017 陰謀を企む者たち
◇
「番頭さん、コネロドさんの所でまた大商いがあったそうですね」
とある商家屋敷の一室。部屋の壁一面には英雄譚の一節を表した王国産の大きなタペストリーが飾られている。訪問者はさぞ大きさと精彩さに度肝を抜かれることだろう。
「はい、また塩を入荷したそうでござます」
「ほほぉ、またですか、していかほど」
「はい、前回の倍とのことでございます」
部屋の中央には低い長テーブルが置かれ周りを囲むように猫足の椅子が5脚置いてある。
上座の椅子に座って声を発した人物が主人であり、番頭と呼ばれた使用人はテーブルの反対側に立って答えている。
「多いですね、沿海州からの買い付けでしょうか」
「いえ、前回と同じ南端の村から来た若者からでございます」
「そうでしょう、そうでしょう、今、沿海州ではそれどころではないはずです、沿海州産でないということは我々、西商人が取り扱っても問題ないですね」
この町の商人たちは昔から西商人は西側から仕入れる、東商人は東側から仕入れるという決まりで商売を行ってきた。
対面にいる番頭の男は頷く。
男の頭に髪はなく丸坊主で、上半身は裸の上に布製のベストを着て下半身は七分丈のズボンを履いている。一見、顔だけ見れば山賊に思えるが、着ているベストの裾に幾何学的模様の刺繍があるなどおしゃれな箇所もあり、一般人に見えなくもない。
「それで」
主人が問い番頭が答える。部屋にはふたり以外誰もいない。
「手代に申し付け、若者に取引を持ち掛けましたが良い返事ではありませんでした」
「なぜだ? もちろん買い値を上げる話で持ち掛かけたのであろう、商人ではないのか、その者は」
苦々しい顔で主人は番頭に問う。
「はい、その者は商人でございます、西門の門番が覚えておりました、入街証に商人と刻んだと」
「解せぬ、商人たるもの損得勘定で動かないとは」
「手代の話では、その者はコネドロ本人に恩があるので、他の商会とは取引しないと断ったそうにございます」
「恩とな……厄介だな」
主人は目を閉じ沈黙した、番頭は不動のまま主人が口を開くのを待っている。
沈黙した主人は、背景のタペストリーに溶け込み彫像のようだ。
「その者がどこから塩を持ち込んでいるか探れ」
「はい、すでにあの者たちには命じました、ですが……」
番頭の男は主人への視線を外し、部屋の窓の板戸に視線を移して命じたときのことを思い出しているかのようだ。それを見ていた主人は苛立った様子で声を出す。
「なんだ、言え」
主人の男は最初は穏やかであったが、ことが思うように進まないため苛立ってきていた。
「はい、あの者たちが言うには、当面の間は南端の村へは行かないとのことでございました、訳を訪ねたところ強い魔獣が出たからとの話でごさいました、そこで支払いを増やすとの申し出でをしたのですが、ダメでございました」
「なんだと! 盗賊風情が」
主人は声をあらげる。
部屋の窓は板戸が閉められ外部から伺い知ることはできない。板戸が閉められているにも関わらず部屋の中は明るい、魔石に込められた光の魔法のおかげだ。部屋には魔法の光が揺らめいている。
一瞬、我を忘れた主人であったがすぐ冷静になり何やら思考し始めた。
「このままでは、ますます東商人との商売の差が拡がってしまう、いい手はないものか」
王国の内戦を境に西との取引が減少していた。このまま東側の商人が力をつければ、この町を支配するなぞ夢のまた夢と化してしまう。最近の沿海州のごたごたで東側も同じような情勢になり一息つけていたのだった。
黙り込んだ主人に番頭は発言する。
「わたしめが愚考するに、元を絶つのがよろしいかと」
「……」
主人の沈黙を肯定と受けとり番頭は話を続ける。
「盗賊討伐を持ち掛けるのです、盗賊討伐にいった商人は返り討ちあって亡くなってしまうというのはいかがでしょうか」
「……あやつも警戒するぞ」
「少しはあの者たちにも働いてもらいます、数日間町に出入りする者たちを襲ってもらいます、嫌がらせ程度ほうがより効果的ですが……さすれば市議会に苦情が殺到し無視出来なくなるかと」
「続けろ」
主人は話を聞くうちに落ち着いてきたのか椅子の肘掛けに肘をのせ番頭の話しを聞く。
「西商人次席に動議を出させ承認させるのです」
「票は集まるか?」
主人は懸念を問う。
「はい、最低でも西商人2票、宿商人次席1票は抱き込んであるので固く、あとは市民代表が人気取りのため票を入れるかと」
主人は目を閉じ沈黙する。
「……」
◇
パオースの町は市議会による自治を行っている。市議会を構成するメンバーは7名、東商人筆頭、東商人次席、西商人筆頭、西商人次席、宿商人筆頭、宿商人次席および市民代表である。
市民代表は税金を納めることで立候補者になり立候補者による投票によって代表が決まる仕組みとなっている。
彼ら市議会メンバーは町の防衛のための自費にて10名の常備兵を雇うことが義務となっており自分が隊長を務めなければならない。
平時の常備兵は町の石壁補修や魔物討伐などを行っている。
金と力がなければ市議会には入れないのだ。過去の大盗賊団との抗争を経た仕組みとなっていた。
◇
「討伐はどうする」
主人は動議が承認されると践んだのだろう話の先を番頭に問う。
「宿商人と東商人次席の3隊は町の防衛で残ってもらい、4隊で討伐に出ます」
「みな納得するかな?」
主人は指で自分の頭を軽くトントンと突く。
「盗賊は約20人、攻め手は盗賊の倍の人数、盗賊に裏をかかれ町に攻め込まれても守り手の人数が盗賊より多いので妥当な処かと」
「なるほど、良いではないか、さすが番頭さんだ」
「ありがとうございます」
番頭は初めて顔の表情を変えニヤリと笑みを浮かべた。
「続けさせていただきます、討伐隊は各々小山の四方から同時に攻めます、ただし頂の盗賊拠点にたどり着くのは我々の部隊とコネロドの部隊の約20人となります」
「なぜだ?」
「はい、西商人次席の部隊はサボタージュ、市民代表の部隊には盗賊を5人ほど当て時間稼ぎを行います」
主人はニヤッと悪い顔になり番頭の続きを言う。
「それで小山の上では我々が約25人、コネロドが約10人で倍以上という訳だな」
「そのとおりでございます」
「おお、そうでした」
機嫌の良くなった主人は、急に何やら思い出したように言い出した。
「この町の商人株にひとつ空きが出来そうなのです、番頭さん」
主人は一拍置き、ニタリとした顔で言葉を続ける。
「番頭さんには、これまで大変世話になりました、そこで、この件が終わり次第、番頭さんが商人株を持ってるように市議会に推薦しましょう」
番頭は深々と頭を下げ礼を言う。
「ありがとうございます、旦那さま」
「よし、今夜中に子細を詰めるぞ」
「旦那さま、悪い顔をされてますよ」
「おまえもな、番頭さん」
ワハハハ、グフフフと男たちの笑い声が深夜まで続いたのであった。
サブローたちの知らないところで陰謀が進められています。
次回、別の陰謀を企む者たち