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113 お会いしたかった

 ◇


 俺は、サーナバラ温泉ランドの管理棟の一室でシスターにふたりを紹介する。


「シスター、今日からサーナバラ温泉ランドで働いてもらえることになった。庭師のガウス・ベイザーさんと司書のパーク・バングリンさんです。おふたりはシスターの下で働いてもらうことになります。後ほど詳しく説明しますがよろしくお願いしますね」


「サブロー様、わざわざ、ありがとうございます。わかりましたわ。ベイザーさん、バングリンさん、女の身の私があなた方の上役などとやりにくいことがあるかと思いますが、よろしくお願いしますね」


 もと将軍のガウスに先に挨拶をさせようと待っていたが、彼が固まっているのを見て、もと参謀のパークが先にシスターに挨拶をする。


「シスター、私はすでに身分は捨てた身です。今日からはパークと呼んでくださって結構ですよ。それに上役が女性だからといって問題はありませんよ。むしろ男の上役の方が問題が多いぐらいです」


 パークはちらりと横にいるガウスを見るが、まだ固まっているのを確認すると話を続けた。


「ここでは、身分の分け隔てなく孤児や町や村の子供たちに文字や計算などを教えているとか。私は良く館の子供たちにそれらを教えておりましたよ。それもなんの問題もありません」


「そう言っていただけると嬉しいですわ。サブロー様の指示があって始めた事でしたが、今は大変感謝しています。子供たちが毎日活き活きとした顔を私に見せてくれるんですよ」


 パークは再びガウスを横目で見るが、ガウスはシスターをじっと見詰めたまま固まっている。


 俺たちは、一向に挨拶をしないガウスを放置して話を進めた。どの場所に図書館を造るとか、細部は大工の棟梁と話して決めて良いとか、書籍はパオースの商人に買い集めてもらうこととかにつていて一通り話した。書籍を収集している間は、パークには読み書き計算の先生をしてもらうとなった。


「失礼かもしれませんが、パークさんって結構柔軟な考えの持ち主ですよね。南地方の方ってみなさんがそうなんでしょうか」

「どうして、そう思われたんですか」


「貴族の方って、こう、こんな事は貴族のやる事ではない。って怒られるかと」

「ハハハハ、貴族の中にはそんな方もいるかもしれません。ですが私は田舎育ちですから。それに本の中の事ですが古代王国には、このような政策を取ったと書いてあるものもあったのですよ。むしろ私は先人の事業を引き継ぐようでワクワクしていますよ」


 話終えたパークがガウスの顔の前に手をかざしてヒラヒラとさせた。さすがに挨拶もしない事に異常さを感じてガウスを正気に戻そうとした。俺とシスターはそれを見守る。ガウスを正気に戻すのは付き合いの長いパークだろうと思ったからだ。


「ガウス殿、ガウス殿、どうされたのですか。先ほどから少し変ですよ。体調でも悪いのですか」


 ガウスはゆっくりとパークの方を向き、そしてまたシスターへと視線を戻した。ダメかなと誰しも思った瞬間、ガウスが声を出した。


「母上」


「「?」」

 はあ、 今、なんて言った。


「母上」

 ガウスがもう一度言った。


 俺とパークはガウスの視線の先、シスターの後ろに誰かいるのかと見る。シスターも俺たちの視線につられて後ろを振り返った。


 いや、俺には何も見えない。


 パークを見ると、パークは首を左右に振る。彼にも何も見えないようだ。シスターも振り返りから姿勢を戻したが首を傾げている。


 あらためてガウスを見ると、ガウスはシスターを見詰めている。


 まさかな。


 ガウスは突如立ち上がると、シスターの側に行き片膝を床に着けて、シスターの手を取り、その手の甲に自分の額を着けた。突然の事に俺たちも動けなかったし、シスターも呆然とされるがままだった。


 ガウスはゆっくりとシスターの手から額を離し、シスターを見詰めて言った。


「母上、お会いしたかったのである」


「「「ええぇぇ」」」


 いやいや、どう見ても将軍ガウスのあんたの方が年上だろう。いやまてよ、ひょっとしてふたりの見た目は合っていなくて、実はガウスは10歳台、シスターは40歳台とか。いや、ないない。


「わ、私ですか。私には子供はいません。手を、手を離してください」


 シスターは手をガウスから振りほどこうとするものの、ガウスが逃げられないようにガッチリと押さえている。


「いや、離さないのである。もう二度と離さないのである」


 シスターが赤い顔をして俯いてしまった。普段からあまり男っ気の無いシスターが男に手を握られ、もう二度と離さないと言われたのだ。あうあうと言っているシスターが可愛い。最初に会ったときは疲れが顔に滲み出ていて、中年のおばさんと思ったものだが実際のシスターはそれほど年を取っている訳でもなく、普通に若い女性だった。


 そんな困っているシスターを見ながら俺は、不謹慎にもシスターも乙女なんだなあと眺めていた。


 ハッ、いかんいかん。シスターを助けねば。


「ガウスさん、ガウスさん、誰がどう見てもガウスさんよりシスターの方が若いですよ。母上じゃないと思います」

「そうですよ。将軍、いやガウス殿。若い女性を困らせるのは貴族、いや男として如何なものかと思いますよ」


 俺とパークは立ち上がり、ガウスをシスターから離そうと抑え込もうとする。しかし、このガウスという男、叔父から力を持たないよう周囲と切り離されていた間に、己の肉体は鍛えていたらしい。押さえた手には、服の上からでもがっしりした肉体であることがわかった。俺たちふたりがかりで彼を動かそうとしても、びくともしないのだ。


 なんてこった。お腹がぷよぷよな貴族と思っていたが誤算だ。ええぇ、ままよ。


「母上が痛がっていますよ。離さないと嫌われますよ」

「ハッ、嫌われたくないのである」


 そう言ってガウスはシスターの手を離した。シスターが恥ずかしいのかずっと俯いていたのが良かったのだろう。


 俺とパークはガウスを押して椅子に座らせた。俺は、シスターをじっと見詰めるガウスの横顔をバシッと叩く。


「ガウスさん、目を覚ましてください。あなたの目の前にいる人はシスターと言って、あなたのお母さんではありません」

「そんなはずはないのである」


 ガタッ


 ガウスが椅子から立ち上がろうとしたが、俺とパークで押さえつける。


「良くシスターを見てください。あなたより若いですよね。あなたの方が歳が上なんですよ」

「ガウス殿。正気に戻ってください」


 シスターが俺たちに見られ恥ずかしそうにしている。ガウスはシスターを見て、パークを見て、俺を見る。そして、ガウスから力が抜けた。


「そうであるな、我輩の母上はすでに次の世に旅立っていたのである。シスター、シスター申し訳ないのである。あまりにも我輩の母上に似ていたもので気が動転してしまったのである」


「ええ、最初はびっくりしましたけど。ですが、大好きだったのですね、お母様のことが」

「そうなのである。いつも優しい眼差しで我輩の事を見守ってくれていたのである。母上を守りたくても幼き頃のこと故に、それも出来なかったのである」


「これも何かの縁です。私も協力しますから庭師のお仕事頑張ってください」

「すまないのである。我輩のことはガウスと呼んでくれば良いのである」

「わかりました。ガウスさん」


 もう、ガウスは落ち着いたみたいなので俺とパークは彼から手を離し、席に戻って座った。


「シスター、お願いがあるのである」

「何でしょう。私に出来ることであれば」


 ガウスはシスターを見詰めて言った。


「我輩にシスターを守らせてもらいたいのである。一生守ると誓うのである」


「ガウスさん」

 シスターは、ガウスにそう言われると再び顔を紅くして下を向いてしまった。


 おい、ガウス。誰がどう聞いても、それはプロポーズだろ。


 パークも苦笑いをしている。俺はパークに聞いてみた。

「ガウスさんって、独身?」

「はい、独身ですね。例の叔父が結婚で力を持たないよう見合いもさせなかったようです」

「そうですか、じゃあ……」

「問題ないですかね」


 俺とパークはお互いに顔を見合せ頷き合う。


 良い縁となると良いな。




世の中には似た人が、3人いると言います。


次回、ソルとイーテルの戦い

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