040 まだまだ、やるわよ
◇
「まだまだ、やるわよ」
目を爛々と輝かせたナビは、唇を舌でなめた。
「ナ、ナビさん、ちょっと待ってください。これでは私のネタがなくなってしまいます」
番頭が泣き言を言い出した。
「いいから、早く、早く、また出して」
「ああぁ、そんな無体な……仕方ない方ですね」
番頭は口では止めたそうに言うものの、続けるのはまんざらでもない様子だ。
「ナビさん、これで良いですか?」
「いいわよ、長くて太いわね、早くちょうだい」
番頭がそれを出すと、ナビが口を大きく開け、それをくわえた。
ナビがくわえたせいで、それは内圧が高まり、とうとう限界を超え、その先から白いクリームのようなものを吹き出し、飛び散らせる。
「ああぁ」
番頭が声を出す。
飛び散った白いクリームは、それを近くで見ていたラズリのほっぺたに付いた。ラズリはびっくりして目を閉じていた。
ラズリは恐る恐る目を開け、ほっぺたに付いた白いクリームを指ですくい、じっと見つめている。ラズリは迷っていたようだが、白いクリームの付いた指を口許に運ぶと、小さな舌を出してチロリとなめた。
「甘い」
「んー、モグモグ、番頭さんこれ食べずらい、大き過ぎ、それに甘過ぎ」
ナビはエクレアのようなお菓子を、二つに分けひとつをラズリに渡す。ラズリの口の大きさでは丸かじりできず、端からカリカリと削るように食べている。まるでリスだ。
「ん、ダメ」
ラズリも食べにくかったみたいで、ダメ出しした。
「そうですか、7番目はダメと、大き過ぎ甘過ぎと、改善の余地はありそうですか?」
番頭はナビとラズリの評価を紙のような物に書き入れている。
「そうねえ、一口大にして中に甘さ控えめのクリームを入れたらどうかな。季節ごとに特長出すのもいいかも、果実をクリームに練り込むのよ」
「ん、果実クリーム、いい、栗、葡萄、いちじく、いい」
「なるほど、なるほど、旦那さまがおっしゃっていた通りです、次から次から貴重なご意見を頂きありがとうございます」
番頭はナビの意見を書き物に追記している。ナビとラズリが黙々と先ほどの菓子を食べているので、番頭の言葉はひとりごとのように聞こえる。
「果実の入ったクリームを季節ごとに変えると、期間を決めて品を変えて提供する。限定感、特別感を出す訳ですね、さすがでございます、ナビさん」
「もひよー、はんどひゃん」
ナビ、はしたないぞ、口の中身を飲み込んでから話しなさい。
「モグモグ、ん、サブローも食べたかった?」
ナビが聞き、ラズリが自分の食べている菓子を俺に渡そうとする。俺は遠慮して手を振って断った。
俺は、ふたりが菓子を食べているのを見ているだけで、腹一杯になったよ。
◇
馬車での移動は速い。徒歩の2倍から3倍の早さである。また、この地方は雨が少ないため道にぬかるみなどがないことも、順調に移動出来る要因のひとつだ。
「暇だ」
「ん、暇」
「暇だね」
時より小石を踏んで馬車が上下に揺れる以外の出来事がない。景色も変化に乏しく馬車の走る音が子守唄に聞こえる。
馬車は所々に林がある草原の道を進んでいる。いくつかの農村を通りすぎた。といっても農村は道から離れた所にあり、遠目に見えただけだが。南端の村と違い、村の柵や家は木造だった。
馬車の幌の中には、木箱が3つ置いてあり、あとは毛布のような物が敷いてあるだけだ。俺たちと番頭は、円を作るように敷物の上に座っている。
今まで目を閉じていた番頭が、目を開きおもむろに話だした。
「実は、旦那さまからナビさんとラズリさんに是非にと、預かって来たものがあります。今、お渡ししてもよろしいでしょうか」
「えっ、なになに、食べ物?」
こら、日頃何も食べさせてないみたいじゃないか。もっと言いようがあるでしょ。
「ん、食べ物、いい」
ラズリよ、お前もか!
「お二人とも、ご明察でございます。是非、ご賞味頂きご意見を頂きたくお願いします」
「やったー、さすがコネロドさん、わかってるー、サブローも見倣わないと」
わかります、ナビさん、女子が暇してたら食いもんで釣れってことですね。
番頭は木箱を手繰り寄せ、ふたを開けて中から布で包まれた物を出した。布を広げるといくつかの菓子が出てきた。
「わーい、新作だね、見たことないやつだ」
「いつも、新作」
なにかい、君たちはいつも町に行っては串焼きだけじゃなく、コネロド商会に行って菓子も食べていたってことか?
コネロドからしたら商品開発の一環なんだろうけど……そう言えば、ナビの目の付け所を誉めていたな。まあ、お互いにWINWINそうだからいいけどね。
ナビとラズリがポリポリとクッキーをかじる。
「これは、クッキーだね、甘いのだけじゃなく、塩クッキーも合わせた商品がいいと思うよ、食べるのが止まらなくなるから、売れるよ」
「ナビさん、旦那さまより、いつものこれで良いですかとのことですが」
番頭が胸の前で指を何本が立てて、ナビに聞く。
「んー、まあいいか、いいですよ」
ん? 何があった。よく見ていなかったけど、番頭が指でサイン送ったよね。なになに? ナビさん、ひょっとしたら顧問料とか相談料とかもらってる。いつの間に、侮れないやつ。
まあ、こんな感じで菓子を評価しているナビとラズリ。7個目のエクレアもどきも完食しました。
俺が胸焼けしています。
◇
ガタゴト、ガタゴト、ガタン。
うっ、いつの間にか寝ていたみたいだ。
ナビもラズリも隣で横に丸まってスヤスヤ寝息をたてている。二人には布地が掛けられている。番頭が掛けてくれたのだろう。
その番頭は良い姿勢のまま目を閉じているが、呼吸の滑らかさから寝ているような気がする。
ナビとラズリ、ふたりとも可愛い寝顔だ。俺頑張らないとな。
ぼーと、幌の外を眺めていると馬車の前方から、かすかに太鼓を連打したような音が聞こえた。耳を澄ましていると徐々に音が大きくなってきた。
気がつくとみんな目覚めていた。
「番頭さん、この音はなんの音でしようか?」
「この音は、近くの滝の音ですよ、サブローさん、かなり大きな滝なんですよ」
「滝、見たい」
「はい、はい、私も見たい、見たい」
お前は小学生か、もっと言いようがあるでしょう。
「サブローさんも見たいですか?」
「はい、はい、俺も見たいです」
「……」
俺とナビは小学生のごとく手を上げ滝を見せろと要求した。番頭には、俺とナビが見た目は全然似てないが、実に良く性格が似て仲の良いご兄妹ですねと言われた。ナビと性格が似ているだと、失敬な。
「ええぇ、サブローと似ているって言われるの、なんかやだなぁ」
ええぇ、俺もなんかやだなぁ。
番頭は俺たちを温かい目で見ていてくれ、しばらくすると御者に声をかけて馬車を止めてくれた。
俺たちが、幌から出て馬車を降りると、馬車より先行していたガンオのおっさんが馬に乗って戻ってくる。
「どうした、みんな馬車から降りて」
「サブローさんたちに滝を見てもらうために馬車を停めたんですよ」
「ああ、滝か、どうせサブローが見たいとか言ったんだろ」
「ごめんなさい、うちの兄が」
おい!
番頭に滝までの案内を頼まれたガンオのおっさんが、しかたねえなと言いつつ滝に行くための準備を始めた。
◇
滝は道から外れた所にあった。ガンオのおっさんの案内で、草や木々をかき分けて進むと段々大量の水が落ちる音が大きくなり、そこに滝の存在を感じる。
木々を抜けると滝の下流の緩やかな崖の上に出た。そこには町の方角から30mぐらいの幅がある川が流れており、滝の直前でその川は倍ほどの幅に広がり、そのまま50mぐらい下に落下している滝があった。
ドドドドドドド
おお、すげえな、日本じゃお目にかかれない形の滝だ。
流れ落ちた水が、水煙となって周囲を濡らしている。馬車が行く先はなだらかな丘陵の下りになっているが、滝の先の川は渓谷になっている。
ガンオのおっさんと俺は、滝の音に負けないよう声を張り上げる。
「どうだ、凄いだろ」
「ああ、凄い、そして綺麗だ」
「そうだろ」
ちょうど背中に日を担いでいるので、滝に綺麗な虹が出ている。良く見るとうっすらと二重の虹も見える。
「凄い、綺麗」
ラズリが滝をうっとりと眺めている。
ああ、マイナスイオン、癒されるぜ。日頃のストレスが霧散していくようだ。
なにか物足りなさを感じると思ったら、ナビが静かなのだ。俺はナビにすすすと近づき声をかける。
「どうした、ナビ、いつもの有り余る元気がないな」
「なんだとー、ボスッ」
ナビの拳が軽く俺の腹に食い込む。
良かった、いつものナビだ。
「で?」
(うん、神殿があるのよ)
ナビの視線の先は滝だ。
(滝?)
(そ、滝の裏にね、生きた神殿がね)
(生きた?)
(砂漠の神殿と同じだよ)
(そっか、じゃあ帰りに寄るか?)
(んー、そうね、そうしようか)
砂漠の神殿は荒れ果てていたからな。ここの神殿もどうなってることやら、ナビ、心配してんのかな。
俺とナビは静かに滝を眺めていた。
「サブロー、滝の下まで崖を下れば行けるが、どうする?」
ガンオのおっさんが聞いてきた。
「下から滝を見上げるのも、いい眺めだぞ、行くんだったら案内するが?」
俺がナビを見ると、ナビは軽く首を振る。
「ガンオのおっさん、今はいいや、帰りに寄るから」
「そうか、わかった、それじゃ馬車に戻るか……おっさんは余計だぞ、サブロー」
俺たちは来た道のりを戻り、馬車まで帰った。
「ちょうどこの辺が、パオースの町とベリーグの町の中間ぐらいだ、この調子で行けるといいな」
おい! ガンオのおっさん、それを言っちゃダメだ。フラグが立つだろ。
滝の裏に神殿があるそうです。先を急ぐ道中なので帰りに寄ることにしました。
次回、ほら、言わんこっちゃない