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134 使い道はありそうだ


「親父、このままで良いのかよ。なんとかしてくれよ」

「そうよ、お父様。私もここの暮らしは嫌だわ。早くベイザムへ帰りたいわ」


 ここは、主要街道からかなり離れたベイザー家が所有する狩のための館。その館の一室で青年とは呼べそうにない太った男と年頃の同じようにぽっちゃりと太った娘が、自分達の父親に詰め寄っていた。


 それを見ていた、妙齢の女性が兄妹ふたりをたしなめる。

「あらあら、お二人ともみっともない。お止めなさい。お父様はベイザムへと帰るために手は尽くしているのよ。ねぇ、あなた」


 その女性は一室に置かれた椅子に腰掛け、テーブルの上のアフタヌーンティーを楽しんでいる。父親に詰め寄っている兄妹といっしょに、今の暮らしの不満を菓子にしてお茶を飲んでいたのだ。


 そして、兄妹たちの父親は答えた。


「無論だ。お前たちは少し落ち着きなさい」


 そう言うと、テーブルの上座の椅子に座る。その後ろには主といっしょに部屋に入ってきた家令が立った。


 自分の親たちからなだめられた兄妹は、もう少し不満を言いたそうにしていたが、仕方なく自分たちの席に戻る。メイドたちが、テーブルのお茶を新しい物に差し替える。もちろん新たに登場した領主の分もだ。


「それで、いかがでした」

 兄妹たちの母親である妙齢の女性が、自分の夫であるベイザム太守に聞く。ベイザム太守は即座には応えず、お茶の香りを楽しみ一口飲んだ。そして、旨いと一言。メイドが自分の主に向かって浅く礼をした。


「まったく、西の連中は何もわかっていない。今こそ、東の野蛮人どもをこの地から叩き出すチャンスだと言うのに。野蛮人どもは強いとぬかす。確かに前線にいる野蛮人たちは侵入時の半数になり、精鋭となったかもしれない。逆に言うと半数にしないと維持ができない証だ。西の連中は知恵のない者たち集まりだ」


「それでは、我が家とは組めないと?」

「いや、それは抜かりない。西の連中とは言え同じ南地方の貴族だ。これまでのいさかいは置いて、共に東の野蛮人相手に戦う事なった。あやつらは勝手に勝ったあとの領地の分け前の話で盛り上がっていたがな」


「あなた、それでは我が領地が削られるのでは」

「問題ない。野蛮人たちとの戦いでヘマをした貴族どもの土地を分け与えるさ。勝ち名乗りを上げ我が一門の領地も拡げる」

「まあ」


 テーブルに出されている菓子を食べながら息子が父親に聞く。


「親父、そんなに野蛮人たちは強いのか」

「強い訳ではない。野蛮なのだ。南の蛮族どもと同じで戦いの礼儀も知らん、無知な者共め」


「嫌ですわよ、お父様。そんな野蛮人たちがベイザムの町を好き勝手にしているなんて。早く追い払ってくださいませ」


 と言いながら、次々と菓子を口に放り込む娘。

「それにしてもこの菓子は美味しいわね。どちらの物なの」


 娘は家令に聞いた。その間も手は菓子を放さない。

「はい、お嬢様。この菓子は、東の野蛮人たちがこの地に侵入する前に当家に挨拶に来た商人が持参した物でございます。商人の話では東地方で流行り出した東の菓子とか。おそらくは沿海州産の焼菓子ではなかろうかと」


「そうなの、さすが(いにしえ)の帝国の地だわ。一度で良いから行ってみたいわね。そうだ、他にも美味しい菓子があるかもしれないわ、手配して」

「承知いたしました。お嬢様」


 娘は家令の言葉に安心したのか、さらに口に運ぶ手が早くなった。それを見た兄も負けじと手を早める。


「貴方たち、いい加減にしなさい。もう、菓子は下げなさい」

 兄妹ふたりがパクパクと貴族らしからぬ行動に怒った母親が、メイドに菓子を下げらせた。未練がましく兄妹の視線は、メイドが持つ菓子を追う。


 そんなふたりにため息をついた母親が夫に聞いた。


「それで、兵たちは集まりそうですか。あなた」

「西の連中と合わせて500の兵を集める。そして、我が一門からは150を出す事にした」

「出せますの」

「無理であろうな。だが、やりようによっては可能だ」

「どうするんだ、親父」


「騎士たちが70、そして盗賊崩れの傭兵たちを50集める。なに、やつらは金をちらつかせれば集まる」

「それでも120。足りないのではなくて」


「西の連中とて一枚岩というわけではない。大口をたたくだけで、約束の数は集められんよ。精々集めて我が軍を合わせて400だ。一番兵を多く出すわしが主導権を取る」

「親父、傭兵のやつらに金を払うのか?」


 息子の問いに、悪い顔になった父親が答える。

「もちろん払う。だが、生き残った者たちだけだ」


 その答えを聞いた息子はにやりと顔を歪め父親に返す。

「わかっているぜ、親父。傭兵たちを東の野蛮人どもにぶつけるんだろ」


「お前にも出てもらうぞ。西の連中がうるさいからな。なに、馬に乗って戦いを見ていれば良い。野蛮人どもは100。我が軍は400。4倍の軍勢だ。今度こそ間違いなく勝てる」


「まあ、見ているぐらいなら。おっ、そうだった。野蛮人どもの首領は、若い娘だって聞いたが本当なのか、親父」

「お前が聞いたのは出入りの商人の話であろう」


「なんだ。ただの噂か。気が乗らねえな」

 息子は、重量のある体をのけ反らせて椅子に預けた。椅子が悲鳴をあげる。


「いや、商人の話の通りだ」

「ほ、本当なのか、親父」


 今度は椅子から飛び出し、息子は父親の方に身を伸ばす。

「ああ、本当だ。制圧した町での食糧を取引した商人の話、野蛮人と取引しようとして失敗した貴族の従者の話、そして、戦いの中で馬に乗って指示を出していたとの兵士たちの話。全て若い娘が首領だったとの話だ」


「親父、親父、俺も戦いに出る。だから、その娘を俺にくれ」

 息子は戦いに勝った前提で話をする。


「もう、また、お兄様の悪い癖が出ましたわ。いやらしい。お母様お庭に行きましょう」

「何を言っているんだい。妹よ。俺はいやらしくないぞ。蛮族や野蛮人や領民たち劣った連中に、貴族の素晴らしさを教えているのさ。みんな喜んで聞いてくれるぞ」


 妹は席を立ち、母親の手を引く。

「喜んでいるのはお兄様だけよ。お母様、早く行きましょう。ここにいると気分が悪くなるわ。それに、お母様にお願いがあるの」

「仕方ない()ね。では、戦いの話は殿方に任せましょう。お願いとは何かしら」


「あのね、お母様。ガラスで出来た茶器の器と皿があるらしいの。買って欲しいわ。そしたら、お友だちを呼んで見せつけることができますもの」

 母親は椅子から立ち上がると、夫に庭に行きますと告げ、娘の話を聞きながら手を引かれるままに部屋から出ていった。


「で、親父、どうなんだ」

「まあ、良いだろう。ただし、壊すな。使い道はありそうだ」


「ああ、わかった。壊さないように飽きるまで楽しむさ。今まではガウスの野郎に邪魔されたからな、これからが楽しみだぜ。あの野郎がいなくなって、せいせいする。ところで、親父、ガウスの野郎はどうなった」


「知らん、身代金は払ってない。今頃、野蛮人どもに首を落とされたか、鉱山送りだろう」

「ざまあみろだな」



ガウスの叔父一家でした。


次回、南の部族

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