034 主の眷族
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我の名はソル。名をくれた主の眷族である。
我は知性を持ったゴーレムだと言われた。同門にトニーがいる。トニーは寡黙な奴で頼もしい。ナビは素材は同じだと感じる、だが中身は我ともトニーとも異なる何かだ。
主のお陰で戦闘技術というものを覚え、効率的に敵を無力化することが出来るようになった。
一対一戦闘技術を指導してもらった男からは、もう何も教えることはないと新たな技術の指導を拒否されている。残念である。今は、主より一対多戦闘技術を高めると同時に低魔力消費での戦闘技術の修得を命じられている。
次々と主より新たな目標を示され、さらなる高みに上れることを、我は主の眷族として誇りに感じる。
また、主からは我は女性なのだから女性らしくとの目標も示されているのだが、これの修得は非常に困難な状況にある。いつだったか、バレンナを真似て主に話しかけてみた。主はそれもありだが、ソルはソルの道を進むべきだと。
その道の先に何があるというのか? 我には見えぬものが主は見えているのだ。困難ではあるが我の道を進むことにする。
◇
我は、主が不在の間の主の館と小山の周囲の守護を迎せつかった。
このところ、主の領地に侵入する者が多い。主は侵入する者は理由を問わず叩き出せと言った。忠実に主命を実行する。
主の領地は我に侵入者を教えてくれる。主は小山の周囲に魔力の満ちた魔石を埋めたので我ならば魔石を通して感知できると教えてくれた。まさにそうなった、さすが主だ。
また、侵入者が来たようだ。
◇
「もう、見つかったっす」
「おまえはまだ進むか?」
「いや、町に戻るっす、勝てない戦いはしない主義っす」
「賢明だ」
「ああ、また、旦那に怒られるっす、残念す」
「侵入を諦めることだ」
「俺は諦めているっす、でも旦那が諦めてないっす、辛いっす」
男は来た道を引き返していく。湿地帯の中を泥まみれ、びしょ濡で。
男が守護地に侵入しようとしたのは、これで3度目だ。この男は武器など持たずに、いったい何を目指して侵入しているのか?
あの男は面白い。何が面白いかと言うと、あの男は戦わないのだ、勝てないので戦わないと言う。
なるほど真理である。
全ての戦いに勝てるのであれば問題ない。しかし、世の中には自分を超える者たちは多い。訓練であれば命を無くすこともないが、実戦であれば命のやり取りとなる。負ければお仕舞いなのだ。
主は言う。負けない戦い方もあるのだと、それは逃げるが勝ちと言うらしい。目的さえ見失わなければ、戦い方はいくらでもあるのだと。
我の目的とは、主、バレンナ、ラズリを守ることだ。次に自分を守ることだ。
ナビは自分のことは自分で守るから我の守りは不要だと言った。
助かる、ナビは時よりどこにいるのか、まったくわからない時があるのだ。
◇
今日も侵入者が近づて来る。2組だ、囮と本命だろうか?
小山を下り囮に近づき様子を見る。囮は二人の男で短槍を杖がわりに湿地帯の比較的乾いた箇所を通って近づいて来た。それほど汚れていない。まずはこの2人を叩き出すことにしよう。
「そこの二人! ここは我が主の領地である、速やかに立ち去れ」
麓の木の影から出て2人が見える所まで歩きながら問いかける。
二人の男は声を掛けると一瞬びくっとして歩みを止めたが、我が1人なのを確認すると再び歩み始めた。
「なんだ、姉ちゃん1人かよ、びっくりさせんなよ」
若い男が言う。すると隣の男がすまないがと付け足す。
「ここに、何があるのかを調べさせてもらうぞ」
「なんだっら、姉ちゃんのことも調べてやろうか?」
「おいっ、止めとけ、さっさと調べて戻るぞ」
「おっちゃんはいつも堅てえな、堅てえのはあそこだけにしておけってか。おっちゃん! あの美人の姉ちゃんは俺が相手をする、いいだろ」
「好きにしろ」
若い男は短槍を構え我と対峙する。
「へえ、姉ちゃん肝が座ってんな。名前なんてんだ」
「……」
「答えさせてやるよ、ホレホレ」
若い男が短槍で我の体に当たらぬように間隔を開けて突く。遅い。
「どうでい、身動き一つも出来ねえだろ。観念していいんだぜ、俺が優しく縛ってやるよ、ヘヘヘ」
「遅い」
若い男の短槍を突く手が止まった。
「おいおい、俺は美人だって容赦しねえぞ。王国にもあんたみたいな美人でいい体した姉ちゃんはそうそう居ないから楽しませてもらうがな、ヘヘヘ」
「おい、早く終わらせろ」
「わかってるって、すぐに終わらせてやるぜ。本当はいろいろ相手してやりてえが、おっちゃんがうるせいからな、すぐに楽にしてやんよ、おりゃー」
若い男が我が胸に短槍を突き立てた瞬間、右に半身をずらし突き立てられた短槍の柄を右手で掴むと突き出しをさらに加速させ、そのまま後ろに一直線に投げる。そしてもとの姿勢に戻る。
若い男の手を離れ、投げられた短槍は、ズドン、ビーンと小山の麓の木に刺さり小刻みに振動している。
若い男は短槍を突き立てた格好のまま静止している。何が起こったのかわからなかったようだ。
「なっ!」
若い男は自分の手から短槍が無くなったことに気付き声をあげる。
「ここは我が主の領地である、速やかに立ち去れ」
若い男とその後方にいる男に向かって再度警告する。若い男は短槍の無くなった両手を見ていたが、我に帰り雄叫びを上げて掴み掛かってきた。
掴みかかる腕をいなし肘を掴んで、若い男の体を半回転させると背中を押し出す。若い男はたたらを踏んで、おおおと声を上げながら後方の男のところまで行き顔から地面に倒れ込んだ。
後方の男を見て問う。
「進むか?」
後方の男は、我を睨みつつ若い男を助け起こした。
「大丈夫か?」
「イテテテ、ああ大丈夫だ、どうなってんだ」
「町に戻るぞ」
と言い残し男は来た道を引き返していく。
若い男は、我と男を交互に見てどうするか考えていたようだが、振り返ると男のあと追って走り出した。
さて、もう1人相手せねば。
ソルは消えるように次の相手に向かって移動を始めた。
◇
若い男が、もうひとりの男を追いかけながら聞く。
「おっちゃんよ、ここまで来てなんで町に戻るんだ。おっちゃんと俺の二人掛かりだったらあの女を倒せたんじゃないのか?」
男は歩いたまま顔だけ振り返り答える。
「本当にそう思うか?」
「申し訳ねえ。全然、勝てる気がしねえよ」
「そういうことだ。この仕事はキャンセルして次の町に行くぞ」
「ああ、仕方ねえな。それにしても何者だあの女、ただ者じゃねえぞ」
「……」
「べっぴんでいい体だったのによぉ。お友達になりたかったぜ」
「……」
若い男は口ほど軟派でなく相手の隙を作るために軽口をきいていることを男は知っている。でなければ、パートナーにしていない。
男たちは町に向かって歩いて行く。
ソルの留守番の様子でした。
次回、主への伝言