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021 (訪問者)鍋

 ◇


 こんな寒い日は鍋がいいかもしれない、などと思案しながら近くの大型スーパーマーケットに向かって歩いている。


 ◇


 珍しく上の息子から電話があった。大事な人が来るから夕飯に招待したいと、ついては夕飯の準備をお願いしたいと。できれば日本的な何かをと。

 母さんが友人たちと温泉旅行にいって居ないから今日は無理だ、日を代えられないかと聞くものの難しいらしい。

 恋人を連れてくつもりなのか、嫁さんか、日本的なとは、外国人なのか?

 金髪な嫁か。うむ……英語はうまくしゃべれんのだが。

 彼は外国人と聞けば金髪に英語を思い描く一般的なおやじであった。


 母さんが居ない事がこんなに心細いと思う事があるとは。

 そういえば、俺が母さんを実家に連れて行ったとき、俺の親父も緊張してたなと苦笑してしまう。

どしっと構えて親父らしいところでも見せてやるか。思い腰を上げて買い物に行く準備をする。


 ◇


 品書きを決めることが出来ないまま、スーパーに着いてしまった。困った。

 イートインコーナーで珈琲でも飲みながら考えるかと思ったのがいけなかった。

 コーナーへ行くため、歩く方向を急に変えてしまった。どんっと衝撃があったと思ったら、それは跳ね反って悲鳴とともに倒れてしまった。


「きゃっ!」


「すまん、大丈夫か?」

「痛いです、おしり打ちました」

 涙目で見上げてくるのは十代の少女だ。いたたとおしりをさすっている。


「立てそうか、無理することはない、救急車を呼ぶか?」

「たぶん大丈夫です、少し打っただけですから……」

「本当にすまん、不注意だった申し訳ない」

 頭を下げる中年にびっくりしたのか、ゆっくりと立ち上がりスカートを軽く叩き整えた。


「わたしもよく前をみてませんでした、ごめんなさい」

 とぺこり。


「急いでいないなら、そこにイートインコーナーがあるから休んで行くといい、お詫びに飲み物を出させて貰おう」

「ナンパですか、喜んてお供します」


 当の少女は笑顔で応えてくれるが、周りの者たちは、いい歳をしたオヤジが女子学生をナンパしているのかと蔑む。娘の顔立ちが整っているせいか、近くの若者グループの男たちから「俺が助けに……」などと聞こえてくる。

 これはいかん、と思っていたら娘に引っ張らようにコーナーに連れられていった。


 ◇


「そうなんですか、息子さんがお嫁さんを連れてくるんですね、おめでとうございます、じゃあ、お父さんの腕の見せ処ですね」

 これまでの経緯を語る。


「……正直、普段料理なぞせんから困っとる」

「じゃあ、何かお手伝いしましょうか、買い物だけだけど」

「おお、そうか助かる」

「なにを作る予定ですか?」

「寒いので鍋がいいかと考えていたんだが、どうかな」

「鍋って食べられるんですか? 硬くないですか」

 鍋は食わんぞ、なんじゃ話が通じんぞ? もしや……


「君は帰国子女かな? 鍋と言うものは鍋にスープと食材をいれて煮る料理でな、家族や友人たちとみんなで食べるんだ」

「わぁ楽しそう、私も食べてみたいなぁ、残念」

「そうか、食べてみたいか、外人さんだったら喜んでくれるか」

「はいっ、絶対喜びますよ、私も参加したいもん」

「そうかそうか、では鍋に決まりだな」

 俺は残念だ。こんなにも目をキラキラさせて鍋を想像する娘さんに食べさせてあげることが出来ないことが。


 ◇


 鍋スープの種類だけでも、こんなにあるとはとんだ誤算だ。ちゃんこ、水炊き、豆乳、とんこつ、坦々、キムチ、塩、カレー、トマト、……

 なんと? 想像もつかない味もある。


 今の若い連中はどんなのを好むのだろうか。しかし、母さんはこんなスープは使ってなかったはずだ。スープなしで作れるだろうか。なになに……スープの商品を手にとって裏の細かい字を読んでみる。

 スープを鍋に入れ温め、切った具材を入れ加熱すると。俺にも出来そうだ、具材も書いてある。


「たくさんの種類があるんだ、お父さんどれ作るの?」

「そうだな、日本的って注文もあったし、ちゃんこ鍋にするか、どうだ?」

「いいんじゃない、やっぱり基本は大事だよ、馴れたらみんなでいろいろ試してみたら、もっともっと仲良くなれるよ」


「その通りだ!」

 二人で目を合わせると、ニンマリと笑みガハハハ、アハハハと声をあげる。それをみた周りの人は仲良い父娘と思ったのか温かい目で見てくれる。一部の中年おやじからは羨ましげに見られていたが……

 娘がいる生活も悪くない。


 ◇


 買い物は終わった。

「ありがとう、助かった」

「こっちも、楽しかったよ」

「このあとは?……」


「兄さんの家に行くんだけど、何かお土産買って行こうかなと思ってて、ケーキはどうかな?」

「……俺は好きだぞ」

「ケーキにしようかな、じゃあ、わたしは名店街にいくよ、お父さん鍋頑張ってね、じゃあまたね」

 彼女は手を振って離れてゆく。


「ああ、気を付けて」

 買い物袋を持っていることを言い訳に手は振らなかった。さよならも、またなも言えず情けない。もう少しいっしょに居たかっのか。また、あの娘に会えるだろうか?


 今日、息子が嫁…いや娘となるかもしれない人を連れてくる。こんな感じで仲良くなりたいものだ。

 夕暮れの家路を急いだ。



サブローとナビが南端の村の着いた頃のお話


次回、「盗賊討伐」

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