140 お前たちの世界を作るがよい
◇
「じゃあね、お父さんにローナちゃん、お留守番よろしくね。夕方には帰ってくるから。さあ洋服を見に行きましょ、ルールちゃん」
母さんがルールの持っている服や小物の少なさを嘆き、もっとかわいい服を、もっとかわいい小物をとルールを連れて買い物に引っ張って行った。
ローナちゃんも行くわよ、と母さんが誘っていたが、ローナは次で良いと断った。だから、わしとローナが家で留守番だ。
母さんとルールが出掛けるのを玄関で見送ったあと、ローナとわしは居間のソファーに座りふたりとも会話もなくお茶を飲む。わしは新聞をテーブルに置き一枚一枚めくって端から端までを読んでいく。ローナがわしの動きを見てるの感じながら。
「親父さん」
おもむろにローナが新聞を読み進めるわしに声をかけた。しびれを切らしたような声がする。
「うむ、ローナさん。わかっている。だが、まだ来んのじゃ、もうしばらく待とう」
「そうか、わかった」
ローナは居間のソファーに身を預けたまま、目を閉じて彫像のようにピクリとも動かなくなった。
わしの新聞をめくる音だけが居間に響く。
◇
玄関で呼び鈴が鳴った。わしは新聞から目をあげた。
「どうやら来たようだ。いっしょに行くか? どうするローナさん」
「むろんだっ」
わしが声をかけると、ローナが瞬時に目を開けわしを見た。その眼力の強さに気圧され、わしはソファーにのけ反ってしまった。
わしはローナといっしょに玄関で配達人から荷物を受け取る。玄関に入って来た配達人は眼力の強いおやじと、さらに目をギラギラした外国人の美女に気圧されして顔が強張っている。認印をもらうと配達人は挨拶も適当に、逃げるように帰っていった。そして、わしの手の内には大きな包みが残った。
「ローナさん、これだ」
わしは受け取った包みを持ち居間に戻ると、包装を取り除き中身を取り出しひとケースを冷蔵庫にしまい、もうひとケースをローナへ渡す。
配達人に浴びせていたギラつく視線を、今度は自分の手元に浴びせるローナが怖い。そのローナがわしを睨み付けた。
「親父さん、取引するのは良い、だが」
「わかっとる。これはわしとふたりだけの秘密にしろと言うのだろ。むろん望むところだ」
「そうだ、これを受け取ったことがばれるのは良いが、その対価がばれるのは困る」
「ローナさん、それでは困る。わしとしては話の内容はばれてもかまわんが、それを渡したことがばれた日には、なんと母さんに言われるか……母さんには内緒にしてもらわんと」
「……」
「……」
「今日のことは全てが秘密で、今日は何事もなくふたりで留守番をしていたが良いと言うことだな」
「そう言うことじゃ」
わしが合意にうなずくとローナもうなずき返した。ローナは手に持ったケースをテーブルに置きふたを開ける。ローナがうっとりとした目に変わり、ケースの中身にため息をついた。ケースの中にはずらりとプリンが並んでいた。
「まずはひとつ試さねば、話はそれからだ」
「うむ」
ケースの中からプリンをひとつ取り出し、目の前でぐるりと回してはうなずき、テーブルに置いてふたを取る。そして、いつの間にか手にしていたスプーンで一口分をすくった。
うっとりと見てから最初の一口を頬張った。次の瞬間、ローナは目を見開く。
「旨い、旨いぞ、親父さん。これは旨いプリンだ」
「そ、そうか。それならば良かった。特選手作りプリン詰め合わせを家族用とは別にローナさん用に購入したかいがあったというものだ」
ローナにはわしの言葉など聞こえていないようで、一心不乱にプリンを食べる。ひとつのカップを食べ終わると、濡れた瞳でわしを見る。
「親父さん……」
ローナのような美女が濡れた目で見てくるのだ、この状況を知っていなければ、手にプリンを持っていなければ、わしは勘違いしてしまいそうだ。
「ローナさん、そろそろ良いかな」
「ああ、親父さん、約束だ。何でも聞いてくれ。プリンを食べながらだが答えよう」
ローナはわしにそう言いながら、次のプリンへと手を伸ばした。
「それではローナさん、魔法の話じゃ。魔法はあるのだろうか」
「この間、なびに邪魔された話だな」
「うむ、話せる範囲でかまわんから聞かせてくれ。この世界の始まりと終わりを知りたいのじゃ」
「親父さんの質問はイエスでありノーだ」
「それは、太古の昔にはあったが、今はないと言うことか」
「親父さんの話では、魔法にドラゴンたちが関与したんではと言うことだったな。ドラゴンたちがピラミッドを増幅装置として魔法のもとを作ったんだと」
「そう考えとる」
ローナはすぐにわしの聞きたい言葉は出してくれなかった。何を考えているのか、彼女の顔からは読めない。
「親父さん、それは少し違う。ピラミッドは増幅装置ではなくて墓なのさ」
「墓? 宗教施設と言うことか。それでは今研究されている結果通り……」
わしは肩を落としてソファーに沈んだ。わしだけの空回りであったのだ。
「そう残念がる必要はない。親父さんがお袋さんに説明したことは、全く違うと言う訳でもないのだから」
わしはローナに目を向けた。
「ドル紙幣に描かれているピラミッドは未完成と言われているが、あれで完成形なのさ。ピラミッドの上部は平でそこに目があるだろう。デザイン通り、ドラゴンたちはピラミッドの上部の平な場所で人類たちと話をしたのさ。それ以下でも、それ以上でもない。ピラミッドはドラゴンと人の会合場所のひとつなんだよ。それを宗教施設とか通信施設と呼ぶかは重要じゃない。だから魔法の増幅装置でもないんだよ」
「では、ローナさんはなぜピラミッドを墓と」
「ああ、それはドラゴンたちがいなくなる時に上部を作って墓としたのさ、人とはもう会わない印として。そして、人も神聖な場所として装飾は控えたのさ。人智の及ばない場所として。そんな場所は世界中にたくさんあるんだよ、形は違うが」
わしはローナの話を聞くうちにいつの間にか再び、身を乗り出していた。
「では、神々の従者であるドラゴンたちは太古の昔に存在したのだな」
「親父さん、魔法があったとして魔法はどのような過程で発動するかを考えたことはあるかい」
ローナはわしの問いには肯定もせず、否定もせずに話を進める。ローナははっきりと言えないなのだろう。だが、それは肯定と受け取れる進め方だ。
「むろんだ。ガソリンを爆発させ、その力で物を動かす動力のようなものだと。魔法のもとを消費して力を発動するのではないかとな。単純過ぎるかの」
「いや、ほぼ合っているよ。魔法を発動して大きな力を使うためには、陽と陰の魔素を合わせる必要があるのさ。陽と陰の魔素を合わせると中性の魔素ができ、その時力が発動する。親父さんの考えと違うとしたら、中性の魔素を陽と陰の魔素に再生できる所だよ」
「なるほど、わかったぞ。水素と酸素で合わさる時にエネルギーが放出され水ができる。しかし、水を電気分解することで水素と酸素に戻せるのと同じだと。そして、それがドラゴンたちの役割だったと」
「中性魔素を分解する者がいないから、今の世界では陽と陰の魔素が不足して魔法が使えないのさ。まあ、仮に残っていたとしても……これだけの科学文明があるのだから、もう人類には魔法は不要だろ」
「うむ、どうだろうか。人類の科学文明は限界に来ているよう思えるがな」
「限界を迎えるのが早いか、科学技術が限界を突破するのが早いかか、大変だな人類も」
「わしはもう歳だが、ローナさんはこれからじゃろ。そんな他人ごとではダメじゃないか」
「……そうかもな」
「……」
わしもローナも言葉を失い黙った。しばらくの沈黙のあと、わしは話を戻すことにした。
「ピラミッドやドラゴン、魔法についてはわかった。だが、ドラゴンたちは、なぜいなくなったのだろう。人類を従えて文明を作っても良かったのではないだろうか」
「はははは、人類たちを従えるか。それは面白い」
「ローナさん、君たちの見解を教えてほしい。なぜ、今の話を面白いと思うのじゃろか」
「強い者が弱い者を従える。簡単に言うと人類の歴史とはそう言うものだ」
そう言ったローナに言葉を返そうとすると、ローナは手をひらをわしに向け反論を押さえた。
「まあまあ、親父さんが言いたいことはわかる。弱い者が集まり強い者に勝ったこともあると言いたいのだろ」
わしは、うなずいた。
「私たちから言わせれば、弱い者が強くなり、強い者が弱くなって立場が入れ替わっただけだ。強い者、弱い者の区分けがなくなったわけではないよ」
「それはそうだが……」
「親父さん、……人類はいつまで、そんなことを続けるつもりだろうね」
「……」
「親父さんはドラゴンたちはどうしたと考えているんだい」
ローナはまるで試しているように、わしに問うた。
「神話や宗教書物の世界では神は人を試している。一切の介入をせずにじっと最後の審判の日がくるまで。であれば神の従者たるドラゴンたちも待っているのでないかと。最後の審判の日まで、ただ、静かに人類を見守って、一切の介入をせずに」
ローナは鼻を鳴らし笑みを浮かべた。その笑みは、人類に蹄鉄を下す悪魔の笑いにも、人類を救済する天使の微笑みにも想像できるものだった。
「そうだな、ドラゴンたちは人類を従える気はさらさらないさ。そんなことをしても面白くはないだろう。だから、人類に知恵を与え好きにやらせることにしたんだよ。親父さんがお袋さんに説明したドル紙幣にそう書いてあっただろう」
「神は我らの計画に同意したとラテン語で書いてあることか」
「ああ、そうだよ、親父さん。だが、残念だ、今回はここまでで終わりのようだ」
ローナは最後のプリンを食べ終わると、物足りなそうに舌で唇をなめた。
「サービスに少しだけ付け足そう。ラテン語では神は我らの計画に同意したって訳されているが、それは要約だ。何事も実務的なローマ人らしいよ。もっと古い時代の言葉では、こう記されていたよ」
わしはローナの言葉を待った。
「人の種族たちよ、世界はお前たちのものだ、お前たちの世界を作るがよい、とね」
完
王国編の企画整理のため完了するのは後日にします。
次回作品「サイコロ異世界」 4月27日(木)投稿予定です。
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(感謝と宣伝)
「世界はかれらの手によって作られました。」は今回を持ちまして最終話となります。
ご愛読ありがとうございました。ここまで投稿できたのは皆様が読んでくれたからです。
この作品とは投稿前の企画を含めると9ヶ月間の付き合いとなります。
当初考えていた話とはかなり違った方向に行ってしまいましたが、書くことの楽しさや苦しみを知ることのできた作品となりました。一旦この作品は完成としますが、話の先を整理して続編という形でいつか「王国編」を書きたいと思っています。それまでの間は次作を楽しんでいただければ幸いです。
次回作品「サイコロ異世界」 4月27日(木)投稿予定です。