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044 海を眺める男

 ◇


 なんて事だ、治癒の代償が肉体だったなんて。しかも、対象は家族だけ。

 治癒費は、家族の血肉で払えと言うことだ。


「はぁ」

 俺は独りため息を吐く。独り、あてもなく歩き町を出た。道なりに進んでいく。

 術者の老婆から投げられた言葉を思い出す。


 ◇


「じゃあ、若いの、お前さんの右目をもらうよ」


「お前さんの目だよ、目」


「あたしの術は、代償が必要なのさ、治癒の術を受ける者の家族の代償が」


「金? 金じゃ、術が出来ないのさ、余ってる金があったら、そこに置いとくれ、あたしが代わりに使ってやるよ、カカカカ」


「どうするんだい、若いの、何だったら右手でも、いいよ、カカカカ」


「帰るのかい、まあ、良く考えるこった、あたしゃ、まだこの町に居るつもりだから……だが早くしな、いつ気が変わるか、あたしにもわからないよ」


 ◇


 ラズリは老婆の話より、俺がおかしくなったことがショックだったようだ。ナビと合流するまで、俺はひたすら「ラズリ、大丈夫だ、何とかする」と繰り返し繰り返し言っていたらしい。

 俺には全然記憶がない。


 ナビにしっかりしろと怒られ、頭冷せと独りにしてくれた。

 今頃、ナビがラズリの面倒を見ていてくれることだろう。感謝。


 今になってわかる。俺は、ラズリを心配しなきゃいけなかったのだ。ラズリの方が大変だというのに。

 何やってんだ!俺は。


「はぁ」


 何度目かのため息を吐く。

 道を外れてふらふらと海岸の崖沿いを歩く。


 空が見える。曇っていてどんよりしている。

 海が見える。穏やかな海面だが、曇っているせいか、暗い色に見える。

 町が見える。高い石の壁に守られた町だ。家を造る石材の色が赤いので、赤い町なのだがくすんで見える。

 今の俺の心の世界と同じだ。どんよりしている。


「ここで身投げするのは、お勧めしません。大怪我をするだけです。この先にもっと高い崖がありますよ」

 目の前に男が座っている。この男が声をかけたようだ。

 全然、まわりが見えてないな、俺は。


「ありがとうございます、でも身投げはしませんよ、身投げをするぐらいなら……」

「そうですよ、身投げする勇気があれば、何とか出来るかもしれませんね」


「「はぁ」」


 俺と男は、そろってため息を吐いた。

 隣に座っていいかと確認し、俺は男の横に座った。空と海が見える。


「あなたは、身投げに?」

 無理に和ませようと俺は、男に声をかけた。


「ハハハ、違いますよ、私は困り事があると、ここに来ては海を見て、落ち着くようにしているんです」

「そうですか」

「……もし、よかったら、あなたの話を聞きましょうか。話したら道が見えてくるかもしれません」


 そうだった。俺は困って嘆くんじゃなくて、進む道を決めないといけないんだ。


「おや、何か見えましたか」

「話を聞いてもらえますか」

「私で良ければ」


 俺は男に神殿に治癒に来たこと、そして代償が必要だと言われたことを話した。

「神殿の事は知っています、この町の市民は、家族の試練と恐れていますよ。治癒しても、しなくとも、壊れる家族がいます」

「……」

「そして、さらに絆を太くする家族がいます、とても勇気のいることです」

「……」


「私は治癒する、しないではなく、後悔する、しないが、家族の行く末を決めるのだと思っています……すみません、当事者でもないのに」

「いえ、ためになります、ちなみにどんな人が治癒の代償を支払うんですか」

「聞いた話では、やはり老人が多いと、老い先短いので若い家族のためにということなんですかね」

「老い先ですか……老い先……!」


 俺、今何を思った。それだ! 考えろ。思い出せ。

 ……そうか、これだ! 今夜じっくり考えて、明日、神殿に行こう。


「何か見えましたか」

「はい、ありがとうございました、道が見えてきました」

「それは、よかった」


 おお、男の笑顔が眩しい。拝んでおこう。


「もしよければ、お礼に、俺があなたの困り事を聞きましょうか。聞くだけになるかもしれませんが……」

「そうですね……聞いて下さい、私の困り事を」


 ◇


 男は中堅の商会に勤めている。とある日、上司の女番頭に呼び出された。

 女番頭の前に出頭すると、神殿の債権を買い集めろと命令される。理由を訊ねると、機嫌が良く答えてくれる。


「もう、あの神殿は借金で立ち居かなくなるわ、破産よ、破産。するとどうなるかしら、神殿の土地は債権者のもの、神殿の住民は町から追い出されるのよ、アハハハ」


 何が可笑しいのか、女番頭は笑う。なんとか話の先を催促すると。


「そうしたら、神殿は壊して我が商会の倉庫を建てるのよ。あそこは堀川沿の立地だから儲けられるわ。アハハハ、これであの倉庫屋を虐めてやれるわ、アハハハ、私って天才、アハハハ」


 もう用はすんだと、女番頭の前から追い出された。同僚からは今日はご機嫌で良かったなと言われた。


 この女番頭は、やることは真っ当なのだが、動機が良くない。

 例えば、取引相手がミスをしたとする。女番頭が絡んでいた案件だ。すると女番頭は相手に謝罪とミス対応と原因報告と再発防止策を求める。ここまでは当たり前だ。

 しかし、女番頭は何度も何度も、それらを求めるのだ。気に入らないわ、虐めてやると声高らかにアハハハと笑いながら。


 敵にすれば怖いが味方であれば心強い。周りの者たちは女番頭をおだてて持ち上げる。商会の旦那さえも。


 さて、狙われた神殿の方はといえば、神殿と言う名の孤児院である。確かに借金は多い。しかし、貸し手たちは慈善事業のつもりで貸している。返してもらうことを期待していない。


 そんな状態での女番頭からの命令。商会の拡大の為とはいえ、神殿を壊し孤児たちを追い出すことに加担するのは、悪徳を積むようでやる気になれない。かといって女番頭に睨まれるのも怖い。


 困って海を眺めていた。


 ◇


「そうでしたか、申し訳ないです、聞くだけになって」

 俺には男に道を見せることは出来なさそうだ。


「大丈夫です、話を聞いてもらっただけでも、少し気が楽になりました、ありがとう」


 俺たちは、夕暮れまで静かに海を眺めていた。




困ったときは海を眺めます。大丈夫、なんとかなりますよ。


次回、最高だよ、俺の奢りだ。


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