028 芽生えた自我
◇
「凄いな、お前のところの女傭兵は」
「ソルのことですか?」
「ああそうだ、最初来たときは素人同然だったが、今じゃ俺と互角だ、どうなってんだ」
「じゃあ、合格ですかね?」
「ああ、間違いなく合格だ、近いうちに俺も敵わなくなるだろう」
コネロドが雇っている戦闘指揮官の男からお墨付きがもらえた。
練習初日に素人同然だったので、ソルを解雇して腕のたつ傭兵を雇えと忠告をしてくれたのだが、数日間様子を見てから判断してくれと返事していた。合格をもらえて良かった。安心してバレンナの護衛を任せられる。
今日は仕事は休日にしてみんなで、バレンナとソルの戦闘訓練を見学に来ていた。バレンナはまだまだ素人の域をでないが、ソルはすでにかなりの域に達しているらしく、今は3対1で模擬戦闘している。もちろんソルがひとりだ。
「ソルの何がすごいって、避けないんだ、いや避けてんだが……見切りってのか? 目の前で剣が通り過ぎてもたじろぎもしない。最近はいくらかの間をとっているが、最初のころは指一本分だぞ、正直怖くなった。俺は化け物を育てているんじゃないかと、訓練がこれほど怖くなったのは初めてだった」
「だった?」
戦闘指揮官の男は興奮してしゃべっていたが急に冷静になり続ける。
「ああ、今じゃ当たり前だ、慣れもあるがソルが言うんだ、当たらない剣は怖がる必要はない、怖がることで回避が大きくなり隙ができるほうが問題だとな、それは俺が若いときにいつも言われていた師匠の言葉だった、初心に戻れたよ」
「そこまでの評価ですか、彼女を雇ってよかったです。訓練つけてもらいありがとうございます」
「いや、これからも訓練に付き合ってもらうぞ、バレンナも鍛えがいがあるしな、なにより俺たちの訓練になる、ソルのお蔭でコネロド隊の強さが他の隊より頭ひとつ分抜け出たしな」
ソルは、囲んでいる3人の男の内ふたりをフェイントで下がらせる。そのフェイントをもうひとりには隙があるように見せ、誘きだすと剣を巻き取り、裏拳で顎を抜く。そして、ふらついたところを下がった別の男に向けて押し出す。目の前に同僚が押し出されてきたことで別の男はもたつく。その間に、もうひとりの間合いに入り男の剣を自分の剣で反らすと、そのままさらに間合いをつめ肘を捕まえたかと思った瞬時、男は一回転して地面に叩きつけられていた。
残りの男が対面したときはもうひとりになっていた。剣と剣がぶつかる。ソルが一歩前に出る。男が下がる。剣と剣がぶつかる。ソルが一歩前に。男の剣は弾けとんだ。
男が降参し訓練は終わった。
すごい、ソルが舞っているようだった。戦闘指揮官の男がべた褒めしたことがよくわかった。
ソルの戦いを見ていた男たちはソルを女神様を崇めるように先程の模擬戦闘について褒め称えている。
「主よ、どうだった?」
「すごいよソル! まるで舞っているようだったよ」
周りの男たちを俺と同じ気持ちらしくウンウンと頷いている。
「そうか、ではもっと精進しよう、今夜もたのむ」
「えっ?」
「今夜もたっぷりと注ぎ込み、いろいろ教えて欲しい」
「えっ!?」
ギロッ、女神の信者たちに一斉ににらまれたよ、中には腰の剣に手を掛け殺気を放つやつもいる。こえぇよ、ちびるじゃねえか。
絶対この女神信者たちは勘違いしている。ジリジリと俺に迫ってくる。このままじゃ殺られる。
「それじゃ、さっそく料理屋にいこうよ、ソルには酒をカップにたっぷりと注ぎ込んで、この町での生活の仕方をいろいろ教えてあげるよ」
横からナビが助けてくれた。
ナイス! ナビ。今日は好きなものたらふく飲み食いしていいぞ、許す!
ナビの台詞が効いたのか、信者どもは俺から離れ、またソル讚美を始めた。
ふう、助かった。
ちなみに正解は「今夜も(魔石に魔力を)たっぷりと注ぎ込み、いろいろ(戦闘や生活に役立つことを)教えて欲しい」だぞ信者ども、勘違いするなよ。
「よし、みんな今日の訓練はおしまいだ。解散!」
「「「うすっ」」」
返事とともに隊員の男たちは散っていった。
戦闘指揮官の男は俺に礼を言う。ソルを連れてきてありがとう。
◇
「そろそこおそのおの! ことこよこととよ」
「ナビ、口の中のもの全部飲み込んでから話せ、何言っているかわからん」
「かたじけない主よ、我もわからない、助かる」
「ナビ姉、ソルも私も何言っているのかわかんないよ?」
「ソルすごいじゃないのって言った」
「「おー」」
俺とバレンナが声を合わせ驚く。でもさすがのラズリでも後半は解読出来なかったらしい。謎だけどたいしたことないからまあいいか。伏線じゃないだろうな、ナビ? 回収できないぞ。
お気に入りの料理屋で夕食を取っいる。
「ソルって、いろいろ話せるようになって良かったけど、これって普通なのか?」
俺は思っていた疑問を聞いてみたが、バレンナとラズリは首を振る。ソル自身にもわからないようだ。
「んーと、多分たくさんの魔石とたくさんの情報とたくさんの指示命令が絡み合い魔石が変化してるのかも? それがさらに発達進化して自我回路となり知性獲得って感じだと思うよ」
「なるほど、よくわからん」
隣でバレンナとラズリは、くびをフルフルしていて可愛い。ソルはソルで、われはそのようなものであったのかと感慨ぶかけだ。
「俺はそんなに命令や情報なんて教えてないぞ。命令はひとつ、みんなを守れだし、情報としては俺の国の武士とか忍者って呼ばれるものたちの戦闘方法や武器道具の話をしただけだし、石切のときはトニーにも俺の独り言聞いてもらってるが進化してないぞ?」
「トニーはサブローの話を聞いていなかったりして」
やめろよナビ、へこむだろ、トニーはそんな奴じゃない。たぶん……
「私は、ソルにいい野菜やいい果物の見分け方とか物の値段とお金の使い方とかを教えて、反対に戦闘訓練ではいろいろ教えてもらってます。だめでしょうか?」
「全然ダメじゃないわよ、これからも続けて」
「ナビの言う通りだ、どんどんソルに教えてどんどん進化してもらおう。その方がみんなの安全に繋がるからな、でもソルは体のどこで覚えたり考えたりしてるんだろう?」
「主、それはここだ」
ソルは握った拳で胸を叩く、言わんとしていることはわかるが、叩かれた胸が揺れてそこに俺の目は釘付けだ。
「なるほどそこか、ジー」
「サブロー、見すぎ、近い、手が変」
はっ! 手が勝手にモミモミ型に。落ち着け俺!
「そうするとソルの弱点は胸ってことになるのかな? 私じゃ、まだまだ敵わないけど、これからも戦い方とか教えてねソル」
「承知した、バレンナ」
「胸が弱点かぁ、そうだソル、胸の魔石の複製を頭とかお腹とかに持てば胸がやられても大丈夫じゃないかな?」
「なるほど、さすがは主、試してみよう」
「ソルが強くなることは良いことだからな、試してみてくれ」
「わたしもやってみようかな」
ナビ、お前は仕組みが全然ちげえし、どうなってんのか全然わかんないし、魔石が粉砕され土くれになっても再生できるよね。
「ナビのことはほっとおいて、ラズリもなんかソルに教えてるのか?」
ナビが俺をひどいよー話聞いてよーと言っているが放置して、ラズリも何か教えているのだろうかと興味が出て聞いてみた。
「ん、美味しい屋台、お得な服屋、卵の世話、教えた」
卵って世話が必要なのか? てかラズリが世話してたのか、最近卵を見ないなと思っていたら。
「そうか、卵の世話はラズリがしてくれたのか、ありがとな、ナビは何か教えたのか?」
ラズリの頭をなでなでする、ラズリは嫌がらず撫でられるがままだ。やはり食い物が良くなると髪質もよくなるよな、さらさらな髪だ。
仕方ないナビの話も聞くか。
「もちろん、将来のことを考えてソルには教えたよ、いつかは一人立ち出来るようにね」
「将来のことか……考えつかなかったよ、えらいなナビ、でどんなことなんだ?」
「集めるのに苦労したよ、古今東西のお菓子とそのレシピだよ、かるく100種類は越えてるよ、将来家にオーブン釜とか作って、そしたらソルにお菓子作ってもらうって楽しみだよ、えらいでしょう?」
「ナビ姉、えらい」
「私も楽しみ」
バレンナもラズリも楽しみにするみたいだけど。ソルが自我に目覚めたのってナビのせいだろ! お菓子のために目覚めた自我っていったい。
お菓子での盛り上がりが一段落して後、俺は声高らかに宣言した。
「さて、みなさん、これまで温めて来た計画を実行に移す時が来ました」
ソルは自我も胸もあるゴーレムです。
次回、穴を掘れ