121 ダメなお兄ちゃんだよ
◇
「ああぁぁ、やっぱり温泉は良いよなあ。一日の疲れが吹っ飛ぶぜ。おっ、お前もわかるか、良し良し、磨いてやるぜ。おおぉぉ、そうか、そうか、お前も気持ち良いか」
斑模様の巨大な卵が、どういう理屈なのかは分からないが俺に転がりながら乗り上げてくる。俺はきっと嬉しがっているのだろうと、卵の表面をゴシゴシと磨いてやる。
「これで月があったら、まだ良かったのにな。まっ、これはこれで慣れるとおつなもんだけどな」
俺は、夜の温泉からポツリポツリと明かりがともっている村を見る。
「でも、サーナバラも賑やかになったもんだな。いつの間にか物を売る店も飯屋も出来ていたし、あと何が必要なんだろ。まあ、足りないものは買うしかないか。でもお金が無いんだよな、人も増えたし」
俺は、足りないものを指折り数える。あれも、これもと思い浮かべる。ああぁぁ、止めだ、止め。今は温泉に入って疲れを取る時だ。考えるのは明日にしよう。
「そうだよ。サブロー。難しい事は明日にして、温泉ではのんびりしないと」
ナビの声がした。
俺は即座に振り返る事はしない。俺は、我慢できる男だ。だが、ゆっくりとナビの方に振り向いた。
「ナビも温泉に来たのか」
「もちろん、温泉があるのに入らない手はないよね」
「そうだな」
ナビは、長い髪を頭の上にまとめ、何も隠さずに温泉の湯船の縁に座っていた。
なんだと、ナビ。いつも隠していたり、首まで湯に浸かっていたりと、何も見えないのに。今日はどうした。
しかし、暗くて良く見えん。だが、まあ、良しとしよう。
ナビの背後にある光の魔石によって、ナビの体の輪郭だけが浮かび上がっている。俺好みの体のラインが。
「サブロー、今日もお疲れ様。良く頑張ったね」
「まあな、ありがとよ」
そして、日頃傍若無人に振る舞うナビが、稀に優しくなる。俺に優しく言葉をかけてくるのだ。そんな性格のナビがとても愛おしい。俺が、ナビにそんな設定をお願いしたのかも知れないが、ナビはもう大切な家族で妹になっている。でも、失敗した設定もある。妹にしては俺好みの体に……ゲフン、ゲフン。
「本当は日があるうちに温泉に入りたいんだけどね」
と言いながら、ナビは温泉に入り首まで浸かった。
「ソルがいないからな」
そう、ソルが不在なので俺とナビが、サーナバラ温泉ランド閉館後の無人チェックを行っている。たまにしか不届き者は現れないのだがいなくならない。だから、俺たちは日が落ちてから温泉入浴になっているのだ。
「サブローはさっき、サーナバラに足りないものがあるって言っていたけど。サブローはサーナバラをどうしたいの」
「そうだな。まずは、衣食住を揃えて」
「待って、待って、サブロー。きっとサーナバラは、これからも人が集まって大きくなっていくと思うよ。村から町へ、町から都市へ。これからも、その度にサブローが住民たちの衣食住を揃えてあげるの?」
「それはイヤだなあ。終わりが無さそうだ」
「そうだよ。もう村の人たちに任せても良いんじゃない。サブローがやるんじゃなくて、ここに住んでいるみんなでやるの」
「そうだな、もうその方が良いのかな。俺に頼りっきりっていのも問題か。じゃあ俺は、何をやれば良いんだろ」
「だから、聞いたんだよ。サブローはサーナバラをどうしたいのって」
俺は、サーナバラをどうしたいんだろ。
湯船に浸かりっぱなしで熱くなった俺は、お湯から出て村に向かって湯船の縁に座る。暗闇の先にあるサーナバラの村を見る。先ほどまではポツリポツリと明かりがともっていたが今は何も見えない。だが、確かにそこにはサーナバラの村があるのだ。
俺は想像する。目を瞑ってサーナバラの風景を。そこで生活する人たちを。その人たちの顔はどんな顔をしているだろうか。大人たちの顔はどんなだろうか。子供たちの顔はどんなだろうか。
苦しそう。
泣いている。
怒っている。
表情がない。
笑っている。
そうだ。その顔だ。俺は、サーナバラに住んでいる人たちには笑顔でいてほしい。
苦しい事もあるけど、笑いもある。
悲しくて泣く事もあるけど、笑いもある。
腹の立つ事もあるけど、笑いもある。
表情がない人でも、たまにはくすって笑える。
そんな、何かあっても最後は笑えるようなところにしたい。サーナラバをそんな場所にしたい。
俺は温泉の湯船の縁に立ち上がった。そして、振り返ってナビに言う。
「ナビ、俺さ、この村に住んでる人には、いつも笑っていて欲しいんだ。苦しい事も悲しい事も腹が立つ事もあるけど、その後はみんなで笑え合えるような、そんなサーナバラにしたいんだ」
「良いんじゃない。それでこそサブローだよ」
おおし、明日からは笑いの方向で頑張るぞお。それに、笑う門には福来るとも言うしな。
俺は、腰に手を当てて声を出して笑った。
ワハハハ
「それから、サブロー。さっき卵に言っていたよね。磨いてやって嬉しいだろうみたいなことをさ」
「ん、言ったぞ。それがどうしたんだ」
ナビが卵を引き寄せ、卵の上を撫でながら俺に言った。
「卵は怒っていたんだよ。サブローが相手をしてくれないから」
「えっ、いつも温泉に来たら磨いてやってるぞ。するといつもグルグルって回って俺に乗っかってくるから、てっきり喜んでいるのかと」
「サブロー、逆だよ。魔力を注いでくれないから、サブローに抗議していたんだよ」
「そっか、いつも魔力切れでそれどころじゃあなかったからな。良し、これからは村に使う魔力も減るだろうから卵に使うよ」
ナビは卵を撫でながら、卵によかったねぇと言っている。
「ナビ、ありがとな。ナビが妹で良かったよ。お前は良い妹だよ」
「ありがとう、サブロー。でも、サブローは良いお兄ちゃんじゃないかも」
なぬ、そんなはずはないだろ。俺、結構頑張っているぞ。
「むしろ、ダメなお兄ちゃんだよ」
「何でだよ、抗議するぞ、俺も」
ピチャッ
ナビが俺のなににお湯をかける。
「だってさ、サブローは妹に、ぷらぷらと見せつけるんだよ。変態さんだよ」
俺は、ギャーと叫び両手で股を隠す。そして、ゆっくりと湯に入っていった。
その晩、俺とナビはいろいろな話をした。遅くまで笑いが絶えなかった。
相手の事は見えなくても、相手からこちらは見えることがあります。気を付けましょう。サブローとナビの兄妹ふれあい回でした。
次回、ん、大丈夫、勝てる
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風邪をひいて、調子が悪いです。今週は隔日(木、土)投稿予定です。