126 ドラゴンじゃない
◇
「ガンオさん、ご苦労様。どうですか」
「ああ、サブローか。どうもこうも、ずっと睨み合いだ、と言いたいところだが、ドラゴンが恐ろしくて手が出せないのが現状だがな」
俺たちは馬から降りガンオに声をかけた。パオースの町の兵士たちは、遠くにドラゴンを見つつ半円形に囲んでいる。兵士たちは木々を盾にして、見えない所で休憩などしているようだ。そして、遠くに見えるドラゴンは薄い青色に見えた。
ガンオは言う。取り囲むパオースの兵士たちを見たドラゴンは、なぜか歩みを止めたみたいだと。たぶん、あのドラゴンの事だ、ナビに誉められたくて良いドラゴンを演じるつもりなのだろう。遠目のドラゴンは腹這いに寝ているように見える。
「ガンオさん、これからナビと俺でちょっとドラゴンと話をしてきます」
「はあ、ドラゴンとか。サブロー、お前正気か。ナビちゃんまで巻き込むのは良くないぞ」
ガンオのおっさん、俺がナビを巻き込んでるんじゃなくて、ナビが俺を巻き込んでいるんだ。
「たぶん、大丈夫だ」
俺の言う事が信じられないのか、心配なのか、ガンオはナビに聞く。
「ナビちゃん、本当に大丈夫なのか。サブローはあんなこと言っているが」
「大丈夫、平気平気。知り合いだから」
「ドラゴンと知り合いって……お前たち」
なんか、信用ないな俺。いや、ナビもか?
あまり俺たちの言う事を信じていないガンオに俺は言った。
「ガンオさん、あまり刺激したくないんで、ドラゴンから見えない位置まで兵士たちを下げてもらえませんか」
ガンオは俺をじっと見る。ガンオは考えているようだ。
「まあ、良いだろう。見えない位置まで下げる」
ガンオはそう言うと、副官に兵士たちの位置をドラゴンから見えない位置まで下げるよう指示を出した。
兵士たちがパオースの町側に後退した。これでドラゴンから見えているのは俺たちだけだ。
ナビは馬から鞄を外し、自分の肩にかけた。鞄は丸く大きく膨らんでいる。ナビが馬の背中を叩き、休んでいてねと言うと馬は首を縦に振り、草を食みに行った。
「準備出来たよ、サブロー」
「じゃあ行くか、ナビ」
「良し、行こう」
俺とナビが街道をドラゴンに向かって歩き出した。
「……」
「……」
俺たちふたりの後ろから、付いてくる奴等がいる。振り向かなくてもわかる。ガンオ、ガウス、パーク、そしてリッテアだろう。振り向いたら敗けのような気がする。
俺は、前を向く男だ。後ろは振り返らない。
(ナビ、どうする。付いてきてるぞ)
(大丈夫、大丈夫。良い証人になってもらうよ)
(なんの証人だよ)
(もちろん、ドラゴンはいなかったっていう証人だよ。任せておいてよ、良いアイデアがあるんだから)
ナビの横顔が悪い顔になっている。
俺たちがドラゴンに近づくと、人が近づいて来たのに気が付いたドラゴンは首を伸ばして、俺たちを見る。見てからの行動は速かった。すくっと4つ足で立ち上がりのっそのっそと俺たちに向かって歩き出す。尾でゴリゴリと地面を左右に削っている。
嬉しそうだな。ドラゴン。ありゃ嬉しくて尾を振る犬だ。ナビがドラちゃんって呼んでいなければ、ポチと名付けたいところだ。
「サブロー、みんな、ここで待ってて」
そう言い残し、ナビはドラゴンに向かって走り出した。これがドラゴンでなければ、久しぶりに会った恋人どうしだろうか。
もう、見ているだけだから脳内アフレコで楽しんでいよう。
◇
ナビが、走りながらドラゴンに手を振っている。
「ドラちゃ~ん、おひさ」
「ナビ様、ナビ様、お久しぶりでございます」
ドラゴンも嬉しそうに尾で地面を叩く。その振動が俺たちがいる所まで響いてくるのが怖い。ドラゴンはナビの顔に位置まで首を下ろしてナビを迎える。まるでナビを食べようとしているように見える。
「ドラちゃんのお馬鹿」
ナビがドラゴンにの鼻面をおもいっきり叩いた。反動で叩いた手が跳ね返る。叩いた手が痛いのか、ナビが自分の手を押さえて叫んだ。
「いた~い、ドラちゃんのお馬鹿ぁぁ」
「なぜですじゃ、ナビ様、わしゃ何も悪いことしとらんです。人と会っても人がいなくなるまで待っとたんですが」
ナビとドラゴンの話し合いが始まった。
「なんで、こんなところに来るのよ」
「神殿の魔素を戻したらお供しても良いと、ナビ様がおしゃったではないですか」
「そんな事言った、私?」
「はい、しかとこの耳で」
ドラゴンが首をナビに寄せる。ナビが首に押されて数歩下がった。再びナビがバコバコとドラゴンの鼻面を叩き押し戻そうとする。
「そうだったかな。暑苦しいから下がれぇ」
「そんなあ」
ドラゴンが涙目になってナビを見詰める。
「ダメだよ、そんな目をしても、ドラちゃんは滝の神殿を守る役目があるでしょ。帰らないと」
「ええぇぇ、でも、あそこには誰もこんし、ワシもナビ様のお供したいし」
「でもも、へちまもありませ~ん。帰りなさ~い」
「ナビ様、へちまとはなんじゃろ」
「細かい事は、どうでも良いの。また、遊びに行くから、今日は黙って帰りなさあい。帰らないと……」
「そんなあ……」
◇
ダメだ、俺の想像じゃあ、これが限界だ。適当にアフレコを当ててみたが、ナビとドラゴンが何を話しているのかまでは想像できない。
「サブロー様、ナビ様とはいったい……」
リッテアが、ナビとドラゴンを見て驚愕した顔で俺に聞いてきた。リッテアだけでなく、ガンオもガウスもパークも静かにしているなと思ったら、単にリッテアと同じように見た事に驚愕しているだけだった。
「あれは知り合いなんだ。だから、恐がる必要はないよ」
「ですが、ドラゴンを素手で叩くなんて」
「まあ、見た目はびっくりするけど、大したことないよ、きっと。それに実は、ドラゴンじゃないんだ」
「えっ、そんな馬鹿な話があるかしら。どう見てもドラゴンですわよ。初めて見ますけど」
リッテアと俺の会話で、目を覚ました男たちも俺に詰め寄る。
「サブロー様、あれはどういう事であるのか。ナビ様はいったい何をしているのであるか」
ガウス、怖い怖い、顔がアップだ。
「サブロー、ナビちゃんが、サブロー、ナビちゃんが、サブロー!」
ガンオ、俺の肩を掴んで振るな、気持ち悪くなるだろ。それに何を言いたいのか、わからん。
「……」
さすが、もと参謀のパークは冷静だ。と思ったらまだフリーズしたままかよ。
「サブロー様、サブロー様、ナビ様が何かするようですわ」
リッテアの声に反応して、みんなでナビを見た。
ナビはドラゴンの鼻面を叩き、下顎を蹴る。すると、ドラゴンが大きく口を開けた。まるでナビを丸飲みしようとしているかのように。
「ああ、サブロー様、ナビ様が」
「大丈夫、大丈夫」
そして、ナビは肩にかけていた鞄から、大きな石を取り出した。人の頭程の大きい石だ。それを、ドラゴンの口の中に放り込んだ。
バクッとドラゴンが口を閉じる。
ホッ
隣のリッテアの安心して吐く息の音が聞こえた。
見ていると徐々にドラゴンの体が鈍く光出した。そして、しばらくすると鈍い光は収まり、これまでのドラゴンの薄い青色になった。
だが、俺は気が付いた。ドラゴンの目が八つになっていることに。
再び、ナビがドラゴンの鼻面を叩き、身振り手振りで何かを説明している。ナビが説明を終えるとドラゴンが頷いた。すると、ドラゴンから強烈な光が放たれた。俺たちはあわててその光を手で遮る。しばらくして光が消え、かざした手を下ろした。
そこに、ドラゴンはいない。
ドラゴンの代わりに薄い青色の長髪をした若い男がいた。写真で見たローマ貴族のトーガのような着物を着ている。
ナビはその若い男に向かって、しっしっと手を振る。まるで犬を追い払うように。
若い男は、仕方なさそうに肩を落とし街道を滝の方に歩き出す。数歩進んでは立ち止まりナビを振り返る。するとナビはしっしっと手を振る。そして、男が数歩進み……
俺たちから男は見えなくなった。ナビが走って俺たちのところに戻って来て言い放った。
「いやあ、昔の知り合いの悪ふざけでした。見た目がドラゴンになる魔法が解除出来なくて困ってたみたいなので、解除してあげました」
「いやあ、ナビご苦労様。やっぱり知り合いだったのか。あの見た目がドラゴンの人は大変だったな。良い事をしたぞナビ、偉い偉い」
「えへへ、偉いでしょ私。困っている人は助けないとね。それにしても本物のドラゴンじゃなくて良かったよ」
「なかなか出来ることじゃないよ。ナビは偉いぞ。ドラゴンなんて、そうそういるはずがないからな。ん、ナビは偉い」
「えへへへ」
「「「……」」」
そうだ。ドラゴンはいなかった。あれは人の悪ふざけだった。見ていた者たちがどう思うかはわからないが、あれはドラゴンじゃない。断じてない。
俺とナビは、4人から疑いの目で見られたが、とにかくあれはドラゴンじゃなかったと言い張った。
無事、ドラちゃんには滝に帰ってもらいました。一旦、騒ぎは終わりです。
次回、バレンナとラズリから
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次回投稿は、3/14(火)の予定です。