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107 そんな話あったよな

 ◇


 男が剣を振り回しながら戦いの場に出てくる。しかし、ソルは木剣を地面から抜かず、じっと男の剣筋を見つめている。


 男は剣を正面に構え直しソルに向かう。ソルは立っている。見ている者たちの誰もが、これはマズイと思った。この男は本気で斬りかかると。


「メイドの姉さん、降参するなら今だ。いくらかは身体強化しているようだが、骨折ぐらいは覚悟してくれ」

「問題ない」


 うーん、たぶんソルは身体強化していないと思うよ。術者じゃないし、強いだけだから。


 私は、隣で戦いを見ている古参の男に小声で話しかけた。

「身体強化はないよね。ソルが強すぎるだけで」

「ないですよ。なんか懐かしいですね」

「え、何がです」


「バレンナ様はなかったですか。ソル殿は身体強化が出来るから強いんだって思った時期が。俺はオドンさんほどじゃないけど、喧嘩には自信があったんですよ。でも、全然ソル殿の相手は出来なかった。悔しいやら悲しいやら、でもわかったんだ。ソル殿が強すぎるんだって。それからだよ、少しでもソル殿に追い付きたいって思ったのは。だから、あの放牧地での魔獣との戦いは痺れたよ。人はこれほど強くなれるんだって。俺、頑張るよ、バレンナちゃん」


 古参の男は笑顔で私を見てくる。いつもは私をバレンナ様って呼ぶのだけれど、話をしているうちに興奮したのか南端の村にいたときの呼び方になっていた。


「うん、頑張ってね。でも、もう中隊長だから無理はダメだよ」

「はっ、そうでした。自分だけ強くなってもダメですよね。中隊が強くならないと」

「そうそう、フフフフ」

「ハハハハ」


 私は古参の男と笑い合う。オドンがこちらを向いて怪訝な顔をしたのが見えて、私たちはふたりとも俯いて笑いを噛み殺した。


「どうした、降参しねえのか」


 剣を構え額から汗を流す男は大声を出した。私はその声でソルの戦いに引き戻された。


 男は戦いあぐねて声を出したようだ。男は覚悟を決めた顔で剣を振り上げ一歩踏み出した。


 ぐえっ


 男が宙を舞い背中から地面に落ちた。


 見ている者たちがざわめく。

「なんだ、今のは」

「あれは、縮地だな」

「ああ、剣を振り上げた一瞬で間合いを詰め、足払いしたようだ」

「あんたら、あれが見えたのか」

「まあな」

「とんでもねえ、メイドだな」


 オドンが次々とソル相手を呼び出す。しかし、次々と素手でソルに倒されてしまう。


「なんだ、お前たち。メイドにも勝てねえのか。情けない……じゃあ次」


 オドンがぼそっと、まあ俺も勝てねえがなって言った口元が見えた。オドンと目が合うとオドンはおどけて片眉を吊り上げた。


 次は短槍を持った男が出てきた。見ている者たちは、すでに観衆となっていた。


「メイド殿、参る」


 ソルが地面に刺さった木剣を引き抜く。観衆がざわめいた。ソルが木剣を使うからだ。ふたりが対面し戦いが始まった。


 カンカンカン


 男の短槍を弾くソルの木剣の音が戦いの場に響く。誰もが、急所を狙う短槍の軌道とそれを弾く木剣の動きに目を奪われている。


 男の体が回転し短槍の柄で強打に出る。ソルは木剣を短槍の柄にあてがい短槍の軌道を変え力を殺す。


 一旦、男は後ろに下がり間を開けた。深い一息を吐くと短槍の柄の端に持ち手を移動させた。浅く息を吸い、男は踏み込んで短槍を突き出した。


 ソルも男に合わせて踏み込んだ。


 カン


 音とともに、ソルの体が突き出された短槍に沿ってくるくると回転しなから男に近づく。そして、男の目の前でソルの木剣がピタッと止まった。


「参った」


 男が降参した。


 観衆から感嘆の声が上がり始める。

「こっちの息が止まるぜ」

「ふたりとも、すげえな」

「あのメイド、強えじゃねえか」


「あれっ、強い、メイド、どっかでそんな話あったよな……ああぁぁ」

「なんだよ急に大声出して」


「思い出したんだよ。メイドの話を、ヨーマインの防衛戦の話を。女傭兵ひとりで敵軍600を相手にしたって言う話を。そして、その女傭兵、実はメイドだったって」


「おい、おい、その話ってデマじゃなかったのかよ。笑えねえ下手くそな作り話って」

「まさか……」

「まさかな……」


 ざわざわと観衆にヨーマインの女傭兵の話が広がっていく。


「大将、聞きたい事がある」

「なんだ、中隊長になりたかったら並べ」


「いや、そうじゃねえ。メイドの姉さんのことだ。その姉さんはヨーマインの防衛戦の女傭兵なのか?」


「違う、傭兵じゃないぞ、バレンナ様の側近だ」

「そうか、傭兵じゃあないのか」


 聞いた本人も周りの者たちも、なぜかオドンの返答に落胆する。静まりかえった中、オドンが話を続けた。


「だが、ヨーマインの防衛戦をひとりで戦ったのはソル殿だ」


 その言葉を聞いた観衆が、一拍置いて爆発した。雄叫びをを上げる者、ソルを英雄のように見る者、そして、本当に強いのか見定めようとする者。


 ただ、もと傭兵たちは、強い者に憧れ尊敬するのだ。そして、目の前に強い者がいる。


「どうだ、ソル殿と戦って中隊長になりたい奴はいるか」


 オドンがソルに挑戦しようと並んでいる者たちに問いかける。並んでいる者たちは交互に顔を見交わせ列から離れていった。


「もう、お終いか」

「「「……」」」


 静まった観衆の中から、ひとりの男が剣を持って立ち上がった。


「ソル殿と手合わせ願いたい」


 オドンがソルを見るとソルが頷く。


「良し、いいぞ。前に出てこい」


 男が戦いの場に出てくると剣を構えソルと対峙した。ソルも珍しく木剣を構えた。


「おい、あの男、速剣のイーテルじゃねえか」

「そうだ、あいつもこの軍に入っていたのか」

「なんだ知っている奴か、強いのか?」

「ああ、強い。べらぼうに剣回しが速いんだ」


「うるせいぞ、静かにしろ」

「「……」」


 話をしていた男たちが周りから静かにしろと言われる。

 男もソルも剣を構えたまま動かない。戦いの場が静まりかえった。


 観衆の息の音も聞こえないほどの静寂が続く。


 男の剣がゆっくりと上段に持ち上がる。そして、振り下ろされた。ソルの構えた木剣が打ち切られ、切られた木剣が飛ぶ。


 ソルは、動かない。


 男は振り下ろした剣を上に払い、ソルの顔面を狙って紙一重で剣先を通過させた。


 ソルは、避けもしない。


 上段まで振り抜いた剣を、男はソルの顔面紙一重で振り下ろした。


 ソルは、切られた木剣をゆっくりと下ろした。


 男は剣を構え直しソルに言った。


「ソル殿、どうしたら強者を極められるのかを問いたい」


「意志あるところに道はある」


 男はしばらくソルを見つめていたが、剣を鞘に戻し一礼してソルに言う。


「ソル殿、私はあなたの部下になりたい。どうしたら良い」


 再び、観衆が爆発した。ふざけるなと怒声を発する者、俺も部下にしてくれと頼む者、ふたりのやり取りにわく者。


 オドンが手を打ち鳴らし、静かにしろと怒鳴った。すると徐々に静かになる。


「今日の訓練はこれで終了だ。明日も午前は領主様の指示で作業となるが午後からは訓練とする。それから、中隊長になりたい者はソル殿に戦いを申し込んで、他の中隊長立ち会いのもと戦いをする事。1ケ月以内に決まらなかった場合は俺が指名する」


 オドンの言う事を聞いている者たちが頷く。


「そして、中隊はソル殿の配下として最強中隊を編成する。もちろん給金も多くだす。みんな最強中隊に入る事を目指して訓練してくれ。以上解散」


「「「おうっ」」」


 訓練場に大きな声が響き渡った。




ソルがヨーマインで戦った噂話は予想以上に広がっていました。


次回、軍を出してほしい

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