103 王国軍との交渉
◇
敵軍の騎士が白旗を持って町の門に近づいて来る。それを見たガンオが大声を出し、町を守る者たちに命令した。
「戦闘停止、持ち場に待機」
さらにガンオは私に言った。
「バレンナ、タワーとサブローに戦闘中止を連絡してくれるか。ここは俺たちだけで十分だ」
「わかりました。それじゃあサーナバラに戻りますね」
「おう、頼んだぞ」
「はい」
私はオドンといっしょにサーナバラに戻る。本当は刀を使って連絡出来るのだが、サブロー兄さんがその事は誰にも秘密だよと言っていた。いざという時のサーナバラの力になるのだからと。
(もしもし、ラズリ。戦闘停止だって、私も一旦タワーに行くよ)
(ん、もしもし、わかった)
取り敢えずラズリに連絡して攻撃を停止させる。下手に攻撃して話がややこしくなっても困る。
私はオドンと敵軍に注意しながらサーナバラへの道を馬で駆け抜けた。
◇
オドンを領軍の取りまとめのために地上に残し、私はサーナバラタワーの上に出る。すると、サブロー兄さんが横になって悶絶していた。
何? 何があたったの。
タワーの上には、ラズリ、ナビ姉とサブロー兄さんが待っていた。
「ラズリ、まだまだ脇が甘いよ。この角度だよ」
ナビ姉はラズリの肘に手を添えて何かを教えている。体術かな? 私も後で教えてもらおうっと。
「ナビ姉、ラズリ。敵軍から使者が来たよ。途中まで聞いていたけど停戦交渉しに来たって言っていたよ」
「やったあ。これで戦も終わりかな。夜はゆっくりと寝れてお肌もピチピチになるかな」
「ん、大丈夫」
「そうだ、町の屋台が営業再開したら、串焼食べられるよね。ラズリ、再開したらすぐ行こう。そしてコネロドさんの店にも行って、甘い物も食べようね。バレンナもいっしょだよ」
「ん、甘味は大事、すぐ行く」
「ハハハハ、ナビ姉もラズリも気が早いよ。こういう交渉事って時間かかるんじゃないの」
「えー、そういうのはサブローにやってもらおうよ。いつも、楽しているんだから」
「ん、サブロー兄で十分」
ふたりとも酷い言いようだよ。サブロー兄さんを見るとまだ呻いている。ちょっと可哀想に思えた。
「サブロー兄さんに全部押し付けるのはどうかと……」
「あ、ありがとう、バレンナ。でも、大丈夫だ。面倒な事はホスバに任せてあるから。俺たちは俺たちの仕事があるから」
サブロー兄さんがお腹を押さえながら立ち上がる。サブロー兄さんがよろめくとラズリがサブロー兄さんの背中を支えてあげた。支えるのに邪魔な小刀を手に持ち替えている。
「私たちの仕事? ナビ姉も、ラズリも、私も」
「ああ、みんなだよ。ソルもオドンたち領軍のみんなも、トアちゃんとフィナちゃんもみんなだよ。とにかくサーナバラのみんなで仕事だよ」
「えー、仕事するのやだなあ。私は、温泉入って美味しい物が食べられれば、それだけで十分だよ」
(ナビ、謝れ。世界中の一生懸命仕事している人たちに謝れ。そして、たまには働け)
「?」
あっ、サブロー兄さんを支えているラズリが刀に魔力を通しちゃったから聞こえるんだ。サブロー兄さんの心の声が駄々もれだよ。私もサブロー兄さんみたいにならないように気を付けないと。ラズリありがとう。
「ん」
ナビ姉が続ける。
「サブローも、そう思うでしょう。もともとサブローも美味しい物と温泉三昧のつもりだったもんね」
「そうです。その通りです。世の中の皆さん、すいませんでした」
「?」
ナビ姉が、サブロー兄さんが急に謝ったので首を傾げている。きっと、これが分かるのは私だけなのだろう。そう思うと急に可笑しくなって笑う。
「「「?」」」
笑いの壺にはまったのか、私は笑いが収まらず長い間ずっと涙を流しながら笑っていた。
◇
しばらくして、ホスバからパオースの町と王国軍との交渉がまとまったと連絡が入った。サーナバラの村からは代表でホスバが参加していたのだ。
交渉結果は以下の通りと決まった。
・即時停戦
・王国軍の貴族、騎士はパオースの捕虜
・王国軍の貴族、騎士以外は即時解放
・捕虜は身代金支払時に解放
・捕虜解放までの心身保障および衣食住の提供
・捕虜がヨーマイン太守に忠誠を誓えば身代金免除および即時解放
・捕虜の武器防具馬の没収および一定期間保管(買戻期間設定)
・捕虜との面会の自由
・上記以外の事項はパオースの町と捕虜代表により交渉
交渉が決まるとすぐに、停戦連絡と身代金交渉のため従軍した従者たちが南地方と東地方の諸侯家のもとへと走った。
時を同じくして、停戦と東地方の諸侯のヨーマイン太守配下への組入の報せが、ヨーマイン太守のもとにも届けられた。早速、ヨーマイン太守からは戦勝の祝いと太守本人がパオースの町に来ることが伝えられた。
◇
ここは、ヨーマインの町の中にあるヨーマイン太守の屋敷。太守の執務室には男と女がいた。時間は夜、光の魔石が執務室をほのかに照らしていた。
「サクレ、パオースとサーナバラが勝ったそうだ」
「そうなのですか」
「驚かないのかい。町の人数より多い王国軍の方が負けたんだよ」
サクレはモシャバに微笑み言い返す。
「あの方たちが負けるとは少しも思いませんでしたわ。なぜかしら。きっとここでの戦を見たからですわ、モシャバ様」
「そうか、サクレは気に入っているんだね。あの者たちを」
「そうですわ、恩人だということか無かったとしても、とっても気に入っていますわ」
モシャバは執務用の椅子から立ち上がり、ソファーに座っているサクレに近づいていく。
「サブロー殿には、また借りが出来たよ。今度は捕らえた東地方の諸侯たちを、俺の配下として忠誠を宣誓させ部下にくれるそうだ。これで俺は、東地方の半分以上を押さえた事になる」
「まあ、本当ですの」
「ああ、それを確めにパオースに行ってくるよ。留守番をお願いできるかい、サクレ」
モシャバはサクレの髪に顔を埋め、後ろからサクレを抱きしめた。
「これでやっと姫の御前に顔を出せるよ。そして、息子にも会えるさ」
「レイトは元気でやっているかしら」
王国軍とパオース・サーナバラ軍は停戦しました。パオース・サーナバラ軍の勝利です。
次回、女だらけの領主館