106 悪いが俺が中隊長だ
◇
「と言うことだ。わかったか野郎共」
私たちの前に数歩出ているオドンが、領軍の組織編成について説明した。強面の男たちが、オドンの前の地面に好き勝手に座ってオドンの話を聞いている。少ない女性たちは一団に固まっている。
「聞きたい事のある奴はいるか」
オドンが声を張り上げると、男が座ったままオドンを見上げて聞く。
「おう、あんたが大将ってのは良くわかった。それから中隊長ひとりと、各小隊長を俺たちの中から選ぶってのもわかった。聞きたいのは誰がどうやって隊長を選ぶかだ」
男の周りからも、そうだそうだとささやく声が聞こえてくる。
「小隊長については、1ケ月間の訓練を見て中隊長たちで選ぶ。言い忘れたが中隊も小隊も各副長も決めるからな」
役付きが増えた事で軍の中にどよめきが起こった。単純に5人にひとりは役付きになれるのだ。
「静かに。それから、もうひとりの中隊長の決め方については最後に説明する。他に聞きたい事がある奴」
「あたしらも男に混じって頑張れは役付きになれるのかい」
女性の一団から声が上がる。
「もちろんだ。女はその他に別の隊がある。バレンナ様の近衛隊でソル殿の配下になる。1ケ月後にどちらでも好きな方を選べ」
オドンは、私とソルに手を向けて説明する。大勢に見つめられて恥ずかしくなった私は少しうつ向いた。そして、私の横にいるメイド姿のソルに注目が集まる。
「そのメイドのお嬢ちゃんの配下になるってことかい」
「そうだ」
それを聞いた男たちが、女たちを冷やかす。
「お前たちもメイド服が着れて良かったじゃねえか」
「似合うかは別だかな」
「大将、おれもメイドの姉ちゃんの配下にしてくれ」
「女どもはメイドで十分だろ」
「なんだって、あたしらとやるって言うのかい」
「あそこも満足に立たない癖に、口先だけは立つんだね」
「なんだとっ」
「何言ってんのさ」
男の一団と女の一団が口々に罵り合い、睨み合う。オドンは手を数度叩いた音で注目を集める。
「お前たち、静かにしろ。他に聞きたい事がある者は」
睨み合いが続いている。誰も質問する者はいない。それを確認してオドンが説明を続けた。
「それでは、最後だ。中隊長の選び方だ。中隊長になりたい者は、そこの旗の前に並べ」
真っ先に並ぶ者、何が起こるのか見定めようとする者、仲間を誘って並ぶ者。
「よし、並んだな。これからソル殿と戦って最初に勝った者が中隊長だ」
オドンがそう言い、ソルがオドンの前に出ていく。すると、旗へ一番目に並んだ者からは喜びの大声が、二番目以降に並んだ者たちや並ばなかった者たちから怒声が上がる。その騒ぎをよそに、オドンたち中隊長は座っている者たちを下がらせて戦いの場を作る。
「うるさいぞ、お前ら静かにしないか」
「そうだ、そうだ。うるさいぞ、お前ら。悪いが俺が中隊長だ」
オドンが煩いと怒ると、それに合わせて一番目の男が周りの男たちを挑発する。
男たちが騒々しくしているのを無視して、オドンは戦いのルールをさらに大きな声で説明する。
「お前も、静かにしろ。それでは戦い方を説明するぞ。武器は何を使っても良い自由だ。素手でも良いぞ。勝てるまで何度並んでも良いからな。足の裏以外が地面に着いたら負けだ。降参しても負けだ。なお、ソル殿に怪我させても咎め無しだから心配するな」
オドンはそう言うと持っていた木剣を、ソルの顔面目掛け勢い良く投げつける。それを見ていた者たちは、木剣がソルの顔面に当たると思い息を呑む。
「「「?」」」
気がつくとソルが木剣を持って立っている。
「やっぱり、ダメか」
オドンは本気で投げたみたいだけど、ソルの動きがまた早くなっちゃったよ。ソルの目の前で木剣がくるりと回ったのまでは見えたのに、そこからどうなったのかは全然わからなかったよ。今のを何人が見ていたのかな?
「では、並んだ順に始めろ」
オドンが開始を宣言した。
一番目の男は、オドンとソルの遣り取りは見ていなかったようだ。周りの羨ましがる男たちを尻目に戦いの場に出て来てソルに言い放った。
「メイドの姉ちゃん、少し痛くするが許してくれ」
男は剣を抜かずソルに近づいて掴もうとする。ソルは地面に木剣を突き刺す。
「問題ない」
ソルは掴もうとする男の手を捕まえ捻ると、男の体が一回転し地面に転がった。地に転がりきょとんとする男。自分に何が起こったのかわかっていないようだ。
「次」
オドンの掛け声とともに爆笑が起きた。
「お前は間抜けか、ワハハハ」
「口ほどにもない奴、ハハハハ」
「ハハハハ、投げられてやんの」
「ちょっと、待ってくれ。今のはちょっとした油断なんだ」
「次だ。お前は殺されてから、ちょっと待ってくれって言うつもりか。もう一度勝負したいなら並べ」
オドンが男に言うと、男は立ち上がり悔しいそうな顔をして列の後ろの方に歩いていく。周りの者たちから嘲笑を浴びながら。
「次」
オドンの声が響く。
次の男が出て来てソルに言う。
「メイドの姉ちゃん、俺は油断しねえぜ」
次の男も剣を抜かずソルに掴みかかろうとした。すると、次の男もごろりと転がされる。嘲笑される男。しかし、次々と転がされる者たちが続くと笑いが少なくなり、見ている者たちの目に真剣さが増していった。
「次だ」
オドンが言う。もう大声ではない。
「メイドの姉さん、俺は剣を抜かさせてもらうぜ。悪いな、恨まないでくれよ」
「問題ない」
男は剣先をソルに向けて、じりじりと寄っていく。ソルは下がらない。男の剣がソルに触れようとした瞬間、男の剣が何かに弾かれて地面に落ちた。呆然とする男。
ソルは少し首を傾げ、どうすると目で男に問いかける。
男がソルに注意しながら剣を拾おうした一瞬、ソルに間合いを詰められ肩を引かれて転がった。
「おおぉぉ」
見ている者たちから感嘆の声があがる。
「次」
オドンが次の者に声をかける。
「メイドに怪我させても良いんだな。俺は他の者とは違って真剣にやらせてもらう」
男が剣を試し振りしながら前に出てきた。
中隊長選びが続きます。
次回、そんな話あったよな