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128 貴女に忠誠を

 ◇


 私は天幕の中で、王国南地方の貴族と会っていた。貴族が配下になりたいと訪ねてきたのだ。


 天幕の中に椅子はひとつ。その椅子には私が座っている。他の者たちは、立っているか片膝を地に着けているかのどちらかだ。もちろん、立っている者たちはサーナバラ軍の者、地に着いている者たちは南地方の貴族とその従者だ。


 私の左にはソルが立ち、右にはオドンが立っている。ソルが私の剣、オドンが私の盾だ。そして、さりげなく天幕の入口にイーテルがいる。


 オドンが手で合図を送ると、片膝を着いていた南地方の貴族が私に話始める。貴族の剣は従者が持っているままで。


「サーナバラのバレンナ様。私は貴女に忠誠を誓い、ともに戦う事を約束いたしましょう」


 ああ、まただ。この人も真意でサーナバラの配下になるわけではないんだ。自分の保身のために私の前に来ただけだ。私たちがこの地を離れサーナバラに引き上げたら、忠誠を反故にして自分の領地を広げるために、戦いに明け暮れるのだろうか。そんなことじゃ、いつまでたってもこの地のみんなは幸せになれないのに。


 私はオドンに合図を送った。


「これは、これは、丁重な挨拶だ。さすが、王国の貴族殿だな。だが、俺の記憶によると忠誠とは己が剣を主と認める者に捧げるものと思っていたが、王国の南地方ともなると忠誠の捧げ方が違うようで大変勉強になる」

 とオドンが貴族に向かって言う。貴族は片膝を着いたままオドンを睨んだ。そして、後ろに控える従者から剣を受け取り、剣の鞘を握り剣を横にして私に突き出した。


「これは申し訳ない。王国の外にも王国の威光が届いているとは思いませんでした。無知な私を笑ってください。もう一度誓わせて頂きたく」


 オドンは貴族に向かって首を縦に振る。


「サーナバラのバレンナ様。私は貴女に忠誠を誓い、ともに」

「待ってくれ、王国の貴族殿」

 オドンが口を挟み、貴族の誓いを途中で止めさせた。貴族が再びオドンを睨み付ける。


「王国の貴族殿のおかげで先ほども勉強になったが、また、俺は物知りになったようだ。王国貴族の忠誠の誓いとは、家名にかけて誓うのではないのだとな。王国とは良い国なのだな、忠誠の誓いを破っても家名を失うことが無いようで」

「くっ」


 王国の貴族は剣を突き出したまま頭を垂れた。その姿を見守る私たち。貴族の従者は、緊張のためか顔色が悪い。


 しばらく無言だった貴族が剣の鞘を握り頭を垂れたまま、ゆっくりと立ち上がる。そして、顔を上げ私を睨んだ。


「我が家には、東の蛮族に忠誠を誓う名などない。貴様ら蛮族ごときになっ」


 貴族はそう言い放ち、剣の柄に手をやり剣を抜こうとした。だが、貴族は剣を抜く事が出来なかった。オドンは貴族が剣を抜くより速く進み出て、貴族の剣の柄を押し留めたからだ。


 オドンは普段ではない低い声を出し、貴族の耳元で言った。

「王国の貴族殿、剣は抜かない方が良い。剣を抜いたらお前はここで死に、お前の一族も後を追う事になるからだ。それでも良ければ剣を抜け」


 貴族にそう言ったオドンは貴族の剣の柄から手を離し、後ろに下がり私の横の立ち位置に戻った。


 オドンの一言で頭が冷えたのか、冷静さを取り戻した貴族は天幕の中を見回す。


 自分の目の前には蛮族の首領の少女が椅子に座り、隣には側女らしき女が立っている。先ほど自分に警告した男も少女の横に戻った。後ろに控えていた従者も立ち上がり、剣をいつでも抜けるように構えている。天幕の入り口には男がひとり。


 貴族にはそんな風に見えているだろう。

 勝てるか、と貴族が思案している様子が手に取るようにわかった。


 さて、どうするのかな。このままサーナバラに忠誠を誓ってもらえると良いのだけれども。


 しかし、私の期待を裏切り貴族は剣を抜いた。


 私の横にいたソルがぶれた。カチンと剣を納める音だけが聞こえた。そして、ソルは変わらず私の横に立っていた。


 貴族の動きに同調した後ろの従者は剣を抜けない。瞬時に動いたイーテルが腕を押さえて剣を抜かせないのだ。


 ああ、また天幕に穴が空いたよ。あとで縫い直さなきゃ。ソルが開けたのだから手伝ってもらおうっと。それに誰も怪我してなきゃ良いけど。さすがに馴れたかな。


「おや、おや、さすが王国の貴族殿だ。自分の剣に敵意はないということで宜しいかな」

 オドンがしきりに首を縦に振り、感心したかのように貴族に言った。


 貴族は、自分が剣の柄しか持っていないのに気が付く。柄から先の剣の刃がないのだ。

「なっ」

「ワハハハ、貴族殿、ここまで来るのに疲れたでしょう。ゆっくりと休んでくれ。貴族殿の話はあらためて聞くこととしよう」


 オドンが手を叩くと兵士たちが天幕に入ってきて、貴族の両脇を抱えて出ていった。天幕には貴族の従者のみが残された。


 その従者にイーテルが言う。


「お前の主人は当分の間、我が軍に逗留する。一族に伝えろ。彼が家に帰りたくなるような物を用意しろと。わかったか」


 従者は剣の柄を持つ手を緩め、イーテルに頷いた。


「わかったら行け」


 従者は転がるように天幕から出ていった。


 ふう、これで終わりだよね。


「バレンナ、ソル、イーテル、お疲れ様」

 オドンが私より先に労いの言葉をみんなにかけた。


「しかし、相変わらず訳のわからん剣捌きだな、ソル殿は。こう切って、こっちに弾き飛ばしているんだよな。どうなっているんだ」

 オドンが、ソルの動きを想像して身振り手振りで動く。


「オドン、剣ではない。刀だ」

「おっ、そうか」


 いやいや、そんな話はどうでも良いよね。イーテルさんもそこで目を輝かさない。


「王国の貴族さんが挨拶には来るものの、やっぱりちゃんと忠誠を誓う人って少ないよね」

「まあな、俺たちは東の野蛮人だからな。王国の貴族としては、そんな事は許せないんだろうよ。でも、バレンナが忠誠を示すやり方を知っていて良かったよな。戦いの最中で裏切られたら目も当てられないからな」


「そうなんだよね、サブロー兄さんといっしょにヨーマイン太守に貴族の宣誓の事を聞いていて良かったよ」

「サブローは本当に見かけによらず、頼りになるな」


 困るよ、オドンさん。はいとも、いいえとも返事できないじゃない。でも本当にサブロー兄さんは頼りになる。きっと私たちをこの抜け出せない状況から助けてくれるだろう。


「さあ、仕方ないから次の町でも、攻略するか」

「うん、そうだね」


 私はオドンの言葉に答えた。




戦いに負けても王国貴族には誇りがあります。そう簡単には忠誠は捧げられません。


次回、いったい何者でしょう

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