014 頭の上にあるものといえば
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奇妙な一団がパオースの町に向かっていた。
なにが奇妙かというと始めに移動方法だ。この地方の一般的な旅人は徒歩である。旅商人はロバに荷を乗せ綱を引くか、または荷車をロバに引かせるが商人本人は徒歩だ。
上級騎士は馬に乗り移動することもあるが騎士階級も基本的には徒歩だ。貴族は馬に乗り移動することもあるが必ず世話係の従者が徒歩で付き従う。貴族の家族が大都市間の移動する場合に馬車を利用することがあるぐらいである。
なぜ、荷車や馬車が一般的でないかというと道の完成度が低いからだ。道は舗装はされず同じ道でも道幅もまちまち、馬車が複数台走れる場所もあれば人ひとりの幅しかない場所もある。
この地方は中央集権国家に属する機会がなかったり、あるいは国家に所属しても辺境であったりと地方ゆえ規格の統一化が遅れているからだ。
話を戻そう、奇妙な者たちは大きなトカゲに乗っていた。近づいて観察すると理解できるが土で出来ているようだ。いわゆるゴーレムと呼ばれるものにあたる。
さらにこの者たちの中には奇抜な服装を身に着けている者がいる。唯一の男が一番奇抜である。この地方では見かけることのできない厚手の生地で出来た腰までの貫頭衣とズボンを身に着け貴族が履く靴よりも柔らかそうな革と思わしき靴を履いている。
男より若い女性はうすい布地の膝まである貫頭衣に細い革を編み込んだサンダルだ。サンダルは東の沿海州地方では一般的であるがこの地方では珍しい。
さらに若い女性と幼い女性はこの地方の女性の農民が身に着ける服装と酷似している。
この地方の農民の服装は老若男女による上着の丈の長さの違いがあれど概ね似ている。頭には布を巻き帽子と称し貫頭衣とズボンを身に着け木片を底に革で繋げた靴を履いている。
貫頭衣とズボンは可動部や布端の強度をあげるため継ぎ接ぎを当てている。布地はくすんだ色であるが青紫、山吹、灰、深緑、茶、赤紫など多彩な色がある。植物由来の染色である。
貴族や騎士は艶やかな色を好んで身に着けている。
奇妙な点の最後であるが一団皆若く女性が多い点があげられる。旅にはいろいろな危険がともなう。盗賊や魔獣との遭遇、急な天候の変化、突発的な病気、事故など命に係わることが多数存在する。
どの危険も屈強な戦士のほうが危険に対応しやすい、比較論として男のほうが力が強いのでどうしても旅の一団には男性が多くなる。
ただし例外がある。多数の術者が一団を構成するときは女性が多数を占めるケースがある。魔法は女性の方が適応率が高く女性術者が多いためだ。なぜ女性術者が多いのか? 魔法は夢を色付きで見るというようなイメージ力が必要で、それは女性に多いからだと言われている。
若い一団は術者の一団には見えなかった。
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特に変わったこともなく町の近くまで来た。町に近づくとともに木々が増え気温も湿度も若干高くなっている気がする。日陰はまだ涼しいが日が当たるとじわりじわり汗が出てくる。
ナビがいた神殿のところでは、日中は影がほとんど真下に出来ていたにもかかわらず気温は高くなかった、日射しは強かったが。やはり神殿のところは標高が高く町に向かって徐々に低くくなっていると考えられる。
パオースの町は湿地帯の中にあり直径約300mの楕円形をしており高さ3mほどの石の壁に囲まれている。町から東西に舗装されていない道が続いている。
町には道に合わせて東西に門がある、村の門と異なり馬車も通れる大きさで、門の上部には防衛のための櫓が組まれている。
湿地帯は見渡す限り遠くまで続いているが草が一面を覆い木々も所々に生えている箇所もあることから水深はそれほど深くない。その湿地帯には町からさほど離れていない位置にこんもりとした小山があり鬱蒼とした木々で森となっている。
南にある村からの道は湿地帯のおかげで西に曲がり、湿地帯を大きく迂回し町の西を行く街道につながっている。
さて、トニーで町まで乗り付けるべきか否か悩み処だ。みんなの意見を聞いてみるか。
俺はトニーの座席から振り返ってみんなを順に見回し声をかけた。
「みんな、町までトニーで乗りつけるかどうか迷っているんだが、みんなはどう思う?」
「はい、はーい、トニーで町まで行くのがいいと思いまーす、注目あびて有名になれまーす、そしたら……そしたら……あれ?」
有名になってどうすんだよ、ナビよ!なんも考えてねえな。
バレンナはうんうん考えているので先にラズリに聞いてみるか。
「ラズリはどう思う?」
「あるく」
「んーと、トニーで行くと騒ぎになるから、トニーはどこかに隠して歩いて町に入ろうってこと?」
「そ」
最近やっとラズリと会話が出来るようになってうれしいよ、お兄ちゃんは。
「よしっ、歩いて町に入ろう」
「えー、トニーで町までいこうよ、疲れるよぉ」
ナビは疲れないでしょ、楽すると太るぞ歩け!
とりあえず町の近くまで隠し場所探しながら移動しよう。トニー出発だ。
トニーが西の街道との合流地点目指して進み始めた。
ツンツンと後ろから肩を軽く突かれて振り向くとラズリが残念そうな顔をしている。
呼んだ理由を聞こうとしたらラズリは視線をバレンナに向ける。バレンナは今だブツブツと何やら考えているようだ。このまま放置するのが可愛そうに感じたラズリが俺に助けを求めたのだ。
「バレンナ、おいバレンナ、聞こえるかぁ」
と叫ぶとバレンナは俺と視線が合ってきょとんとした顔をしている。
「なに? サブロー兄さん」
「もう決まったよ、トニーは町に入れず手前で隠すよ」
「えっ! そうなの、頑張っていろいろ考えたのに無駄になっちゃったの」
「いや、考えるのは大切なことだよ、そのうち決められるようになるさ、体も頭も練習は必要だからね」
「よくわからないけど、わかった」
あれからバレンナは俺をサブロー兄さんと呼ぶようになった。気持ちの整理が出来たのかどうかわからないが前に進んでもらいたいと願う。
「サブロー、ストップ、ストップ、あそこ魔石ほれほれよろしく」
えー、ナビ、なんてタイミングで。なんかいい話になってきたのに台無しだ。
でも魔石はちゃんと掘って来るけど。まかしときー。
◇
西の街道との合流地点前にちょうどよい茂みがあったのでトニーを隠すことにした。
ここからは徒歩で移動することになる。トニーから卵と壺を取り出した。卵は茂みの近くにある湿地の水溜りに入れ、目隠しのため葉の生い茂る木の枝を数本、卵の上に置いた。
壺はというと中の食糧はトニーの腹に戻し、水は捨て代わりに塩を入れ俺とナビが持つことにした。
塩を入れた壺はかなり重いがナビは軽々と抱えている。ずるい体だぜ、ナビ!
バレンナとラズリは村から持って来た布に包んだ荷物を置いていくか持っていくか悩んでいたが2人とも持って行くことにしたようだ。
ペチコートかな……おっとナビに睨まれた、なぜわかった。
小一時間歩くと町の門が見えてきた。町の門は村にあった門とは大きく違い、石組の門構えに厚い木板に金属補強された観音開きの扉だ。
馬車さえ通れる大きさの門扉は内側に開いていており扉の横には屈強な男が2人、短槍を持って門扉を越えようとする旅人や商人を一組づつ何やら詰問している。
ひとりの男の頭には帽子が巻かれているが、もうひとりの男の頭には帽子がない、代わりに普通にはないものがあった。
俺はナビの耳に近づき興奮した声で発見を報告した。
「ナビ! 耳がある。ナビ! 耳があるぞ」
「あたりまえでしょ、耳元で大声立てなくても聞こえるよ」
嫌がるナビの耳もと近づき大声で言う。
「だから耳があるって、頭の上に耳があるって」
「なんど同じこと言わせるの、耳があるのは当たり前でしょ、耳有人なんだから」
「……」
獣人キター!
天を見上げ、心の右拳で天を突いた。嫌がるナビは逃げていった。
パオースの町に到着しました。頭の上に耳がありました。獣人キター!
塩の壺を抱えていたので拳は突き上げられませんでした。
次回、町に入れろ!
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説明回ですが、ここを乗り切れば、陰謀編、ラズリ編が待ってます。