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001 異世界なのか?

 ◇


 俺の横には、少女がふわふわ浮いている。

 俺にしか見えない少女だ。守護霊ではない。


 俺はこの少女と旅をしている。大きなトカゲに乗って。


「村に着いた頃には、日が沈んでるね」

「ああ、そうだな、今日も野宿するよ」

「それがいいと思うよ」


 この少女と会話できるだけでも、運が良かった。日が沈んでから、村に近づかない。それは危険だ。ここは異世界なのだから。


 ◇

 

 深夜2時、中学のときから愛用している目覚まし時計の音のみが響いている。俺は1人暮らしの薄暗い部屋でベッドに寝て天井を見つめていた。


「はあ、興奮して眠れない」


 明日から世界中を巡る旅にでるのだ。バックパッカーというやつだ。


 俺は旅が好きだ。

 幼稚園のときに隣町で迷子になり警察に保護された。

 小学生のときは近くの川の源流を探して山に入り遭難しかけた。

 中学生のときは自転車を乗っている最中に思い立って東日本一周したが捜索願が出されていた。

 高校生では明日から旅のためにアルバイトで金を貯めた。


 あと数時間したら一番の電車で空港に行く。少しでも寝よう。

 そういえば、両親に初めて旅に出たいと話したときは、二人ともびっくりしなかったな。その反応に俺はびっくりしたけど。


 家族に話したときのことを思い出した。


 ◇


「俺さ、高校卒業したら旅に行きたいんだ」

 母さんが食器を洗い居間戻ってきてソファーに座った瞬間に俺は話始めた。

 親父が珍しく新聞から顔を上げ、俺に視線で続けろと言った。


「世界中を見てみたいんだ」

「そうか」

 低い声が響く。親父はもう話は終わりだとばかり再び新聞を読みだした。


 えっ、良いの? 反対しないの?


「お金はアルバイトで貯めてるんでしょ、だっだらいいんじゃない」

 隣で聞いていた母さんが、にこにこ笑顔で解説してくれた。


「お父さんも旅好きだから反対しないわよ、旅大好きなんだから。お父さんもね、若いころ旅をしてたんだって。あるとき、お母さんの実家に泊まったことがあってね、それが縁だったのかな、結婚しちゃった! あのころのお父さんはとっても格好良かったのよ。今も素敵だけど」

 段々、話が逸れていく。 


「どのくらい旅にいくの」

「1年位を考えているんだ、でも次から次に行きたい所が出てきたら数年かな」

「えー、たまには家に帰ってきなさいよ」

「うん、わかったよ、長くても2年、必ず一度帰ってきて将来のこと、相談するよ」

「よし、いい子、いい子」

 俺の頭を撫でてくれる。恥ずかしいよ。


 帰宅した兄に同じ話をする。と一言。

「困ったら連絡しろ、助けてやる」

 すごい安心感をもらった。


 この話の後、親父とよく旅の話をするようになった。母さんも話に加わり最後には脱線して何の話かわからなくなるけど。

 俺は卒業まで アルバイトに忙しい日々を過ごした。


 ◇


 ガタン

 小さな音とともに揺れを感じて目を覚ました。上半身を起こし暗い部屋の中を見渡した。押入れの引き戸から、かすかな光が漏れている。部屋の外の光が反射しているわけではなさそうだ。眼を擦り、立ち上がって押入れ近づく。聞き耳を立てても押入れから音はしない。

 思い切って引き戸を開けてみた。


「……」

 引き戸を閉めた。


「寝よ、寝よ」

 俺は何も見なかった。今日から海外に旅立つのだ。決して押入れの先は海外ではない。


「……」

「……」

「だああぁ」

 俺は観念しもう一度、押入れを開けることにした。

 引き戸を開けて押入れの先を良く見た。押入れの奥にあるはずの板壁はなく、白っぽい土壁の洞窟のようにようだ。洞窟は20畳ぐらいの広さで一番奥には先に続く通路があるようだ。


「はいはい、行けばいいんでしょ、行けば」

 だれに頼まれた訳でもないのに愚痴りながら洞窟に入るために押入れの荷物をどけてスペースを作った。地面は砂の様なので運動靴を玄関からもってきた。


「ちょっとだけだからな」

 押入れと繋がった洞窟なのだら大気成分に違いはないのだろうと思い、押入れの中で運動靴を履き洞窟に入った。洞窟の壁や地面を良く観察すると塩のような結晶になっている。少し手に取って舐めてみた。

「しょっぱい、塩だ」

 洞窟は塩で来出ているようだ。


 洞窟の奥の通路の方に歩いてゆく。通路の先を覗くと5メートル先で右側に曲がっている。奥に行けばいくほど明るいので出口が近いのだろう。ゆっくりと出口に向かって歩いてゆく。

 出口の先は低い岩山に囲まれた窪地になっていた。


 見上げると雲一つない青空だ。

 日差しは強いがそれほど暑さは感じない。標高が高いのだろうか?

 月や飛行機雲を見つけることができたら部屋に戻って寝ていたのだろうが、だんだんとこの世界に興味が出てきた。


「岩山に登れば何か見えるか」

 ここがどこなのか確認できる高さまで岩山を登ることにした。滑り落ちないように足場を選んで登る。ある程度登ると岩山以外の風景が見えて来た。


「おお、何もないな」

 見渡す限り、岩と砂と低木の砂漠が広がっている。所々にここと同じような岩山が見える。

 人や動物がいないか、建物がないかを探してみるが、これといったものはない。


「んん、地球なのか、地球でないのか、分からないな?」

 異世界だったら、もちろんこの世界を旅してみたいと思った。しかし、この世界が現代地球であれば危険な香りがする。いろいろな国のいろいろな人が接触してくることだろう。最悪、家族や友人を巻き込んでしまう。


 先に進むか、一旦戻るかを迷った。ここで戻ったらきっと朝一番の電車で空港に向かうだろう。

 数か月後もしくは数年後、部屋に帰ったときにまた、この世界に来れるとは限らない。

「どうしようか?」

「よし、少しだけ探検だ!」

 岩山を外側に降りていった。岩山の外周を行けるだけ行ってみて、どうするか判断することにした。なにか文明の痕跡はないだろうかと歩きまわる。


 ◇


「何もないな」

 ある程度歩いてみたが何もないので元の場所に戻った。


「どこかかわからん、しかたない、一旦帰ろう」

 再び岩山を登り、滑らないように気を付けて岩山を下り、洞窟の入り口まで戻った。

 通路を通り、塩の部屋まで戻ると。


「ええぇ」


 塩の部屋に戻る通路のほかに出入りできるような道がなかった。自分の部屋の押入れからの道がないのだ。俺は駆け出し自分の部屋と繋がっていただろう箇所を手で探ってみたが塩の結晶でざらざらするのみで出入口が隠されたわけではなさそうだ。

 俺は愕然としてその場に座り込んでしまった。


「うそだろ」

 今、俺の装備品は、下着、Tシャツ、トレナー上下、運動靴だ。

 どうしろと?


 ◇


 このまま、帰れないのだろうか?家族を悲しませることが気になる。

 ちょっとまて、もしかすると数か月、数年間音沙汰なしでも気づかれないんじゃないか?

 出発の見送りは、しないことになっていた。

 部屋には鍵がかかっているし、電気は使っていない。窓のカーテンは閉めてある。部屋自体は親戚のおじさんが家主で、旅から戻ってくるまでそのまま維持してくれることになっている。家族も部屋に入らない限り失踪したとは気が付かないだろう。


 何とか人里までたどり着き連絡さえとれれば、悲しませる前に帰れるかも。

 このまま、ここにいても何も始まらない。何かを始めないと。

 思考が前向きになってきた。


「いつまでもここにいても仕方がない」

 俺は立ち上がった。

 この先なにが起きるかわからないが、とにかく前へ進もう。

 きっと何とかなるはずだ。

 ここは異世界だから俺のチートで何とかなるはずだと思って頑張ろう。


「だんだん気合が入ってきた、俺は絶対に帰るぞぉ」

 俺は叫んだ。


 何かの役に立つかも知れないと思い全てのポケットに塩を入るだけ入れた。

 俺は再び洞窟から出た。いつの間にか陽も傾き夕方だ。岩山を登り何かないかと前回より真剣に探す。眼を凝らすと遠くに建物らしきものを見つけた。ここと同じような岩山の可能性もあるが、賭けるしかない。

 俺は岩山を下り建物と思われる方向に歩き出した。




俺の旅立ちです。いつ、どのように帰れるかは分かりません。


次回、砂漠の神殿

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