137 6番目だからね
◇
「これは綿と言います。みなさんも良く知ってる物の原料ですよ」
ツマナとルロハは、白い物をつまみ上げ眺めているが分からないようだ。
「これは、なんでしょうか」
ツマナが興味でキラキラと輝かした目を俺に向ける。
「これは、服になるんです。皆さんが着ているものですよ」
「本当か」
ルロハがびっくりして身を乗り出して俺に迫る。俺は怖くて身を引いた。ルロハが身を乗り出す気持ちも分かる。布や服はとても高価なのだ。もし、布や服を産み出すことができれば裕福になれるのだ。それも国家レベルで。それだけインパクトのある話だった。
ツマナがルロハの着ている服を引き、なんとか座らせた。立ったり座ったりと忙しいお姉さんだ。その度に胸元が大きく広がり奥が良く見える。俺は、見逃さない男だ。
「もちろん本当です。綿を栽培して収穫します。そして、糸を紡ぎ、布を織り、最後は服に縫製するんです。さらには、製作の過程で糸を染色するか、布を染色するかでいろいろな艶やかな服を作ることができます」
ツマナの目が話の先を早く話してと催促している。
「そして、どんな服を作るかですが、サーナバラには優秀なデザイナーがいます。ここに」
俺が手をナビの方に伸ばす。するとナビがえへへと頭を掻きながら手を上げた。俺は話を続ける。
「俺が王国の南地方を納めたら、こんな事をしたいんですよ。南の部族は俺の条件を呑んで俺の計画に参加しませんか。町を作り服を作る事に」
「ひとつだけ、教えて、あなたは国を興すつもりなの」
えっ、国、いや、そんなつもりはなかったよ。この綿もここに来る間に自生していた綿花を見つけたから持ってきただけだし、上手くいったらいいなぐらいだ。そんな大それた事をしようとは思っていなかった。
俺はナビを見た。ナビはうなづいた。そのうなづきが何なのか。覚悟しろって事か。
「物を作ったり、物を集めて売ったり。物が動くと言うことは豊かになることと同じだと思っています。今の俺には、町を作って物流を制度化することが出来ます。そして、課税することも俺は命じられます。それを国と呼ぶのならば国なのでしょう。俺はみんなが笑って住めるところを作りたいだけですけどね。答えになっていませんね」
「いえ、あなたの思いはわかったわ。3つの条件を教えて」
ツマナが優しい声で俺に言った。
「もう、条件は言っていますけどね。町造りへの参加と、綿栽培から縫製までの参加と、塩の売買の3つです。ああ、できれば塩については独占でお願いしたいです」
「なっ、お前たちはそれで良いのか。塩以外はお前たちだけのほうが独占できるだろ」
いきなりルロハが俺を怒る。
「確かにサーナバラの者だけでも出来るかもしれません。でもそれじゃあ、あなた方と共闘する意味が無いじゃないですか。どうせいっしょに戦うならあなた方もいっしょに笑い合えるようにしたいじゃあないですか」
「馬鹿か、お前は。我らがお前たちを裏切ったらどうするんだ」
「あなた方は裏切るんですか」
「バカ野郎、我らは約束を違えた事なぞない」
「だったら、問題なしですね」
俺はルロハに笑って言葉を返す。
「あなたの話はまるで、あなたが興す国に我らも参加しないかと聞こえるのだけれど」
ツマナが俺を見つめる。俺は目が外せない。
「俺も良くわかりません。そうなのか、そうでないのか。すみません、町造りに誘っておきながら」
「もし、我らが町造りに参加したとして、敵が攻めて来たらあなた方は我らを助けてくれないの」
「いえ、もちろん。敵に全力で立ち向かいますよ。戦いのない事が一番ですが相手も有ることですから」
「我らが、あなたの国に参加したいと言ったら」
「ツマナ様っ」
ルロハがツマナを止めようと声を出すが、ツマナはルロハの顔の前に手を上げて、その声を遮る。
「もちろん、歓迎しますよ」
「……すると、あなたの話では我らが多数派になるのだけど、それでも良いの」
「何か不都合があるんですか」
「いえ、何もないわ。……分かりました。我らはあなたの国に参加しましょう。でも、このままではダメね。こういう事はきちんと殿方から言ってもらわないとダメなの。俺のものになれってね」
ルロハはツマナに何か言いたげにしているが黙ったままだ。
「分かりました。はっきりと伝えましょう。南の部族にお願いします。俺の国、サーナバラに参加してください」
俺は右手のひらを上にしてツマナに伸ばした。
「はい、あなたの申し出を受けましょう。あなたとひとつになることを誓います」
そう言ってツマナは俺の手のひらの上に自分の手を乗せた。
俺とツマナの手が離れると、ルロハが泣きそうな声でツマナに言う。
「ツマナ様、私も付いていきますからね」
「ええ、もちろん、あなたは私のソロールなのよ。あなたについて来てもらわないと困るわ」
「いえ、ツマナ様、わたしは護衛として」
「気にする必要はないのよ、いざというときはあなたに頼みたいもの」
「ツマナ様……」
「ああ、サーナバラがどんな所なのか楽しみだわ」
ん?
今まで、黙っていたナビが嬉しいそうにツマナに言った。
「ツマナちゃん、ようこそ、サブローのハーレムへ。ちなみにツマナちゃんは、6番目だからね」
「「えっ?」」
ツマナとルロハがナビの言葉に驚く。俺も驚いた。
びっくりだ、ナビ、お前は急に何を言い出すんだ。
ツマナの隣にいたルロハは顔を伏せ、地の底から重く響くような声を出した。
「貴様、大層な夢を語っておきながら、結局はツマナ様の体が狙いだったのか。部屋に入ったときから感じていた視線はそういう意味だったんだな」
ルロハは両手剣を握るとうつむいたまま立ち上がった。ルロハが立ち上がるとうつむいていたため、ちょうど俺を睨む形となった。ルロハは鬼の形相で目が怖い。
怖い、怖い、何、何が起きた。
「サブロー様はそんな目で私を見ていたの。あなたの描く国の話も私を釣るための餌なの」
ツマナは信じた者に裏切られたような顔をして、嘘だと言ってくれと俺に哀願する。
皆さん、すみません。何が起きたんでしょう。
「サブロー、女の人を泣かすなんて最低だよ。外道だよ」
ナビが俺に言う。
ナビ、お前は何を言っているんだ。
「あのう、皆さん。ひとつ質問があります。聞いても良いでしょうか」
涙目で俺を信じたいのにとつぶやくツマナ、いつでも剣を降り下ろせる力を溜めるルロハ、俺を非難するわりに目が大笑いしているナビ。何も見てません何も聞こえませんと知らぬふりをする護衛の兵士たち。
「あの、何が起こっているんでしょうか」
俺がそう言ったとたんナビが爆笑した。ナビの爆笑でツマナとルロハが不信や怒りが飛んだのか唖然としている。
「サブロー、最高だよ。さすが私のお兄ちゃんだよ。たぶん、この辺じゃ、国や貴族などがひとつにまとまるときは、お互いの有力者の婚姻が不可欠なんだよ。そうでしょ、ツマナちゃん」
ツマナは唖然としたまま首を縦に振った。それを確認してナビは話続ける。
「だから、サブローの計画への申し込みは、結婚の申し込みでもあるんだよ」
「なにぃぃ、そうなの」
俺の問いに、首を縦に振るツマナ。
「えぇぇ」
「ごめんね、ツマナちゃん。うちのお馬鹿お兄ちゃんはこの辺の風習が全然分かっていないんだよ。田舎もんだから、だから、赦してあげて」
「はあ」
ツマナはまだ、良くわかってない顔でうなづいた。
◇
なんとか、俺の無知を謝り婚姻の件は棚上げとした上で、サーナバラと南の部族は共闘するとことなった。
棚上げの話もすったもんだがあった。ルロハはツマナ様のどこが気に入らないんだと怒り、ツマナは夢に描いていた好きな旦那様との新婚生活がハーレムの他の女に邪魔されて実現できないのではと嘆く。そして、ナビは大笑い。
俺は身を小さくして3人の言葉をひたすら聞いていた。
そんな時、兵士が部屋へ飛び込んできた。
「サブロー様、大変です。王国貴族と思われる軍勢が砦の外に現れました」
なにぃ。もう、俺の精神力は0なんだけど。
サブローは結婚を申し込んだみたいです。風習の理解不足です。
次回、門を開け放て