120 (王国)姫様を守るんです
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その庭園は幾何学的に刈り込まれた植物や造成された池などが整然と配置されていた。いたるところに木製や石製のベンチや東屋などが用意されていて、社交場として使用できる造りとなっていた。
そのひとつの東屋に姫様と爺はいた。いつものようにふたりで。表裏ともに仲の良い孫娘と祖父として。そして、メイドたちはその東屋に人が入り込まないよう排除している。爺がメイドたちに命じたのだ、誰も東屋近くには近づけてはならぬと。
東屋にある石のテーブルの上には、お茶と菓子が準備されていた。そして、魔石の力で毒の有無は確認済みだった。
石のテーブル上にある綺麗にカットされたガラスのカップを珍しそうに見ていた姫様が、自らそのガラスのカップにお茶を注ぎ爺に差し出す。それに礼を言った爺が話を始めた。
「姫様、東地方の情勢がわかりましたぞ」
「教えてください、爺」
「まず、ヨーマイン太守の館の戦いで力を貸した国外勢力は、パオースの町の隣にあるサーナバラという村でございました」
「パオースという町については本で読んだことがあります。たしか、特にこれといった鉱山もなければ特産もなく、また小さな町なので王国に編入する価値はないと」
「その通りです」
「そんな町の隣村にヨーマインを助けるほどの力があるのでしょうか」
「いえ、調べによると、たまたまサーナバラの者たちがヨーマイン太守の館に訪問中だったとか。どうやら巻き込まれた様子にございます。そして、実際に戦ったサーナバラの兵士はひとり。そのひとりが敵対する相手を撤退させたり壊滅させる原因になったと」
「ひとりですか。ひとりの兵士の力によってそのような事ができるなどとは想像もできません。本当にひとりなのでしょうか」
「いえ、あくまでヨーマイン軍の勝因のひとつになったと。もちろん、敵対する相手を壊滅させたのはヨーマイン軍のようですし」
「それならば、少し違和感がありますが納得出来そうです」
「それは爺も同じですぞ」
ふたりは知っている。ひとりの人間の力がどれ程なのかを。身内ひとりの扱いでさえ儘ならない事を。まして、幾人も参加する戦いをひとりの人間の力で勝敗をひっくり返したりは出来ないのだと。そう、伝説の英雄でもない限り。
ふたりは庭を眺めて頭を冷やす事にした。お茶と菓子を堪能しながら。
小鳥たちが鳴いている。日も中天をとうに過ぎ少し涼しくなってきた。緩やかな風が木々を優しく揺らしていく。もうしばらくすると夜の虫たちも鳴き始めるだろう。
お茶を飲み干したガラスのカップをテーブルに置き爺が話を再開した。
「少し前になりますが、南地方の貴族を主力とした王国貴族たちの軍が、パオースの町を攻略せんと攻め込んだそうでございます。しかし、結果は惨敗、攻め込んだ全ての貴族が捕虜となったそうにございます」
「南地方の貴族たちは、いかほどの軍勢で攻め込んだのでしょうか」
「その数、2000との事です」
「えっ、その軍勢の数は町の人数より多いのではないのですか。それにパオースが勝ったと言うのですね」
「そうです。面白いことにその戦いでは両軍にひとりも死者がいなかったとか」
「……そんな戦いはあるのでしょうか」
「わかりません。しかし、お陰でヨーマイン太守は東地方の半分を得たようでございます」
「なぜ、戦いに参加していないヨーマイン太守が」
「パオースは捕虜とした東地方の貴族たちをヨーマイン太守の配下に入ることを条件に解放したと」
「なぜ、パオースはそのような事を」
「たぶん、パオースの安全保障のためでしょうな。友好関係にあるヨーマインを壁として使うつもりかと。今回のような王国の軍勢をヨーマインが防いでくれるように力を持たせたのかもしれません。また、過分な勝利は災いとなります」
「だから、勝利をヨーマインと分けあったと言うのですね」
「過ぎたるは及ばざるが如しという事を知る者たちなのでしょう」
「なるほど、これを考えた者はかなりの策士なのですね。誰が考えた筋書きなのでしょうか。ヨーマイン太守でしょうか。それともパオースの者が」
「いえ、全ての戦後処理にはサーナバラ領主が関係しているようなのですが、その実態が良くわからないのです。サーナバラ領主は戦いには参加せず、領地開発ばかりしているということなのです」
「いずれにしても、ヨーマイン太守がこのジーベニに進軍して来るのでしょう。サーナバラ領主の事はヨーマイン太守に聞く事にしましょう」
「はい、それが良いでしょう。爺が入手した情報だけでは、不明瞭過ぎですからな。それで評価しては足をすくわれかねません」
姫様がお茶を飲み干したガラスのカップを持ち上げ爺に聞いた。
「話は変わりますが、このガラスのカップはどうしたのですか。ガラスのカップとは珍しいと思いましたよ」
「姫様、気が付かれましたね。実はこのガラスのカップは、サーナバラ産と言うのでお持ちしました。調査した者が持ち帰ったのです」
「戦えば勝利を収め、このような特産品を生み出す、そして国を越えて友好を結ぶ。サーナバラ領主とは面白い人物のようですね。興味深いです、早くヨーマイン太守に会って話を聞きたいものですね」
「左様でございます。ですが、こちらでも引き続き調査はいたします」
「そうね、情報源は複数が良いわ。お願いしますよ、爺」
「はい、姫様」
好々爺然として姫様の願いを聞く爺であった。
ガサガサ
東屋を囲む茂みが揺れた。爺は姫様の前に出て守りの体勢に入る。すると、十にも達していなさそうな子供が茂みから顔を出した。着ている服から男の子とわかるが、幼いためか可愛らしい顔立ちをしている。
「姫様は、こちらですか」
子供の声に反応した姫様が爺の影から顔を出した。
「あら、レイトどうしたの。お勉強から逃げ出したのかしら。いけない子ね。でも、せっかく来たのだから、こっちにいらっしゃい。いっしょにお茶とお菓子を楽しみましょう」
子供を追いかけてメイドたちが現れたが、爺の仕草で姿を消していく。
爺はレイトを空いている椅子に座らせると、子供に目線を合わせて問いかける。
「どうした、レイト。勉強は嫌いか」
「姫様も宰相様も違います。僕は勉強から逃げてきたのではありません。お父様がこの町に来ると言うので、姫様に知らせに来たのです」
「あら、ヨーマイン太守がこの町に来るのね。よかったわね、レイト。お父様に会えるわよ」
すると、レイトは頬を膨らませて怒る。
「お父様は、悪い貴族たちから姫様を守りにやって来るのです。僕に会いに来るのではありません。それに僕はお父様といっしょに姫様を守るんです」
「あら、嬉しいわ、レイト。それではお勉強と武芸のお稽古をもっと頑張らないとね。悪い貴族たちはずる賢くて強いわよ」
「はい、姫様」
そこに、メイドが新しいお茶と菓子と新しいカップを持って現れた。
「それでは、レイト。私と爺にどこまでお勉強をしたのかを教えてれくれるかな。足りてない所を教えてあげるわよ。他の子たちにはないしょよ」
「はい、姫様。ありがとうございます」
姫様が秘密めいた顔をするとレイトは嬉しそうに答えたあと、今習っている勉強について話を始めた。
メイドが新しいお茶を入れ主人たちに配る。もう少しお茶の時間が続きそうだ。
お姫様がサーナバラに興味を持ったようです。ヨーマイン軍はジーベニを目指して進軍中です。
次回、ダメなお兄ちゃんだよ




