015 町に入れろ!
◇
獣人は頭の上に耳がある。これは異世界の基本である。
ナビに怒られた俺はこそこそと続けた。
「だってさあ、ナビ、耳だよ耳」
「耳、耳ってうるさいよ、みんなに耳ぐらいあるじゃない、サブローにだって耳があるでしょ、サブローって男の人の耳フェチなの?」
そうそう男の耳が……ってそんなわけあるかぁ。だから一歩引くなよ。
「そうじゃなくて、俺の世界じゃ、けもみみと言って愛でる耳なんだよ」
「やっぱり男の耳がいいんじゃない」
ちげぇよ、野郎の耳なんか興味ねぇよ、俺が言ってるのは女の子限定だかんな、オバサンも除外だぞ。ぶるっ、何か寒気がした気のせいだろう。
「違う、女の子限定だ」
「じゃあ、バレンナみたいな?」
ん、なぬ!
俺の透視せんとする視線に気がついたバレンナは帽子を手で押さえ恥ずかしそうに俯いた。
「サブロー、いやらしい顔してるよ、全然愛でる顔じゃないよ」
キリッ、顔をもとに戻した。
「バレンナちゃん、お兄ちゃんに耳、見せてくれないかな」
「いや」
揉み手でお願いしたのが悪かったのだろうか? 即行で断られました。
「いやと言わず、そこをなんとか」
と拝み倒します、お兄ちゃん耳を愛でたいです。さわさわしたいです。ハイ。
頭が痛いのか揉み解しながらナビが言う。
「サブロー、ちょっとそこに正座しなさい」
えっ、なんで。
俺はすぐ正座した。ナビの拳がプルプルと震えていたからだ。
「はい、ナビさん、なんの御用でしょうか」
「全然わかってないから説明するけど、耳有人にとって頭の上にある耳はお腹のヘソといっしょなの。サブローもヘソを出して歩きまわらないでしょ」
「でも、門番の男は……」
「もちろん、耳に自信があったり、気にならない人は耳を出してるよ。目を閉じて想像してみて、男の人がヘソ出しのタンクトップを着ている姿を、それが耳有人が耳を出してるってことだよ」
ムッキムッキのヘソ出しタンクトップのオッサンを想像しちゃったじゃねえか。
「それから、バレンナちゃんに迫るの禁止だから、今度やったら……わかるよね」
ナビさんの顔は笑っていて可愛いのに、俺の体が震えるのはなぜ?
「これも想像してみて、兄が妹にヘソを見せろと迫って、見せたらこんどは触らせろって言うんだよ、どう思う?」
はい、普通に変態です。そっか俺は変態だったんだ。でも変態でもいい……ぶるっ、ヤバイ!
「ナビ、そんなことをするやつは変態だ。お兄ちゃん失格だ。俺はそんなことしないぞ、バレンナ、ゴメンな、こんなお兄ちゃんを許してくれ」
「いいよ、サブロー兄さん、わかってくれたら気にしないよ」
ああ、バレンナはいい娘だなぁ、ナビは胡散臭そうに見ているけど。
ちなみに頭の上の耳は皮膚が変化して特殊な毛が生えているだけで、音を捕らえることはないようだ。皮膚病の一種ではないかと唱える学者もいるとのこと。また、尾を持っている人はいないとさ。
この話の間中、ラズリも帽子を気にしていた。けもみみはないとのことだが、もしあったら触らせてくれたような気がする。こんど頭を撫でてあげよう。ナビ怒らないよね?
◇
王国図書館所蔵「王国の街と鉱山」の王国の辺境部より抜粋
<パオースの町>
町の周囲は東西に10km、南北に20kmの広さの湿地帯である。
湿地帯の北西側および南西側から川が流れ込んでおり、湿地帯の北東側から沿海州方向へ川が流れ出ている。
太古の昔、火山から流れでた溶岩により川が関止められ湿地帯になったと考えられている。
気候は1年を通して温暖である。周りが湿地帯のため湿気が多少ある。
王国と沿海州諸都市を結ぶ東西街道の宿場から発展して町を形成した。町は湿地帯の南寄りに位置している。
東西街道は湿地帯の乾燥した地面をもとに木道で繋げ、王国と沿海州諸都市を結ぶこととなった道が始まりである。
町の発展にともない木道は埋め立てられ、広くない非舗装の道となっている。
道が完成したことにより、徐々に南側の湿地帯が広がることが懸念されたが、広がっていないため地下水路があると考えられるている。諸説あり。
人口約1500人にて約200家屋を数える。
町は周囲に石壁を持ち東西街道に門を構える。
町は王国、沿海州諸都市に属することなく市民による自治が行われている。
町は湿地帯のため畑作には適さず農作物は周囲の村々からの取引となっている。
鉱山は所有せず特産物および加工品も特筆すべきものはない。
町は西の商品を買い東に売り、東の商品を買い西に売るという交易を生業としている。
市民は気候に似て温和であり犯罪も少ない。
衣服は王国西方と似て色とりどりの染物による貫頭衣とズボンであり革の靴を履く。
術者の数も王国の諸都市と割合が同等である。
この地は王国の辺境部に位置するが沿海州諸都市を刺激するため王国に参入させる優先度は低い。
◇
俺たちの前に並んでいた商人は門番と何かを問答し、銀色のプレートを見せて町中に進んで行く。
門番は、つぎっ!と言わんばかりに槍を振り、俺たちを呼び寄せ詰問する。
「入街理由と証明」
同じ事ばかり繰り返しているのでぞんざいな態度だ。
「塩を売りに来ました、証明とはなんでしょう」
バレンナとラズリに目で問うが首を振られる。
「おまえたち初めてか、4人だな、銀貨2枚と銅貨2枚だ」
「お金がありません、なんとかなりませんか?」
「金がないだと、金が払えなければ町に入れられない決まりだ、立ち去れ」
「そこをなんとか、塩を売ったら払いますから」
と俺は食い下がる。
「いい加減にしろ、立ち去れ」
さらに食い下がろうとしたとき、門の内側から声がした。
「町の門で騒ぎとは何事です」
仕立ての良い服を着た老人が馬上から門番に誰何した。馬の横には三人の従者が周囲に睨みを効かせている。
三人の従者は上半身には稼働部以外が幾層にも重なった革で出来たベストを身につけ両刃剣を腰に吊るしている。
「これはコネロド様、申し訳ありません、この者たちが入街料を払えないと申すため立ち去れと申し渡しておりました」
門番の一人が丁寧に申し開く。
「そうでしたか」
ジロリと老人は高い位置から俺たちを見下す。
「さあ、きさまら早く立ち去らないか! 邪魔だ」
門番は短槍を構え立ち去らないと突くぞとばかり迫ってくる。
「ちょっと危ないでしょう! 槍をこっちに向けないでよ」
「ナビ、危ないから俺の後ろに下がれ、門番さん塩で払ったらダメなのか?」
俺はナビの前に出て壺を盾に門番に食い下がる。
「ダメだ、早く立ち去らないか」
門番は槍でガシッと壺を突っつく。
「やめなさい、訪問者を武力で脅しては町の品位が問われます」
馬上の老人は門番を止め、俺に向かって言う。
「君は塩で払うと言ったね。よろしい、私が立替よう後で私の店に来なさい。東門辻のコネロドの店と人に聞けばわかるはずです」
そう言うと老人は町の外に馬を進めた。従者のひとりが門番に金を渡すのが見えた。
「ありがとうございます、コネロドさん」
はっと気が付き咄嗟に礼を言うのが精一杯だった。
「サブロー、よかったね良い人がいて、町に入れないかと思ったよ」
「そうだな、やっと町だ」
耳にはじまり入街のトラブルと長かったな、やっと町に入られる。
「おまえたち、こっちに来い」
門番に呼ばれ、門の内側にある番屋に連れていかれた。
全然進まん。前途多難だぜ。
バレンナは、けもみみの持ち主でした。
なかなか町に入ることができません。
次回、俺、頑張るよ!