138 門を開け放て
◇
俺は砦の北門の櫓にいた。砦はもともと南の部族の土地を攻略するために築かれた拠点だ。砦の門は南北に二ヶ所。南門は南へ出兵するための門、北門は砦を放棄するときの退却用の門だった。
その砦を守るはサーナバラ軍の1中隊と予備隊の面々。そして、攻めるは王国の貴族とその従者たちの一軍だ。数は互角。
兵の数が同じであれは、守りが有利なのは必然。俺たちは耐えていれば良いのだ。敵方が食糧切れで退却するのを。だが、砦の門までやって来た王国貴族たちは勝手が違っていた。砦を攻めず距離を開けて天幕を張り出した。そして、降伏を勧告する使者さえ来ない。
「サブロー様、敵は攻めて来ませんね」
といっしょに櫓に登ってきたツマナが俺に言う。ルロハもツマナの護衛だと言って付いてきていた。
「そうなんだよ。なんか戦う意思がないみたいだ。何かを待っているのかもな」
「何でしょうね」
うーん、俺もわからん。
俺とツマナとふたりで首を傾げた。ルロハは最初からあまり考えおらず、ナビはすでにいない。
ナビは王国貴族たちが天幕を張り出したのを見たら戦いはないねと言って、今日の夕飯は何かなあと鼻歌を唄いながら櫓からいなくなった。
俺もナビの言うことが合っているような気がするが、この砦一番の上位者なので、とりあえず櫓にいる事にした。そして、ツマナとルロハも砦から出ず俺といっしょにいる次第。
ツマナとルロハは南門からの脱出も考えられたが、伏兵も怖いし、俺が戦う姿もみたいと言う。
俺は伏兵はいないことは確認済、そして敵軍の俺たちに対する敵意がないことはレーダーで確認している。
一体何しに集まっているのか。
そして、何もないまま日が暮れた。
◇
夜襲があるかもと半数の兵士たちは寝ずに待機していたが、それも取り越し苦労に終わって夜が明けた。
日が徐々に高くなっても、敵軍には動きがない。使者も来ない。
こちらから攻撃してはとの意見もあったが、敵軍との数の差もなく砦内に捕虜たちもいる事から、無理して戦う必要もないと却下。俺たちは敵軍が退却する待ちの一手をとった。ところが、昼を過ぎた頃から王国貴族たちの軍勢は増えていった。しかし、当初の倍の数になったにもかかわらず何も動きがない。
日が傾き始めた時、動きがあった。別の軍勢が南北の門の前に次々と現れたのだ。
南門に現れたのは、ツマナやルロハと同じような服装の上に防具を身に付けた兵士たち、こちらも砦のサーナバラ軍の倍の人数で、みな短槍を持ち武装している。
ツマナ曰く、昨日、ツマナとルロハが部隊に戻らなかったので確認しに現れたのだろうとの事。
北門に現れたのは、盗賊を追い回していた中隊と砦に食糧を運んできた中隊で、共にサーナバラ軍だ。王国貴族の軍勢と距離をおいて対峙している。砦に戻ってきたサーナバラ軍にも戦う意思が感じられない。
北門の外に動きがないので、俺はツマナたちを連れて南門へ移動する。南門にやって来ると、南の部族から使者が来ていた。その使者は門前で用件を叫んだ。
「我ら一族の者が訪ねて来たはずだ。一族の者を返してもらおう。貴様たちに誇りがあるのならば、返せるはずだ」
俺は返さないと言ったらどうなるのだろうとふざけた考えがよぎったが、そんなバカなことはしない。俺は、リスクを回避する男だ。
「ツマナ、ルロハ、迎えが来たようだ。気をつけて帰れよ」
俺は、門番に南門を開けるように指示し、ふたりを砦の外に送り出した。ツマナとルロハは盟約に従って我らも戦うと言ったが、それには及ばないと背中を押して門から出した。
ふう、やっとひとつ片付いた。
と思った矢先、ツマナとルロハが数人の男たちを引き連れて戻ってきた。仕方なく門から入れるとツマナがすまなそうに俺に言った。
「この者たちは私の後見人です。婿になるあなたに会わせろと言って聞かないので連れてきたのですけど。すみません」
ツマナが俺に言うないなや、男たちが進み出て俺をなじる。
「貴様か、ツマナをたぶらかしたのは。武勇には自信があるのだろうな。弱い男にツマナはやれん」
「いや、叔父上、共闘と婚姻は別の話になったと話したでしょう」
いきなり食ってかかる男をツマナが止めると、別の男が前に出てくる。
「貴様、ツマナ様の何が気に入らないと言うのだ」
「それはもう私が言ったぞ、親父」
ルロハが男を遮る。するとまた別の男が出て来て俺に言う。
「この砦の北門に王国軍が集結している言うではないか。貴様の戦い、しかと見せてもらう。次第によってはツマナ様はやれん」
次々と男たちが俺に言う。
俺が何も言い返せないままでいるとダメ押しに言われた。
「ツマナ、こんな男で良いのか。覇気が感じられん。こんな男を婿にしては我が一族の沽券にも関わるぞ」
「だから、違うのよ、叔父上」
なんで俺の周りには、話を聞かない連中が多いのか。げんなりしている俺に北門からの伝令が告げる。
「サブロー様、北門のサーナバラ軍と王国貴族軍が合流しました。各中隊長たちと数名の王国貴族たちが門前に来ています。ご指示を」
「はあ、何で合流? わかった、俺が行くよ」
俺はツマナたちに緊急事態だからと告げて北門へと走った。するとなぜか、ツマナたちも走ってついてくる。
もう、好きにしてくれ。
北門に着きすぐに、門前に来ている人たちを中に入れるように指示を出した。入ってきたのはサーナバラ古参の中隊長たちとパークと王国貴族数名だった。
俺を見つけたパークが駆け寄り、地に片膝をついて頭を垂れる。中隊長たちもパークを真似て膝をつけ頭を垂れた。そして、パークが報告しだした。その様子は、まるで君主に仕える家臣のようだった。
「サブロー様、遅くなり大変申し訳ありません。ご指示に従って味方を集めて参りました」
パークは、これまでにない固い言葉で言って顔を上げる。その目は芝居してくださいと言っているようだった。
「うむ、ご苦労様。報告は」
と俺がパークに声をかけたところに、パークについてきた年を取った王国貴族が割って入ってきた。
「パーク、まだ、わしらはこ奴等に合力するとは言っとらん。わしらを率いるに足る人物かを見せてもらう。そう言うたはずじゃ」
パークは俺に向かって、申し訳ありませんと謝る。王国貴族が俺を見る。その目は俺の芯を見ようとしていた。
南の部族が来た。王国の南地方の貴族が来た。俺の覚悟を見に来た。俺が自分たちの誇りや一族の命を預けられる人物なのかを見に来たのだ。
そうだ、俺はツマナたちに語ったように、この人たちにも伝えなくちゃいけないんだ。俺の想いを。俺がどうしたいかを。
「北門と南門を開け放て、この地に集まった者たちに俺の話を聞いてもらいたい」
砦の門が開かれた。
南の部族や王国の貴族が来ました。サブローは覚悟を示す時が来たようです。
次回、俺の王国