042 (閑話)ラズリの神話
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年老いた商人が村にやって来た。彼は毎年決まった時期にやって来ては塩や薬を村に卸してくれる。
村人は彼に感謝し持ち回りで彼を自宅に招いた。
貧しくとも精一杯もてなそうとしてくれる若い夫婦。青い双眸を輝かせ、いろいろ質問してくる利発そうな幼い女の子。
そこには幸せがあった。
年老いた商人は幸せを感じる。人の幸せが生き甲斐なのだ。残りの人生、あとどれだけの幸せが増やせるだろうかと年老いた商人は考える。
「ねえねえ、どうして、お昼はお日さまが出て、夜にはお星さまが出るの?」
「なんじゃ、お日さまとお星さまは好きかの?」
「ん、好き、大好き」
「そうかそうか、大好きか、そいじゃ、お日さまとお星さまの話をしようかの」
「ありがとう、お母さん、お母さん、お爺さんがお日さまとお星さまのお話をしてくれるって」
「そう、よかったわね」
微笑み合う母と娘、それを見守る父。
「せっかくじゃから、みんなで星空を見ながら話をしようかの、どうじゃ」
年老いた商人は幼い女の子に提案した。
女の子は母と父の様子を交互に見る。母と父は笑いながら、いいよ、とささやいた。
「やったぁ、お星さま見ながらお話だぁ」
両手を挙げて喜ぶ女の子。
家の外に出る。適当な場所を選んで座り夜空を見上げる。
夜空は澄み晴れ渡り、天の川が流れ、色とりどりの星が踊り、流星が煌めく。
虫たちが奏でる音楽も相まって、心も体も星々に吸い込まれてしまいそうな錯覚に陥る。
抱っこと甘える幼い女の子を自分の足の上に乗せ、背中から両腕で優しく包み込む若い母。ちょっぴり父は寂しそうだ。
「見てごらん、あれが当番星じゃよ」
年老いた商人が夜空を指さす。
「当番星って何?」
女の子は見上げて母に訪ねると、母はお爺さんに聞いてごらんと優しくささやいた。
「当番星って何?」
女の子はこてっと首を傾げる。
「当番星は、一晩中じっと動かず、他の星たちを見守っている星のことじゃ、他の星は一晩中かけて当番星を廻って歌っているんじゃよ、ほら、よーく見るとお星さまがチカチカしとるじゃろ、みんなで歌っとるんじや」
「あー、本当だー、チカチカしてるー、歌ってる!」
家族と商人は星が瞬く夜空を眺め続ける。
「そいで、星はいろいろな色があるじゃろ、赤い星、黄色い星、そして青い星、みんな、みんな、お星さまじゃ」
「赤い星、黄色い星、青い……あった! 青い星」
「全部見つけたかの、偉いもんじゃ」
私偉いってと、女の子は母を見上げて報告する。母は偉いわよと言って女の子を優しく撫でた。女の子はくすぐったそうにしている。
「星にいろいろな色が付いたのには、訳があるんじゃ、知りたいかの?」
「うん」
女の子の瞳は、星のようにキラキラ輝いている。
「よし、それじゃ聞いてもらおうかの」
年老いた商人が神話を語りだした。
「それは遠い遠い昔の話じゃ」
◇
遠い遠い昔の話。
世界の空に星はなく虹に照らされていた。
そして、この世界には神と呼ばれた民と人と呼ばれた民が仲良く暮らしていた。
神の民は人の民のため食べ物を作り、魔獣を従え、病気を治した。
人の民は神の民のため体を鍛え、魔法を学び、子孫を増やした。
ある時、神の民と人の民の男女が愛し合い結ばれた。
お互いの民はそれを祝福した。
神の民は、人の民と神の民の愛が永遠に続くことを願い天空に愛を蒔いた。
愛は赤い星となって空に瞬いた。
時は流れ、神の民と人の民が結ばれることが当たり前となった頃。
神の民と人の民はいっしょに食べ物を作り、病気を治すようになった。
さらに神の民と人の民は同じ民として融和していった。
神の民は、人の民と神の民の融和がさらに進むことを願い天空に種を蒔いた。
種は黄色い星となって空に瞬いた。
さらに時は流れ、神の民と人の民が混ざり合い純粋な神の民が数えるぐらいとなった頃。
人の民はもう神の民が居なくとも暮らしていけると神の民に宣言した。
神の民は、人の民がさらに豊かに暮らせるように大地が潤うことを願い天空に水を蒔いた。
水は青い星となって空に瞬いた。
そして、神の民はいなくなった。
すると、神の民の代理人が現れ人の民に告げた。
「人の種族たちよ、世界はお前たちのものだ、お前たちの世界を作るがよい」
すると、日が昇り世界が豊かになった。
そして、世界には人の種族が満ちていった。
いつの間にか、空の虹はなくなり、昼は日が、夜は星が、人の世界を見守るようになった。
◇
これは、ラズリの家族との思い出。大切な大切な思い出。
ラズリの思い出。
次回、望む者
次回更新は11/5予定です




