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102 意地を見せねばならんな

 ◇


 将軍は軍議の前に参謀からある報告を受けていた。将軍は報告を聞いている間中厳しい顔をしていた。聞き終わって参謀に言った。


「敵にも天才がいたのである。結論は、軍議の最後に我輩が決めるのである」


 しばらくすると南地方の諸侯が集まってきて広い天幕に用意された椅子に座っていく。そして、軍議が始まった。


「参謀、敵の策の分析を述べるのである」

「ハッ」


 将軍は目を閉じた。参謀は、軍議に参加している南地方出身の諸侯を見渡した後、テーブルにある自軍の模型を3つに分け説明を始めた。


「現在の状況ですが、ここ数日間は火魔法の応酬のみで接近戦闘や撤退もなく、膠着状態となっております。ここに分けた3つの駒ですが、町の門方面から我が南地方の諸侯軍、東地方の諸侯軍、そして傭兵隊や商人たちを表しております」


「それがどうしたのだ」

 南地方の貴族のひとりが参謀に食ってかかる。戦況に進展がなく食糧が乏しくなっている現状にイライラしているのだ。


「二日前までは傭兵隊や商人たちは、食糧を分けてくれと一日中陳情に来ていましたが、パタリと来なくなりました」

「だから、それがどうしたと言うんだ」


「貴殿は、おかしいとは思いませんか。傭兵隊や商人たち自身が持ち込んだ食糧はつきたと思えるのに、今は困っていないように見えます」

「ふん、大方貴様の見積もりが間違っていたのだろう。早く門を突破する方法でも考えろ」


 参謀は睨まれたが、平然とした顔でテーブルの上にいくつかの小さな白い粒をばらまき集まった諸侯に言葉を返す。


「調査したところ、どうやら敵の町から食糧が持ち込まれているようです。それがこれです」

「なんだと、内応なのか?」

「いえ、違うようなのです。しかし……」

「なんだ」


「これは噂ですが、この戦が終わったら敵は我が軍に従軍した傭兵たちや付いてきた商人たちを雇用すると」

「それでこそ、我々を仲違いさせる敵の策略ではないのか」

「まさに、その通りです。ですが傭兵たちはその話を信じた。その結果、ここ数日は街道の入り口側での接近戦闘や後退はありません」


「それは、傭兵たちの契約違反ではないのか」


「立証は難しいでしょうな。証拠がない。問い詰めても知らぬ存ぜぬと逃げられ、仮に戦闘を命じたとしても敵と通じているならば、戦っても馴れ合いとなるだけで意味がない。むしろ問い詰めや命令する我々に敵意を持つかもしれません」

 貴族のひとりが口を挟み諸侯ふたりが見合う。しかし、気の済まない貴族は、口を挟んだ貴族を攻撃する。


「では、どうすると言うのだ」

「このままでしょうな」

「何もしないと言うのか!」


 諸侯同士の雰囲気が悪くなることを嫌い参謀が仲裁する。


「まあまあ、おふたりが争う必要はありません。たぶん、この状況を生み出す事こそが敵の狙いでしょうな。我々の中でいさかいを起こす事が。しからば敵の手に乗らないためにも何もしないというのはどうでしょうか」


「……」

 声を荒げた貴族が、苦虫を噛み潰したような顔をする。


「傭兵たちはここまま放置するとして、まだ問題があります」

「まだ他にもあるのか?」


「実は東地方の諸侯をこの場に呼んでいないのは理由があります。東地方の諸侯の間にも、この話が伝わっているようなのです」

「ふん、王国の貴族が王国貴族でもない田舎領主の配下なぞになるものか」


「それが、いささか話が違っています。この地の領主がヨーマイン太守との和解を仲介し、さらに同盟まで話をつけるとか。いや、事実上のヨーマイン太守の配下となる事への仲介です」

「なんだと、それこそ我らへの裏切りではないか」


 再び、貴族のひとりが騒ぎ出す。


「その通りなのです。ですが、彼らを問い詰めても噂の一言で片付けられてしまうでしょう。それに、下手に突っついて反乱でも起こされるのもやぶ蛇と言うものです」

「それでは東地方の諸侯どもにも、なにもさせないと言うことか」

「はい、致し方なく」

「……」


 軍議に参加している諸侯が黙るなか、南地方の諸侯の中で一番年長の男が参謀に問う。


「傭兵どもも、東地方の諸侯どもも当てにならず。我々だけで出来る事は何じゃ」


 しわが刻まれた顔に鋭い眼光を放つ年長者の男に向かって、参謀は申し訳なさそうに応じた。

「交渉かと」


 年長者の男は参謀をじっと見詰める。参謀も目をずらさない。


「……そうか、我らにはもう手立ては無いと言うのだな。しからば交渉の前に我らの意地を見せねばならんな。若い方々はここに残られよ。歴戦のおのおの方、我とともに突撃せんと思う者は付いてこられよ」


 そう言うと年長者の男は席を立ち上がり参謀まで歩み寄る。そして参謀の肩を叩き、この状況は貴様のせいではあるまいてと言って天幕を出ていった。


 静まり返った天幕の中、年老いた貴族の数名が席を立ち上がった。


「まだまだ、若いの。急いては事を仕損じると言うではないか。またれよ」

「仕方ないの、わしの雄姿を見てもらおうかの。腕がなるわい」

「若い連中はここに残り、交渉の準備でもしておれ。わしらが南地方貴族の意地を見せてくるわい」

 貴族の男たちは、年長者の男を追いかけて天幕を出ていく。


 参謀は俯いている。他の者は顔を見合せ言葉はなかった。将軍は目を閉じている。


 しばらくすると、爆発音が聞こえた。そして、伝令が駆け込んで来て、参謀に年長者が爆発に巻き込まれたと報告した。


「状況を報告せよ。あのご老体は、どうなった?」

「ハッ、町の門に突撃をかけようと馬に乗り込んだところに、塔からの遠距離火魔法攻撃に合い」

「無事なのか」

「火魔法の爆発に巻き込まれ火だるまになりましたが、沼まで吹き飛ばされたので火は消えました。が、底無し沼に飲み込まれる寸前でした」

「で、どうした」


「ハッ、無事でございます」


「そうか、大事に至らず良かった。あの方は我ら南地方貴族の意地を見せたのだ。丁重に看護せよ」

「ハッ」


 伝令が天幕を出て行った。


 しばらく、天幕内に沈黙が続く。


 将軍が目を開け、椅子から立ち上がると南地方の諸侯を見回す。そして確かな声で言った。


「戦闘を停止し、交渉を始めるのである」





負け戦です。負け戦だからこそ、ご老体は意地を見せました。


次回、王国軍との交渉

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