114 ソルとイーテルの戦い
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「しゃきしゃき、歩けよ。軍は行軍に始まり行軍に終わる。行軍が出来ない軍は勝てない。歩け、歩け」
オドンが大声を出し領軍の尻を叩く。間隔がまばらな兵士たちに、指示を出し詰めさせる。
私は、馬上からその様子を見ていた。今日が訓練の最終日。南端の村までを往復する行軍訓練だ。小隊ごとに隊列を作り並んで歩く。ただ、それだけ。しかし、その行軍がままならない。小隊同士の間隔が詰まったり、拡がったり、とまあ上手くいかない。それを訓練するのが今回の目的だ。兵士たちの訓練ではなく小隊長以上の指揮する者たちの訓練なのだ。
「展開、整列」
サーナバラ村の南に広がる牧草地に、部隊を整列展開する。6中隊、術者隊、近衛隊、予備隊、そして護衛隊の合わせて240名が、馬上の私とオドンの前に整列する。
私がオドンに頷くと、オドンが大声で兵士たちに今後の計画を説明した。
「明日は一日休暇だ。そして、明後日の早朝に訓練場に集合してくれ。全6中隊、術者小隊、親衛小隊、予備隊の220名だ。王国の南地方の押さえに出発する。それから護衛隊も集合してくれ。ガラスを運んでベリーグの町に行ってもらう。では、解散」
「「「おうっ」」」
兵士はぞろぞろと官舎に帰るため南街道をサーナバラ村方向へと歩いていく。
「オドンさん、ご苦労様でした。私たちも休みましょうか」
「ああ、だがその前に打ち合わせしておこう。中隊長は集まってくれ」
引き揚げようとする中隊長たちを呼び止め集める。放牧地に立ったまま打ち合わせするようだ。私とオドンは馬から降り、馬を放牧地の管理人に引き渡した。
オドンは集まってきた中隊長たちに言った。
「すまないな。ちょっとだけ打ち合わせをさせてくれ。遠征の事だ」
頷く中隊長たち。ソル中隊の長は速剣のイーテルが務めている。本人は役目に不本意のようだが、もと傭兵たちは強い者に従う。特にソル中隊の面々にはその傾向が強い。イーテルは、役目も強くなるための試練だとソルに言われ渋々役目を受け入れていた。
私とソルと中隊長たちは牧草地に立ちオドンの話を聞く。
「まず、遠征軍の大将はバレンナだ。そして、副将は俺が中隊長と兼務する。術者小隊はバレンナ配下だが、ラズリが加わる」
「おお、それは頼もしい」
古参の中隊長同士が、術者隊が魔法で力負けする事はなさそうだと嬉しそうに話す。歩兵としては火魔法が飛び交うなかを攻めたくはない。
「そして、ソル殿はバレンナとラズリの側近として参戦する。名目はなんであれ、これでソルが参戦しないなんて日には暴動が起きそうで怖いがな」
イーテルが真面目な顔で頷く。
それを見た私は、暴動が起きて最初に暴れるのは、実は堅実なイーテルだったりしてと想像して可笑しくなった。
「遠征軍の体制は以上だ」
オドンが話は終わりだと言った。
「サブロー様とナビ様は参加しないのか」
新参者のイーテルが古参の中隊長に聞く。古参の中隊長の代わりに私が答えた。
「はい、ふたりとも参加するって言っていたんですけど、ホスバさんから村の増えた人たちの宅地と農地が出来るまでは村から外出禁止って話が出ているんですよ」
「ナビちゃんはともかく、サブローがいると戦力になるんだが仕方あるまい。村の仕事も大切だし。それに今回は負けないように戦えば良いだけだしな。南地方の連中が攻めて来たらのらりくらりと戦えば良いだろう。やばそうだったら逃げるだけさ」
私がサブロー兄さんとナビ姉が参加しない理由を答えると、オドンは今回の戦いの本音をぽろりと吐く。
「サブロー兄さんも言っていたけど、今回は無理して真剣に戦わなくって良いって。戦いに真剣も真剣じゃないもないんだけどね」
ハハハハと私。つられて古参の中隊長たちも苦笑い。
「まあ、俺たちもこんなに大人数で戦うのは初めてだから、無理するつもりは毛頭無いがな」
「うん、そうだよ」
うん、うんと古参たちと頷き合う。ソルはいつもの無表情だったが、イーテルだけはお前たち大丈夫かという顔して私たちを見ていた。
「話が終わったならば、ソル殿、手合わせをお願いしたい」
「承知」
イーテルが話が終ったと解釈してソルに言った。行軍訓練中も手合わせをしていたのでお馴染みの光景だった。ここ一ヶ月間の訓練では、案の定ソルに土をつける者は出ず、オドンが一番強そうなイーテルを中隊長に指名していた。イーテルはあまり人の上に立って指示を出すのが得意ではないらしく、他の小隊長たちに部下の兵士たちの面倒を丸投げしていた。イーテルは強くなる事にしか興味がないようだ。
ソルとイーテルが戦い易い場所に移って対面すると、放牧場に残っていた兵士たちがふたりの戦いを見ようと集まった。ソル中隊の兵士が多い。きっと彼らもソルと手合わせをする機会を待っていたのだろう。
ソルが腰の刀を抜くと私に預けた。そして、訓練用の木剣を二本用意すると一本をイーテルに渡した。そして、ソルは木剣に魔力を通し強化したのがわかった。
イーテルもソルに習い古参の中隊長に自分の剣を預け、木剣を構えて強化する。ふたりは一度お互いの木剣の剣先を打ち合わせた。
勝負開始の合図だ。そして、ソルとイーテルの戦いが始まった。
ソルが少し揺れた刹那、イーテルの間合いに入り右手一本で木剣を振るう。イーテルは木剣を当てて防ぐが、ソルの剣の威力が強いのか、自慢の剣速まで早めることが出来出来ない。イーテルの剣はソルにコントロールされている。
キンキンキン
上手いな、ソルは。相手をコントロールするんだよね。力に圧倒的な違いがあるんだよ。
イーテルは自分の得意な剣速を出せず、右手だけしか使っていないソルのますます強くなる剣の勢いに体ごと防御している始末だ。
キンキンキン
お互いの魔力で強化された木剣が合わさり本物の剣を打ち合うような音になっている。
余裕で木剣を振るっているソルが、左手を握ったり開いたりしている。
ソルが何かの技を出そうとしているのがわかった。イーテルもわかってなんとかしようとしているが、ソルの剣に合わせるのが精一杯なのがわかる。
キンキン、バゴーン
イーテルが剣を構えたまま吹き飛んだ。ソルの左手から見えない空気の塊がイーテルを持ち上げ吹き飛ばしたのだ。イーテルは何とか着地したものの体勢を崩していた。そこに、縮地で間合いを詰めたソルがイーテルの木剣を弾き飛ばした。イーテルが降参した。
イーテルを弾き飛した技は、きっとサブロー兄さんと開発した技に違いない。サブロー兄さんも壁に叩きつけられていたから。
魔法まで使えるようになって、ますます強くなっちゃったよ。イーテルの強化魔法にレジストされないくらい強力なんだね。
「イーテル、魔法まで使って悪い。少し慣れておきたかった」
ソルがイーテルに謝ると、なぜかイーテルは嬉しそうに問題ないと答えた。オドンが小声で訳を教えてくれた。
「ソルが自分だけに魔法を使ってきた。使っても大丈夫と信頼された証だ。ってイーテルは感じたと思うぞ。ソルに信頼されたと思えるのが嬉しいのさ」
ソルとイーテルの訓練を見ていた者たちが、ふたりの戦いの勝負がつくとソルにお願いした。
「ソルの姉さん、俺たちにも訓練つけてくれ」
「問題ない。皆で来るが良い」
「「「おうっ」」」
するとイーテルとの練習を見ていた10人ぐらいが木剣を構え、ソルを取り囲んだ。
何かの本で、中世の軍隊で一番難しいのは行軍と読んだ記憶があります。想定された地点に決まったタイミングで集結できるかが行軍です。
次回、ソルに勝った!