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116 気配さえ消せる男

 ◇


 ヨーマイン太守との約束に従って、バレンナ率いるサーナバラ軍が西のヨーマインの町を目指して出発した。残りの兵士たちは板ガラス販売のホスバが率いるサーナバラ商隊の護衛として、東のベリーグの町に向かって出発した。


 そして、サーナバラには俺とナビが残った。俺は、底なし沼の戻しと宅地と農地の造成の仕事のために。ナビは、俺がサーナバラから動けなかったので、再開した屋台食い倒れのために。


 バレンナたちには、仕事が終わったら駆けつけるから無理するなと伝えたが不安だ。唯一の安心は、ソルが魔素を産み出せるようになり、理屈は良くわからないが魔力補充が自分で出来るようになったことだ。ソルの魔力切れを心配しないで済む。さらに空気圧縮系の魔法が使えるようになった。あれには、ひどい目にあったけど。


 東西に出発するみんなを見送り、俺は沼と格闘だ。今日も泥だらけになりながら復元に精を出す。


「あと、もう少しか。のおおお」


 俺は腰に手を当ててのけ反って腰を伸ばす。屈み込んで魔力を沼に通すため腰が痛くなるからだ。


「ついでに少し休憩するか」


 沼から街道に出て、馬車がすれ違うためのスペースの端に座って休憩する。沼の戻しはあと少しで終わりそうだ。


 湿地帯をぼんやりと眺めていると、街道を通る馬車の音が聞こえてくる。音がする方向を見ると一台の2頭立ての馬車がパオースの町に向かっている。この辺では見かけない装飾が施された馬車だ。御者台には御者の他に護衛らしい武装した者がふたり。貴族の移動には心もとない護衛の数だが、貴人が乗っているのがわかる。


 馬車が、俺が休んでいる馬車のすれ違いスペースに寄せて止まった。馬車の人たちの声が聞こえる。


「奥様、旦那様の天幕はこの近くにあったのですが見当たりません。しかも天幕がひとつもないのが気になります。まずは、私めが町に行って調べて参ります。こちらで休んでいてもらえないでしょうか」


「……」


「はい、では行って参ります。お前たち、後のことは頼んだぞ」

「「ハッ」」


 御者の男が、馬車の中の貴人と話した後、護衛たちに向かって命令するとパオースの町に向かって歩き出した。


 護衛たちは俺をじろりと見るが、泥だらけの俺に危険はないと判断したのか、別の方向を確認するために馬車の反対側に回り込んでいった。


 休憩も取れたし、巻き込まれるのも嫌だから仕事を再開しよう。


 俺が腰を上げようと地面に手をつけると、馬車の扉が開いたので立ち上がるのを止めて少し見守ることにした。


 馬車の中からメイド姿の女性が出てきて、外をキョロキョロと見て危険な事がないかを確かめているようだ。メイド姿の女性は一度頷くと馬車の中に戻った。しかし、またすぐに姿を表し護衛の男になにやら指示を出す。


 護衛の男が馬車の後ろから踏み台を持ってきて馬車の扉の下に置く。メイドの女性が踏み台を確かめながら馬車から降りた。そして、メイドは馬車の中に声をかける。すると、馬車の中からもうひとりの女性が現れメイドに手を預けながら馬車を降りた。その女性は、仕立ての良さそうなドレスを着た若い女性だった。


「ずっと馬車の中というのも疲れてしまいますね。たまには、外の空気を吸わないと病気になってしまうわ」

「そうですわね奥様。それでは、お茶の用意をしたしましょう。少々お待ちくださいませ」

「お願いね」


 護衛の男たちは簡易なテーブルと椅子の準備を、メイドはお茶の準備を始めた。奥様と呼ばれた若い女性は、湿地帯の先を見ている。遠くに小さく見えるパオースの町を。


「旦那様は、こんなに遠くに来ていたのね」


 しばらく町の方向を見ていたが、湿地帯をぐるりと見回した。そして、俺と目が合った。若い女性の目が、玩具を見つけた猫のように感じた。好奇心旺盛で何にでも興味を持ち、想像力を支える理解力があり、社交的で魅力的な瞳をしている。ナビに似ている目だ。


 若い女性は、俺に声をかけようかと迷っている様子だ。俺の方向に一歩踏み出した。とその時メイドから声がかかった。


「お待たせいたしました、奥様。お茶の準備が出来ましたわ」


 若い女性は、少し残念そうな顔を見せて振り返りお茶が用意されたテーブルへと向かう。


 ちょっとドキドキしたな。良し、働くか。


 俺は立ち上がり沼に入った。そして、沼に手を挿し込み魔力を通して土をもとの状態に固めていく。


 ◇


 視線を感じる。俺が何をやっているのかを伺う視線を。俺は最後に残った底なし沼部分に魔力を込めて固める。


 ふううう、やっとこれで終わりかな。


 視線を無視して仕事をした成果だ。腰を伸ばして息を深く吐く。固まっていないところがないか確認のために俺は沼を歩き回った。確認を終えて街道に戻ると、若い女性が俺の近くまで来ていた。


「お前は、さっきから何をやっているのかしら?」


 泥だらけの俺に訊ねる。護衛たちやメイドは少し離れた所から俺たちを見守っている。すぐに近寄れる体勢で。


「戦いの後始末ですよ」

「戦い? それは王国とこの地の者たちの戦いの事かしら」


「そうですよ」

「どのような戦いだったのか知りたいわ。お前は知っているのかしら」


「怪我人はたくさんいたようですが、戦いで亡くなった人はいなかったって聞いてますよ」

「そんな戦いはあるのかしら」


 若い女性が首をかしげ、不思議そうな顔を見せる。


「なぜ、亡くなった人がいなかったのかしら」

「うーん、そうですね。王国軍の将軍が早めに降伏したからじゃないですかね」


「そう、でも誰も亡くなっていないのに降伏するのは貴族や騎士としてはどうなのかしら」

「英断だと思いますよ。戦いを続けいたら食糧難に加えて味方の反乱とかで全滅の可能性もあったかもしれないし、分析力と決断力があったのだと思いますけど」


「そう」

 若い女性は、なぜか嬉しそうな顔をする。


「詳しく知っているわね。お前も戦いに参加していたのかしら」

「まあ、遠くから眺めていただけですけどね」


「奥様」


 俺が若い女性の質問に答えると、メイドが若い女性を呼ぶ声がした。メイドの方を見るとメイドはパオースの町の方向の街道を指差している。


 街道を見るとこちらに走ってくる人影がふたつ。だんだん近づいてくる。


「リッテア」


 御者といっしょに町からやって来た男は若い女性に叫んだ。


「旦那様」

 若い女性が男に答える。息を切らしながら男は若い女性に近づいた。


「なぜ君がここに?」

「頭の良い旦那様が、そんな事もわからないのかしら」


「従者には、私を離縁しろと伝えたはずだが」

「ええ、聞いてますわよ。ところで旦那様は、なぜ私と結婚したのかしら。土地持ちの娘だから? 我が家を踏み台に出世したかったの、それとも……」


「いや、俺は……」

「旦那様の考えはわかっておりますわ。敗軍の参謀に世間は冷たいですわ。きっと戦いに負けた責任をと無理難題を言って来るに違いない、そして領地や利権を削られていくに違いない。そんな事になっては婿に入った家に不義理だ。追い出した形で離縁したら、何か言われても縁を切ったと知らぬ存ぜぬと家を守れると」


「……」

 男は顔を下げた。


「旦那様は、私と別れる口実が欲しかったのかしら」

「いや、それはない。そうではない、リッテア」


 男は若い女性を見詰めて即座に否定する。そんな男を若い女性は、真っ直ぐに見詰めて話をする。


「私は、旦那様が好きになり結婚しましたわ。家を守るためでもなく、誰かに指図されたわけでもなく、私が旦那様を好きになったのよ。てっきり旦那様も私を好きになって結婚したのかと思っていましたけど、私の勘違いだったのかしら」


「俺は、君に、君が幸せに……」


 若い女性は右手を伸ばし男の頬に触れた。


「旦那様、私が幸せかどうかは私自身が決めますわ。私は領地を母方のお祖父様に譲り、旦那様の身代金を持ってここに来たのですわ。これから先のことは旦那様が何とかしてくれるもの。そうでしょ」


「すまない、リッテア」

「旦那様、その返答ではいけませんわ。旦那様は私を愛していないのかしら」


 若い女性は男の頬に手を当てたまま、首を小さく左右に振る。


「リッテア、俺は君を愛している。ありがとう」


 男は両手を広げて若い女性に答えた。しかし、若い女性は男の頬から手を離し、人差し指で男の鼻を押さえるように触った。


「まあまあですわ、旦那様。さて、旦那様の最初の質問は何だったかしら」


「なぜ君がここにのことかい」

「そう、その質問ですわ。答えがわかりまして」

「ああ」

 男は頷いた。すると、若い女性は男の鼻から指を離して言った。


「そうよ。私が旦那様を愛しているからですわ」


 そう言って若い女性は男の胸に飛び込んだ。


 俺はサブロー。空気を読める男だ。そして時には、気配さえ消せる男だ。




パークさんの奥さんでした。サブローは空気と化しました。


次回、この状況の敗因


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次回更新は、2/21(火)の予定です。

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