035 主への伝言
◇
「もう見つかったっす、早すぎっす。あの男たちは……追い払ったすっか、がっくりっす」
「進むか?」
「いや、町に戻るっす。あのお、ここに何があるっすか?」
「……主に聞け」
「主って言うとサブローさんって方っすね、ソルさん」
「なぜ、我の名を知っている」
「いろいろ、調べたっす。ソルさんに敵う人は町には誰もいないことも、でもうちの旦那は理解してくれないっす」
「……」
「うちの旦那は情報の使い方がいまいちで、商売に繋げられない困った人っす」
「……」
「もう、こんなこと止めて商売に専念した方が儲かるのに、そこがやれない人っす」
「……」
「ここの秘密が分かったからと言って、どうするかつもりなのか? 旦那にも困ったもんっす」
「……」
「ソルさん、愚痴聞いてもらってありがとうっす、町に帰るっす」
男が町に帰ろうと振り返るとブワッと突風が吹いた。突風に煽られた男は転びそうになり、あわあわ言っている。
ザワザワ
小山の周囲の空気が震えている。異様な気配がする。何者かが小山の頂きに現れたようだ。
「気をつけて帰れ」
「?」
一言残し小山の頂きに急ぐ。一番のスピードだ。
小山の温泉に気配の相手がいた。温泉に入っているようだ。
我は近寄り声をかける。
「ここは我が主の領地である、速やかに立ち去れ」
「おやおや、ここには面白いものがいるね、四つ目のゴーレムとは」
相手は温泉でゆったりしていて、振り返りもせず応える。
「もう一度言う、ここは我が主の領地である、速やかに立ち去れ」
「否……と答えたらどうなる」
「去らぬ者は、力にて去らせるのみ」
「おお、怖いこと、怖いこと」
「去らぬのか?」
相手は温泉から立ち上がり、こちらに振り返った。
女だ。
長い黒髪に黒目は主と同じ色だ。肌は褐色に焼けていて背は我より高い。体つきは我と同じ凹凸がはっきりしている。主が見たら喜ぶだろう。
「ああ、去らないね。もっとこの湯を楽しみたい、帝国以来の湯だからな」
「では、力にて去ってもらう」
女に歩み寄ろうとした瞬間、女に見つめられ動けなくなった。いつの間にか、女の目は金色に変わっている。キーンと音が聞こえそうなくらい空気が研ぎ澄まされた。
この女には勝てない。
「……」
主命を領地守護から自分を守れに移行する。
空気が軋む。
「おや、これでも崩れないとは」
「……」
「四つ目の体に人の技か……五つ目、いや、六つ目と戦えるか?」
女の言っている意味がわからない。
「面白い、気に入った、いっしょに湯に入ろう」
「……」
「さあ、早く早く」
軋んでいた空気が緩み、暑い日差しが降り注ぐ。言われるがまま服を脱ぎ、湯をかけてから湯船に浸かる。
女は湯の中で卵をくるくる回し遊んでいる。昼から湯の浸かるのは初めてかと思案していると女が問いかけてくる。
「お前の主とはどのような奴なのだ?」
「我が主は……」
答えられなかった。考えたこともない、我が主は何者だろう。
「我が主は、我の創造主、商人、領主、ハーレムを望む者……戦いを語る者」
「ほう、訳のわからん奴だな」
「……」
「まあいい、お前に頼みがある、お前の主への伝言だ」
「……」
「助けてくれてありがとう、これからも世話になる、たまに抱いてくれると嬉しい……こんなところでいいかな」
「わかった、伝えよう」
「よろしくな、久々の湯を堪能させてもらった」
女が湯から出ると周りの空気が色を持ち、女の体にまとわりつくと浴衣のような服と草履のような靴に変化した。
そして、女の目の前には最初から居たかのどこく、ドラゴンが佇んでいた。ドラゴンには額の目を合わせ白色の目が五つあり、頭から尾の先までが20mほどの灰色の巨体だ。
女がドラゴンの首もとに腰掛けると、ドラゴンは立ち上がり翼をひと振りし空に舞い上がると溶けるように消えた。また湯に来るよと声だけ残して。
◇
主が村人を6人連れて帰って来た。主の望みは叶ったのだろうか?
「ソル、ただいま」
バレンナがトニーから降り駆け寄ってくる。主もナビもラズリもトニーの上から手を振っている。
バレンナがハグしてくれる。これは好きだ。
「お帰り、バレンナ」
主もトニーから降り近づき、ただいま、留守番ご苦労さんと声をかけてくれる。
「ソル、留守番問題なかったか?」
「主、2つほどある、客と伝言だ」
「客と伝言?」
「そうだ、客はそこにいる」
我が指差すとガサゴソと背の高い草むらから、いつもの男が出てきた。
「サブローさん待ってたっす。自分は西門の近くの商家で手代見習いしてるホスバという者っす。お願いがあって来たっす、是非聞いて欲しいっす」
いつもの男に迫られ主が困っている。助けるべきだろうか?
「サブローです、あのお、なんでしょうか?」
「この小山の秘密を教えて欲しいっす、この小山に何があるっすか?」
主が我を見る。我がこの男の侵入は許していないことの意味で首を左右に振る。
「あの、ホスバさん、申し訳ないですが答えられないです」
「やっぱりそうっすよね、教えられる訳ないっすよね。ああ、これで首っす、店から追い出されるっす」
「……」
主は店を首になると喚く男の事情を聞き始めた。
男の話では、男が勤めている商家の旦那から、最近塩の商売で儲けいている男が小山を所有したことを教えられた。商家の旦那は小山には何かが眠っていると言う噂を信じ、それが何なのかを知れば商売が拡大できるのではと考えたらしい。そして、手代見習いのホスバに小山調査を命じた。ホスバは何度も小山調査に来たが、すべてソルに阻まれた。それを旦那に報告すると、これが最後のチャンスだと失敗したら首だと言い渡されたそうだ。
おや、主が何か思いつたらしい。男に耳打ちしている。
「本当っすか? 計算は得意っす、わかったす、首になって来るっす」
そう言うと男は意気揚々と町に戻って行った。
ナビやバレンナが何やったの? と主に問うが、あとでみんなに教えるよと答えた。
「ソル、あと伝言があるって言ってたよね、なにかな」
「女からの伝言だ。助けてくれてありがとう、これからも世話になる、たまに抱いてくれると嬉しいと言っていた」
おや、主が固まっている。どうしたのだろう?
主はナビ、バレンナ、ラズリに囲まれ、さあ白状しろと責められている。
「主よ、敵わないときは、逃げるが勝ちではなかったのか?」
主はナビ、バレンナ、ラズリに掴まれ、逃げる気かさあ白状しろと更に強く責められている。
「冤罪だあ」
と主の声が湿地帯に響き渡っていた。
ソル 「ホスバ、あの囮のふたりはお前が雇ったのか?」
ホスバ「違うっす、知り合いの商会が雇ったのを耳にしたっす。二か所から同時に侵入するため利用させてもらったっす」
ソル 「そうか、お前、賢いな」
ホスバ「ソル姉さんには敵わなかったっす」
ソルとホスバは意外と仲良しです。
次回、楽しい領地開発