012 (訪問者)訪問者
◇
すでに陽も落ち辺りは薄暗くなっている。残暑も和らいだ季節となってきた。
仕事から家に帰って来ると玄関に影があった。近づいて行く。見知らぬ影だ。
「家に何か用ですか?」
声をかけると影はびくっとして振り向いた。思ったより背の低い人物で若い女性だった。暗がりでは恐怖心から人が大きく見えるのかもしれない。
そういえば最近、玄関の自動ライトがつかなくなったな、修理しておかないと。
「こちらは三郎さんの家でしょうか?」
「そうですが、三郎は不在ですよ」
「ええ、知っています、三郎さんといっしょだったので……近況を伝えに来ました。あっ! 名乗ってなかったですね、わたしは、なびといいます」
「俺は三郎の兄です。こんな場所で話もなんですから、家に上がりますか?」
家に入るか聞いたら、彼女がええと答えたので玄関の鍵を開けて中に入れた。
靴を脱ぎ上がり二人分のスリッパを出したのだが、彼女は靴を履いたまま上がり込もうする。
「ちょっと待って、日本は初めて?」
「はい、初めてです、どうしてわかったんでしょう?」
黒髪に黒目なので、そのへんの女子学生かと思ったが、どうやら違うらしい。
「日本では、ここで靴を脱ぐんだ」
「そうなんですか、失礼しました」
日本人にしては少し彫りが深い顔している、ハーフか?
リビングのソファーに彼女を座らせて、キッチンに行きお湯沸かしはじめた。
「コーヒーでいいかな、今日は両親が遅いから申し訳ない」
「お構い無く、わたしこそ急におじゃまして申し訳ありません」
「……」
「……」
若い女性との会話なぞする機会がないから、なかなか会話が続かない。
困ったなと思っていると、ピーと湯の沸いた音がする。
コーヒーを入れ彼女に出し、となりのソファーに座った。
「コーヒーありがとうございます。三郎さんとは旅先でいっしょで、彼は元気ですを伝えたくて連絡もせず来てしまいました、彼は元気ですよ」
最初は伏し目がちだったが、目を上げて伝えてくる。三郎はよい娘と知り合ったようだ。
「三郎は元気ですか、安心しました、伝えてくれてありがとう」
「あっ、そうだ写真、写真」
彼女はポーチからスマホを取り出し、画面を見せてくれる。
そこには小さな滝に打たれている三郎が写っている。全裸で嬉しそうな三郎が。
「申し訳ない、三郎はあなたに失礼なことをしていませんか?」
「ええ、大丈夫ですよ。三郎さんは明るく楽しく方で、いっしょにいてとても楽しいです」
次の写真では大きなトカゲの像に跨がりぐったりしている。
三郎、お前何やってんだ。
「……」
「三郎さん、お金やスマホも持ってないにも関わらず、いろいろチャレンジしてたくましいんです、見てて元気がもらえるんです」
三郎がへまをしてお金やスマートフォンを失ったことがわかった。本当に大丈夫なのか? 三郎!
「なびさんがまたどこかで三郎と会ったら、また三郎のこと教えてもらえないかな? 会ったらでいいから」
「もちろん! また会いますよ、きっと。そしたら、またおじゃましますよ、遊びに来ます」
「ぜひ、そうしてくれ」
「はいっ」
親父がいつも言っている事だが、これが旅は縁を広げるってことなんだ。
三郎を少しだけ見直し羨ましく思った。
それから、彼女には三郎の幼少期から高校卒業するまでのことを話してあげた。
幼稚園のときに隣町で迷子になり警察に保護されたこと。
小学生のときに近くの川の源流を探して山に入り遭難しかけたこと。
中学生のときに自転車を乗ってどこかへ出かけ行方不明になり捜索願を出したがひょっこり帰ってきたこと。
高校生のときに国際科のある高校に入学して家から遠いため一人暮らしを始めたこと。
鈴を転がすような声で笑って、話が弾むと彼女はいつも呼んでいたのだろう、サブロー、サブローと話しをしていた。
短い時間ではあったが、いつのまにか俺たち兄弟の妹になっていた。
「お兄さん、そろそろ帰ります、今日は楽しかったです、また遊びに来ます、お父さん、お母さんにも会いたいし、絶対来るからね」
「楽しみに待ってるよ、君は俺たちの妹だから、遠慮しないで来るんだよ」
「うん、わかった」
彼女といっしょに家の外まで出た。
「ここで、いいよ」
「そっか、気をつけて帰るんだぞ」
「ん、じゃ、また」
手を振って見送る。
なぜだろう、すでに夏が過ぎ秋の虫が鳴き始めたというのに桜の花が舞い散る中を彼女が歩き去るような錯覚に陥った。
低い位置にあった月に一瞬気を取られた。視線を戻すと彼女の影はすでにない。
また、来てくれるだろうか? いや、必ず来るさ、俺たちの妹なのだから。
ふと、彼女が最後に見せてくれた写真を思い出した。砂漠の遺跡にたたずむ満面の笑みの三郎を。
サブローとナビが神殿で出会ったころのお話
次回、バレンナの気持ち