131 王国の南地方へ
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俺たちは、王国の南地方に入った。
俺とナビで夜なべして、南地方の盗賊対策を考えたのだが、これといって良い案も出ず、とにかく人を集めながらバレンナとラズリの所まで行こうという事になった。
俺は嫌がるふたりの男と、サーナバラ予備軍から10人ほど抜いて駆けつける事にしたのだ。
ふたりの男、ガウスとパーク。ガウスはシスターと離れるのが嫌だとごね、パークも若い妻とまた離れるのは嫌だとごねる。そして、ふたりとも、もう王国の南地方には未練はないと言い切る。
俺は、愛する人に良いところ見せないと、昔の領民を助けないと格好悪いぞなどと、ふたりを宥めすかしながらここまで引っ張って来た。さすがに南地方に入るともと貴族のふたりは顔が引き締まり、やる気になってくれた。
ふたりはやる気になったものの、今度は人が集まらない。ヨーマイン近辺の傭兵たちはヨーマイン太守が中央進出のため雇い入れており、南地方の傭兵たちはサーナバラ遠征に付いてきて、そのままサーナバラ軍に就職したか、今盗賊をしているかどちらかだ。とにかく、人が集まらないのだ。
サーナバラ軍が侵攻した道を俺たちも進む。大きな街道に沿ってサーナバラ軍が進んだ事がわかる。食糧の調達が大変だったのだろう。
「ガウスさん、パークさん、ここで別れましょう」
俺たちは街道沿いの小さな町の飯屋にいた。兵士たちもばらばらになり、食事を取っている。
「ガウスさんとパークさんは、南地方の貴族をまとめてもらえますか。そして、治安維持をしてほしいんです」
「サブロー様はどうするんですか」
パークが俺に聞いた。俺は店の若い店員から芋のスープが入った皿と黒く固そうなパンを受け取りながらパークに言葉を返す。
「俺とナビは、ふたりで移動して前線のバレンナとラズリに合流します」
「サブロー様とナビ様のお二人だけでは、危なくはないですか」
若い店員が、みんなの分のスープとパンの皿を置くと厨房に戻った。ナビはパンに歯を立てたが、かじれないと嘆く。それを見たガウスが別のテーブルの客の食べ方をナビに教えた。パンをスープに浸してから食べるのだと。俺もパンをスープに入れる。
「ガウスさんとパークさんが貴族たちをまとめるためにも兵士の数も必要ですよね」
「まあ、数があったほうがまとめるのが早まるかと」
「では、やはりガウスさんとパークさんに兵士たちを預けますよ。それに、これでも俺とナビはふたりとも旅をするのは馴れていますよ。大丈夫です」
パークは心配そうな顔をして、俺の話に頷いてくれた。ナビも隣で、芋のスープを食べながら手をぱたぱたして、大丈夫、大丈夫ともごもご言っている。ガウスが皿の芋をスプーンで突っつきながら俺たちに言った。
「しかし、サーナバラ軍は思いの外、南地方を制圧はしていないのである」
「そうですね。面の制圧と言うより線の制圧ですね」
ガウスとパークが話をしている間に、俺もパンをかじった。
うん、硬い。歯が負けそうだ。スープに浸けた側にかじりつき、パンをもぎ取るとなんとか咀嚼した。じっくりと噛んでも、そんなに美味しくはないが、これはこれでありだ。
「いや、サーナバラ軍の兵士の数はたかが知れてますからね。それに王国の貴族たちもすぐには、サーナバラ軍にはなびかないでしょう」
ここまでの町や村での情報では、王国南地方の一番の都市ベイザムを中心に集結した軍勢が、東地方との境を越えたところで、東の野蛮人たちに大敗した。半数の貴族は捕虜となり、もう半数の貴族は辛くも野蛮人どもから逃げる事ができたという話になっていた。
逃げ帰った貴族も、捕らえられた貴族の一族たちも、自分の領地に引き込もっている。ただ、街道の沿いの貴族たちの館や町はサーナバラ軍によって制圧されていた。
「そうなのであるが、非常に危ういのである」
ガウスとパークは、パンはスープに浸したまま、スープを一口食べると塩気がないと顔をしかめる。
「兵站ですよね。後方支援がないから制圧した町からの調達になっているんでしょう」
「わかりました。ガウス殿と私で早々に、面の制圧にしていきましょう。ただ、基本的には貴族たちを懐柔する事になります。その条件ですが」
俺は芋をほうばった。芋はジャガイモと大根を足して二で割ったような食感だ。俺がパークに話を促すとパークは続ける。
「領地の保証は必要です。ですが全部を保証するかある程度の割合を保証するかは難しい所です。領地の全部を保証したらつけ上がり、削れば恨むといった事になります」
パンはまだ硬いが、食べられなくはない。
でも、貴族たちも面倒だな。何か良い方法はないものか。
すると、ナビがスプーンを振り回しながら言った。
「領地替えをしたらどうなの、のぶちゃんも、ひでちゃんも、いえちゃんもバシバシやったんでしょ」
のぶちゃん? ひでちゃん? あっ。偉人たちをちゃんづけで呼ぶな。ナビがなんで知っているんだとは、もう突っ込まないからな。
「なるほど、領地替えであるか。ベイザムを制圧しているのであれば、話は早いのである。手柄を立てればベイザムの良い土地に、手柄がなければ、それなりにであるな」
「ガウス殿、それではあなたの領地が」
「良いのである。もうベイザムは叔父上の領地。いや、今となってサーナバラ軍の制圧地である。領地がばらばらとなって悔しがる叔父上が目に浮かぶ、それも一興なのである」
ベイザム? なるほどガウスさんの家名はベイザーだったな。
「ガウスさん、パークさん、面倒事を頼んで申し訳ないです。でも南地方安定のためお願いします」
俺はふたりに頭を下げる。
「お任せあれなのである」
「わかりました。なるべく早くまとめあげ、出来れば前線まで兵士を連れていきましよう」
「南地方の貴族たちの扱いについては、ふたりに一任します。途中の砦に捕虜の貴族たちを集めているみたいなので、行きがけに寄って、ふたりに一任した話を通しておきますよ」
俺がそう言うと、ふたりは頷いた。
俺たちは食事を終え、町の広場に集まった兵士たちと合流した。兵士たちにはガウスとパークの指揮で南地方の貴族たちをまとめあげて治安回復する話をした。そして、俺たちを町に残しガウスとパークたちは先に町を出発した。ナビがもう少し町の名物を食べたいと言ったからだ。
ナビが広場の屋台を巡って食べ歩きをしている。ナビに付き合いきれない俺は広場をぶらぶらと歩いていた。すると、若い男に路地に引き込まれていく長い髪の少女が見えた。長い髪の少女は口元が布で縛られていた。俺は引き込まれた少女を助けようと追いかけて路地に入り込んだ。
俺が路地に入ると、少女はどんどん路地の奥へと引かれていく。俺はふたりを追いかけて薄汚れた路地の奥に進んでいった。
「おい、その娘から手を離せ。嫌がっているだろう」
俺は若い男に言った。すると男は俺に気付いたようで、少女から手を離し少し距離を取った。俺は少女と若い男の間に割り込み、若い男を牽制しながら後ろの少女に声をかける。
「大丈夫かい。さあ、表通りに戻ろう」
俺は表通りに戻ろうと若い男に注意しながら後ろ向きに下がる。若い男は、にやにやと俺を見る。
あれ、どこかで見たぞ、この男。どこだった? あっ、そうだ、さっきの飯屋の店員だ。
俺が若い男の素性を思い出したとき、ドシンと後ろにいた少女が俺の背中にぶつかった。
ん、背中が熱い。なんだ?
少女が俺から離れて、またドシンと背中にぶつかる。
痛い。背中が痛い。そして熱い。
少女が離れたので、俺は背中の痛いところにさわった。そして、さわった手を見ると真っ赤に濡れていた。
俺はその場に崩れ落ちた。
サブローが崩れ落ちました。
次回、条件がある
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文書の校正をしてくれるツールがあるのを知りました。
今までどうしてたんだと言われそうですね。
人力で校正してました。投稿直後は誤字脱字が多かったと思います。
本日投稿分から使ってみます。少しは誤字脱字が減るかも。(本文だけ)