130 (訪問者)ホームステイ
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我が家は、ホームステイホストを始める。なびが、ゲストを受け入れてくれるか母さんに相談したらしい。父さんと母さんが相談した結果、なびの要望を承諾した。で知らぬは俺だけだった。
「三郎はいないし、お兄ちゃんも再来月には結婚して家を出るんだから。良いのよ、部屋も余っているし、お父さんも楽しみにしているんだから」
と、俺は母さんから知らされた。そしてすぐに、なびがふたりのホームステイ希望者を連れてきた。
ひとりは、黒目、黒髪、褐色の肌で、背丈は俺より少し高い。そして、すらっとしていて手足も長い。さらに、体の凹凸が素晴らしい。エーゲ海のような強い日差しと青い海が似合いそうなオリエンタル美女だ。
もうひとりは妖精だ。背丈はそれほど高くないが、白っぽい金髪に、白っぽい緑の瞳、そして、白い肌。白い妖精さんだ。さらに、瞬きをしていなければ等身大の人形と見違ってしまいそうな美少女だ。この娘に森で会ったら、自分が妖精の世界に迷い混んだと思ってしまうだろう。
そんな、若いふたりが自宅の居間のソファーに座っている。
「……が、ホストファミリーの皆さんだよ。それでこっちのゲストのふたりは、私の知り合いで、大きい方がローナ、ちっこい方がルールって呼んであげてね。本名はとっても長くて発音出来ないから、簡単な愛称だけどね」
なびが、ホストの俺たち家族とゲストのふたりをお互いに紹介してくれる。かなり適当な紹介だったが。
「ローナは日本語を聞き取れるし、ちょっと変だけど話せるから大丈夫。ルールも聞き取れるけど、話せないから、そういうことで。じゃあ、ローナ、ルールとふたり分、挨拶よろしく」
なびが、ローナに話を振ると立てと仕草で伝える。それを受けてローナが立ち上がった。
「ローナだ。今年で20だ」
「えっ!」
なび、なぜ、びっくりする。
なびが納得していない顔をしているのを尻目にローナは挨拶を続ける。
「せっかくこっちに来たから、いろいろやってみたいと思っている。それから、ルールは見ての通り静かな奴だ。用事が有ったら私に言ってくれて良い。家の仕事があれば遠慮なく言ってほしい、私たちも手伝う。これから、ふたり世話になる」
「ローナさんは、行ってみたいところはあるのかしら」
「ああ、温泉に行ってみたい。呼び方はローナで良いぞ」
「じゃあ、ローナちゃんで。でも温泉は良いわね。また、みんなでいっしょに行きましょうか。お兄ちゃんのお嫁さんも連れて、また一泊しましょう。早速、予約してこなきゃ」
母さんは温泉旅館の予約を取りに電話台へと向った。
母さん、母さん、まだ誰も行くとは言ってないのに予約を取るなんて。行動が早すぎる。
「ローナとルールは、どの辺から日本に来たんじゃ」
今度は父さんが、ふたりに聞く。普段、静かな父さんだが嬉しそうだ。娘が増えたみたいで嬉しいのだろう。
「私はエウクセイノスの南西からで、ルールは北からだ」
「少し前のポントス、今の黒海だな」
「親父さん、よく知っているじゃないか」
ローナがおやっといった顔をして父さんを見る。
「まあな」
それほどでもないさ、と父さんが得意気な顔をした。すると、ローナは目を細め父さんに聞いた。
「詳しいのかい。少し昔の事に」
「嗜む程度だ」
「ほほう、こりゃ良かった。昔の事を肴に楽しい酒が呑めそうだ」
ローナが良いものを見つけたという顔で父さんを見ると、父さんは破顔した。
「ほう、若いのにイケる口か。気に入った。取って置きの話と酒を用意しよう」
「親父さん、私もだよ。私も親父さんとお袋さんが気に入った。この家で良かった。温泉といい、昔の話といい、楽しめそうで良いじゃないか」
ワハハハ、ガハハハとふたりは笑い合う。
父さんとローナは気が合いそうで何よりだ。ところで、なび、お前はさっきから何をやっているんだ。
なびは、大福を手に持ちルールの目の前を右に動かしたり左に動かしたりしている。そのなびの手にある大福の動きに合わせてルールは、視線だけでなく首を左右に振って追いかける。
「食べたい?」
なびが聞くとルールはこくりと頷いた。よしよしと、なびはルールの小さな口の前に大福を持っていく。ルールはその大福にかじりついた。口の周りに白い粉がつくのも構わず、ルールは大福にかじりついてはもぐもぐと咀嚼する。ルールは、いつの間にか大福をなびから奪い自分の手で持っていた。
「美味しい?」
ルールは大福を食べながらこくりと頷いた。食べ終わると口の周りが真っ白だ。
「もう1つ食べる」
ルールが頷いたので、なびは大福をもう1つ渡した。ルールは両手で大福を持ち、小さな口でパクパクと食べ始める。
「おい、あんまりルールを餌付けするなよ。お前になつくじゃないか」
「えー、良いじゃない。ルール可愛いし私も構いたいもの」
なびがルールに大福を食べさせていたのが気に入らないのか、ローナがなびに文句を言った。
「ルールは私が育てたんだ。食い物で釣るとは卑怯だぞ」
「そんな大袈裟な。大丈夫だよ、だって大福二個だよ」
「いや、だめだ。癖になる」
「えー、ケチ」
なびとローナが言い争いを始めた。こらこら、喧嘩するな。って、母さん何をやっているんだ。
電話台から戻ってきた母さんが、ルールの白い粉の付いた口元にハンカチを当てる。
「あらあら、ルールちゃんお口を真っ白にしちゃって拭いてあげる。大福も美味しいけどプリンも美味しいわよ。食べる?」
ルールは母さんに口を拭かれるまま、またこくりと首を縦に振った。母さんはルールの口を拭き終わると、台所に行ってプリンを持ってすぐ戻ってくる。
「みんな、温泉の予約が取れたわよ。今度の週末は温泉よ。お兄ちゃんはお嫁さんに連絡しておく事。はい、ルールちゃん、プリン、このスプーンで食べるのよ。はいっ、あーん」
雛鳥が親鳥から餌をもらうように、ルールは母さんからのプリンを食べる。
「あっ、私もプリン食べる。お母さん、まだある?」
「まだ、あるわよ」
「やったあ、プリン、プリン。ローナも食べる?」
「無論だ」
なびは、台所にプリンを取りに行った。
「三人とも年が違うけど、どんな知り合いなんだ。三郎も知り合いなのか」
俺は少し気になってローナに聞いてみた。
「どんな知り合いかか。うーんそうだな、私とルールは、なびたちの仕事の助手と言ったところかな。それからお兄さんの弟の三郎は、会ったことはあるが話をしたことはないな」
なびたちの助手?
「はい、ローナ、プリンだよ。それからローナ、まだまだ途中なんだから余計な事は言わない」
「はい、はい、わかっているよ」
なびたち、仕事、助手、途中。なびたちは何かの研究でもしていて、その途中と言う事なのだろうか。ふたりとも古代の歴史について詳しい、ということは考古学の何かをやっているということなのか。なびに聞いてみたが、結果が出るまでは内緒なのと答えてくれなかった。
「なんだ、これは、旨いじゃないか」
プリンを一口食べたローナが、プリンの味に驚愕しカップに入ったプリンの残りを一口で食べてしまった。そして、空になったプリンのカップをなびに差し出す。
「おい、もっとこれをくれ」
「えー、自分で持ってきなよ。冷蔵庫に入っているから」
「ごめんね、ローナちゃん。これで最後なの」
母さんが、ルールにプリンを食べさせながら言った。ルールの前には、空になったカップが並んでいる。
「ルール、それを半分くれ」
ローナがルールにそう言うとルールがふるふると首を振った。
「なにっ、主にくれないのか」
「こらこら、ローナ。パワハラはダメだよ。ルールが可哀想だよ」
「そうよ、ローナちゃん。喧嘩しないの。また買ってくるから、今日は我慢しなさい」
ううう、と唸るローナ。
プリンが食べられなく、悔しそうなオリエンタル美女。母さんからプリンを食べさせもらって満足そうな白い妖精。おかしなふたりだ。
父さんも母さんも楽しそうだ。
俺が結婚をしてこの家を出ても、両親は寂しくはなさそうだ。なび、ありがとう。ふたりを連れてきてくれて。
三郎の実家にローナとルールがやってきました。ローナとルールって誰?
次回、王国の南地方へ