112 領主をやっているサブローです
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南地方の貴族の従者たちが、続々とパオースの町を訪れている。もちろん自分の主の身代金を支払うためにだ。
戦いによって捕虜になった南地方の貴族たちは、かなり自由に過ごしていた。南地方にはない料理に舌鼓を打つ者、サーナバラ温泉ランドで温泉を堪能する者、サーナバラタワーで日がな一日ぼうと遠くを眺めて過ごす者。なぜ、これだけ自由なのかと言えば、貴族の矜持にかけても脱走などできないのだ。まだまだ、南地方の貴族たちには貴族の戦い方が残っていた。
そして身代金を支払った貴族は釈放となり、さらに自分の武器防具や馬を買い戻し、意気揚々と南地方へと帰って行く。まるで自分は戦いに勝ったのだと言わんばかりに。
パオースの町から王国へと繋がる湿地帯の街道にずらりと並んでいた捕虜たちの天幕もひとつひとつ消えていき、残るはふたつの天幕のみ。
ひとりは南地方の貴族たちから将軍と呼ばれていた男だ。南地方でも力を持っている貴族の一門の男なのだが、一門の長である叔父から身代金の支払拒否とともに一門からの追放の知らせが従者によってもたらさせれた。
「承知したのである」
とパオースに伝えに来た従者に答えた。労いののち従者を故郷に帰した。そして何が面白いのか、この男は一日中、俺の近くに座り続けて俺の仕事を眺めている。そして、たまに声をかけてくる。
「今日は何をやっているのであるか」
「今日も昨日までといっしょで、沼をもとの固さに戻しているんですよ。このままだと、町の住民が沼にはまってしまったら事故になりますから」
「そうであるか。この町の支配者は住民に優しいのであるな」
俺が提案してやってしまった事なのでもとに戻さないとね。事故になったら寝覚め悪いし。
「はあ」
俺は、気の抜けた返事をして作業を続ける。じっと見られているので非常にやりづらい。休憩がてら俺は男の隣に腰掛けて会話することにした。
「あの、これからどうするんですか」
「パオースの町の支配者たちには、身代金を払えないことは伝えたのである。何かしら沙汰があるのである」
「逃げないんですか」
「なぜ、逃げなければならないのか理解出来ないのである。それは民の考え方であって貴族の考え方ではないのである」
「そんなもんですかね。でも、あなたの一族は身代金支払を拒否したと聞きましたよ」
「……」
「それは、厄介払いが出来るからですよ」
俺たちが座っている後ろから声がかけられた。振り向くと、もうひとりの南地方の貴族が立っていた。
「将軍、申し訳ありません。話が聞こえてしまい」
「良いのである、貴公は帰らないと言うがそれで良いのであるか」
「敗軍の参謀である私が戻っても、南地方に私の居場所はないでしょう。今の家には婿で入った身、妻には身代金など払わずに私を離縁しろと伝えました。むしろ、そうした方が周囲の貴族たちから侮られないでしよう」
「そうであったのであるか。貴公はこれからどうするのであるか」
「そうですね、首をはねられるのか、どこかの鉱山に売られることになるのか。いずれにしても将軍のお供をしますよ」
「すまないのである」
パオースの町でもベリーグの町でも、奴隷を見たことはない。見ても気が付かなかった可能性もあるが、王国と違い商人としての気概なのか、奴隷を良しとしない風土なのか。
「この町では、奴隷を見たことがありません。もっと違う方法じゃないですかね」
「そうであるか。では首をはねられのであるな。また、それも一興なのである」
いやいや、そういう事ではなくて。しんみりするのは嫌だ、厄介払いの話に戻してみよう。五十歩百歩だろうか。
「将軍さんは、厄介払いで身代金が払われないってどういう事ですか」
「将軍、申し訳ありません。つい」
ん、触れちゃまずい話だったのだろうか。
「いや、良いのである。この地の術者に話を聞いてもらうのも一興なのである。我が一門はもともと我輩の両親が一門の長であったのである。しかし、我輩が幼きおりに流行り病で亡くなった。当時幼かった我輩を育ててくれたのが叔父上なのである。今回の東征は叔父上の命、この敗戦は叔父上の顔に泥を塗ったのも同然、叔父上が身代金など払わぬのが道理なのである」
「そうだったんですか」
俺は、そう返すだけにしたが、どう聞いてもその叔父は怪しい。将軍の両親を亡き者にして一門の実権を握ったとしか思えない。あやしげな小説の読み過ぎだろうか。だが、将軍の話を黙って聞いていた参謀は何か言いたげな様子だ。
「この話は、これまでなのである」
将軍はこの話を切った。これ以上触れられたくないのかも知れない。
ふたりの話を聞いていると、敵だったといっても普通の人たちに感じて情も移ってくる。もう少し知りたくなった。
「おふたりは、趣味とかはあるんですか」
「趣味であるか。我輩はこれといった趣味はないである。せいぜい庭に出て庭師の真似事をするぐらいである。叔父上には良く怒られたものである。貴族が庭師の真似事をするとは何事であるかと。今から思えば我輩には友人との付き合いがなかったのである」
「それは将軍の叔父上がそう仕向けたのでしょう。友人を作らせず力を持たないように」
俺もそう思う。でもなぜ、今回はそんな将軍に東征の命を授けたのだろう。ふたりに質問をぶつけてみた。
「それは、対抗勢力の巻き返しですよ」
「今頃、叔父上は小躍りしているのである」
いろいろな人間の思惑でここまで来たふたりだが、また、彼らもその思惑に乗り彼ら自身の望みを叶えようとここまで来たのだろう。
「参謀さんは何かを」
俺は、参謀にも趣味は何かと聞いてみた。
「私は読書ですかね。妻の実家の書庫には素晴らしい量の本がありましてね。それを読むのが楽しみと言えば楽しみでしたね。あれがもう、読めなくなると思うと残念です」
本か。俺もこの世界に来て全然本なんて読んでないな。この世界の本にはどんな物語りが書いてあるのだろう。サーナバラ温泉ランドにも図書館がほしいものだ。
あっ、そうだ。
「おふたりとも、働きませんか。貴族のままの生活とはいかないと思いますが」
「働くであるか。鉱山送りとなるならば死んだ方がましと聞くのである」
「いやいや、働く場所はあそこですよ」
俺は、サーナバラ温泉ランドを指差した。不思議そうな顔をするふたりに、サーナバラ温泉ランドを知っているかと聞くと、ふたりが頷いた。それを確認して俺は説明を続ける。
「サーナバラ温泉ランドに庭園や、図書館を作りたいと思っています。よければ、そこで庭師や司書、教師として働きませんか」
「面白そうなのである」
「参謀さんは?」
「私もかまいませんが、身代金が払えなければ、そんなことは難しいのでは」
「そこは大丈夫だと思います。ではふたりとも働いてもらえるということでよろしいですね。手続きは今日中にしておきますんで、早速ですが明日からでお願いできますか」
「そんなことが出来るのであるか」
「あなたは、一体何者です」
ふたりは、怪訝そうな顔で俺を見る。
「俺は、サーナバラで領主をやっているサブローと言います。これからよろしくお願いします」
俺は、ふたりに頭を下げた。
サブローは庭師と司書をゲットしました。予定では、この人たちではなかったのですが。
次回、お会いしたかった