここは喜ぶ場面ですけど。
ああ、そうか説明しないと。
「ごめん、説明不足だった、治癒の代償に、俺は目も手も失わないから安心してくれ」
「でも、代償は必要なんでしょ」
「大丈夫だ、俺はここを使うから、実は俺は天才だった」
俺は指で頭をトントンと突く。俺は頭で勝負する人間なんだ。
「「?」」
「……が代償だよ、だから安心してくれ」
ナビはびっくり、ラズリは泣き出した。
「あれれ、ここは喜ぶ場面ですけど」
俺のドヤ顔を見て、ナビもラズリもやっと笑顔になってくれた。
「やっと笑ってくれたね、ラズリ、これからは心置き無くお兄ちゃんと呼んでくれ」
「サブロー、まだ、早い」
「……諦めてなかったんだ」
当たり前。俺は、お前たちのお兄ちゃんだからな。
本当はラズリを抱えて、ぐるぐる回りたい。それほど俺も嬉しいんだ。
でも出来ない、飯屋の中だからな。
仕方ない、次の話だ。
「今度は面白い話だ、いや、悪企みする話だ、得意だろナビ」
「ふん、失礼なんですけど……でも、面白そうだから話して」
「おう」
俺は、術者の老婆からの依頼の話をした。神殿の話だ。そして、海岸で会った男と飯屋で会った男の話もした。ナビの目が爛々と輝き、とても楽しそうだ。なんかの情報収集じゃないよね。
「勝利条件」
ラズリもノリノリで悪企みに加担する。
「依頼の勝利条件は、神殿の建物が残る事、孤児たちの住みかを確保する事のふたつだ」
「ふーん、それは簡単にクリアできそうね、で、サブローの勝利条件は?」
「へへ、良く分かってるじゃないか、ナビ」
俺たち3人は悪い顔になり、間を詰めてこそこそと話をする。ふたりからいい臭いがする。
こ、これは!
「すいませーん、海鮮焼き大盛1つ」
えっ、ふたりも食べるって。そう睨まなくても頼みます。怖いわ。
「すいませーん、海鮮焼き大盛3つにしてください、パンも3人前で」
あいよ、と店の人。
君たち、今、食べていたよね。なに、美味しいから大丈夫だって。あ、そう。
海鮮焼き大盛を突っつきながら企みの詳細を詰める。パンに海鮮焼きの汁を浸けて食べると、これがまた旨いんだよな。
俺の勝利条件は以下の通り。
・怖い女番頭に嫌がらせ
・あなたのため上司に嫌がらせ
・海岸の男と飯屋の男にはあまり迷惑をかけない
神殿にちょっかい出す奴には天罰を。
◇
俺たち3人は神殿を訪れ、術者の老婆と神殿のおばさんを交えて企みを説明する。
あんた、えげつないねとお褒めの言葉をもらった。
げへへ、人の不幸は蜜の味だぜ。
ナビ、ラズリ、やるぜ。
治癒の予約を入れました。代償は……です。次回明らかに。
次回、奴らには天罰を




