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3.教授に理系ばなれを嘆かれた

 電源をいれるとすぐにパソコンの画面が灯って、インターネットが始められる。特に調べたい物はないけど、せっかくだから納豆という単語を入れて検索をスタートさせた。


 ぽんと押しただけですぐに結果が出た。『納豆』だけをいれると大体150万件。『納豆、飛来物N』で検索すると80万件が表示された。これじゃちょっと拉致が開かないので、『原因』を加えて検索してみた。それでも多くのページがヒットしてしまう。


「空からの贈り物は、偉大なる者により使わされた物である、か」

 各人それぞれが、飛来物Nに適当な解釈を加えていた。あの納豆はなんであるか、だいたいの人間は空想に空想を重ねた。やっぱりあれは謎な物体だし、何も材料がないからこそ、みんなの想像は四方八方にいろいろな方向に派生していた。


 今見ているページみたいに、この飛来物Nを人為的なものではなく神の思し召しと取る宗教関係者も多くいた。それを信じる信者も多くいた。逆にこれは、世界の終末の予兆だなんて言い出す人間も大勢いた。確かにこんなの、人間業とは思えない。また、宇宙人説なんてのを上げている人間もいた。大体半分以上はこういった、オカルト的な発想だったのだ。


 他には、物理学者やらが飛来物Nについて分析と考察を述べているところもあれば、この飛来物Nが社会に与える影響について考察している社会学者もいた。

 だいたい、否定的に取っているのが五割で、肯定的に取っているのが二割、よくわからないと言っているのが残りといった感じだ。否定派の中には高校生くらいの子が、納豆許すマジと飛来物Nに対して闘志を燃やして、この問題を解決するために、勉強して有名大学の農学部に入ると意気込んでいる所なんていうのがあった。農学部じゃなくて理学部や工学部だろって突っ込みが入れられているのがいささか切ないものの、こういった、飛来物Nが降ったことによって理系の大学を選択する学生というのは増えたようだった。なんというか、きっと、飛来物Nをみて、いてもたってもいられないものを感じたのだろう。


 あとは、盲目的にこの飛来物Nは納豆業界が引き起こしたものだと決めつけて、納豆店に嫌がらせをする輩も存在した。誰もいない納豆の自動販売機なんて、暴徒にぼこぼこに殴られて、ぐしょぐしょに破壊されてしまったそうだ。

 この無意味な悪感情を阻止するために、政府は言葉狩りをして、空から降ってくる物を納豆のような物質から、飛来物Nに変えたほどだった。


「ほー見とるようじゃのぅ」

「早かったですね」

 小声でそう答えた先には、首にタオルをぶら下げている教授の姿があった。別に覗かれても平気な内容なので、特に不満を漏らすでもなく、私はウィンドウを閉じてパソコンの電源を落とした。


「そうでもないんじゃがのう。まぁ、こっちの用は済んだから、明石くんが良ければめし食いにいこう」

 私は肯くと、荷物を持ってブースを出た。

 漫画喫茶はどこも軒並み最低料金が一時間だから、半分も過ごしていないで出てしまうのはもったいないけれど、お金を払ってくれる教授がそういうのなら、私に断る理由はない。


 しばらく教授の後をついて行くと、駅を通り過ぎた。どうやら目的地は、線路を挟んだ向こう側にあるらしい。

 駅の売店の前を通ったときに、教授はむぅと言いながら、飛来物Nという単語が一面になっている新聞を一部買っていた。うちの親がとっている新聞と同じ社のものだ。


「愉快犯が捕まったっていう話でしたね」

 朝のニュースで触れていた話題。それがその新聞の一面に載っていた。

 実は数日前に、『飛来物N! 驚愕進化か?』なんて記事が紙面をにぎわせていた。都内の某所で、この飛来物Nの中に地面に落ちても水に戻らない納豆が降ったというのである。落下した納豆は傘をさした若いOLの頭上に降り注ぎ、それを受けた被害者は、狂ったように暴れ回ったらしい。


 固形の納豆が空から降ってきた、という事実が彼女には衝撃的だったのだ。周りの人間にもそれは衝撃的で、すぐさま誰かが警察に電話をかけて、専門家チームが派遣され、その『水に戻らない飛来物N?』は徹底的に研究された。分析結果はどこからどうみても納豆ということで、世間に激震が奔ったのだけど、それだけ連日報道されるなかである情報が舞い込んだ。

 高層ビルの屋上で何かを投げ捨てている人を目撃した人間がいたのだ。結局、あの納豆は愉快犯が擬装した物だということがつい先日判明して、こうやって今朝の新聞の一面を堂々と飾っているのだった。


「ばかなやつじゃのう。こんなコトしたって意味無いというのに」

「確か、騒ぎを起こしたかったとかなんとかですよね。退屈な学生のお遊びですよ」

 その割には、オオゴトになっちゃいましたけど、と言って私は苦笑した。

 もし、本当に残り続ける納豆が降ったとしたらと考えると怖気が奔る。それを想像できないで、単に目立ちたいとかいう理由でそういうことを平然とやってしまえる人間がいることに、たぶん多くの人はため息をついただろう。


「そんなに今の学生は暇なのかのぅ、わしスゴイ忙しかった覚えがあるんじゃが……」

「目的意識が無ければ、やっぱり退屈ですよ。大人はただ闇雲に勉強だけしとけみたいなこといいますしね」

 そして理由を聞けば、大人になって良い生活をするためだ、とか言うのだから、余計やる気がなくなってしまう。勉強だけを闇雲にやっていれば、幸せになれるなんて、大概今の子は信じていない。それを信じられるなら必死に勉強できるんだろうけど、そんな幸せな人はそうはいない。


「そーじゃろうのう。やりたいこともなにもなくて、ただ生きていければそれでいいと思うとるやつらが多すぎじゃ」

 その煽りで工学部の受験生が減って、わしら大目玉じゃよ、と教授はしょげてみせた。


「理系離れ、進んでますしね……」

 少子化が進んで子供の数は減ったとしても、その分、多くの人間が大学に行くのが当たり前になったから差し引きはゼロだ。けれど、受験生が軒並み減っているのは、理系と文系の人数の比率が文系に寄ってしまっているからだと思う。小さい頃から科学は環境を汚すとか言われて育てば、そりゃ、興味よりも嫌悪の方が色濃く残るだろう。


 理系を選ぶか文系を選ぶかなんて、大学の名前を決めるより前にやることだ。教授達の授業の有りようが良かろうが悪かろうが、すでに文系人間は文系になってるだろうし、理系人間も理系になっているだろう。その少ない理系人間を他の大学よりもがっぽりと引き寄せられるかどうか、というのは授業内容次第なのだろうけれど、全体のパイそのものが小さくなってしまっていては、無理があるだろう。


 人間社会、を生きるためには文系の方が恐らく有利で、地球環境、を生きるためには理系の力の方が恐らく有利なのだ。そして今時、地球環境の中で生きる人間なんて少なくて、人間社会だけで生活している人達ばっかりというわけだ。実際、普通に生きていれば、人付き合いさえ上手くできれば生きていけてしまうし、もう自然になんて立ち向かわなくても、安全に生活できるという錯覚を多くの人は持ってしまっている。


「理系離れというか、学問離れじゃの。どうにも、面白いものっていうと、外から与えられる物ばっかりで、自分から作り出そうだなんて思っておらん」

 全部伝聞の意見じゃ、自分ってもんがはっきり見えなくて寂しいと思うんじゃけどのう、と教授は呟いた。


「その実、納豆小僧みたいに、なんでもいいからとにかく目立てばいいという連中もいる。ようはこれも、遊びじゃよね、遊び」

 言って、教授は自嘲気味に笑った。

 教授から見たら、もしかしたら、ほとんどの事が遊びになってしまうのかもしれない。

「物事を突き詰めることに、どうしてみんな喜びを見いださないのか、わしにはよーわからんよ」

 教授はそう言うと、新聞を丸めて軽く肩を叩いた。

 そして、私の方を不思議そうに見て、言った。


「明石くんは……なんで、うちの大学に入ったんじゃ?」

「私は……」

 教授の問いに答えようとすると、いや、答えんでもよろしい、と手で遮られた。

「今時の学生は、どーせ使命に燃えたりはしないんじゃろ。大学に入るのも随分楽になったしのう。昔みたいに何かを渇望することなんてしなくても大概のモノはすでにあると思っているんじゃろう」


 本当は、まだまだこの世に存在しないモノは沢山あるのに、と教授は寂しそうに言った。

 随分と失礼な話だ。私にだってここに来た志望動機くらいはある。誰かの教授に師事したいとか、ここの研究室の内容が良いとかそういう理由ではないけれど、ちゃんとやりたいことがあってここにきた。


 私が工学に目覚めたのはそれこそ小学校に入る前だった。

 うちの親は、良く私を外に連れ出す事があって、ほとんど毎日散歩するのが日課になっていた。幼児の足での公園への道のりはすごい遠くて、いっつも公園に着く頃には疲れ果ててた記憶がある。

 それからしばらくして、両親が自転車を買ってくれた。もちろん乗るのにはかなり練習したし、大変だった。でも、それを使って初めて公園に行ったとき、私の中で何かが変わった。


 そう。以前あれだけ苦労して行っていた場所に、すごく楽にいけてしまったのだ。息も上がっていないし、時間だってとんでもなく早くついてしまった。

 魔法の機械だと思った。

 それから何年か経ってそれがどういう仕組みで動いているのかを知ってから、なおさら衝撃を受けた。車やバイクが速いのは燃料を燃やして進んでいるのだから、ある意味で当たり前。でも、そんなものがなくっても、自転車という装置を追加するだけで、移動がとんでもなく楽になるというわけ。人力だけなのに、その力を何倍にも上げることができるシステムというものに参ってしまったわけだ。だから私ももっと、力の効率的利用というものを突き詰めていきたいと、中学の頃にはもう思っていた。


 それなのに、最近の若者は豊かすぎて欲望も何もないとか思われたら堪らない。私はやりたいことがわからないという人の事はよくわからないし、そう言う人達とはたぶん違う。まだこの世にすら無いものを求めるのは、他人と競争したり富を得ることよりも、すごく有意義な事だ。

 時々、こういう思いに晒されることがある。未だに、女は家庭に入ればそれでいいだなんていう人だっている。そんなの、仕事を生きるための手段としか思ってない人の言い分だと思う。女は結婚すれば生きていける、でも、社会に役立つような何かを求めてもいいではないか。生き延びられればそれでいいという発想は、いささか貧弱だと思うし、いささか想像力が足りない気がする。


「ここじゃ、ここじゃ」

 そんなことを思っていると、教授おすすめというレストランの前についた。

 なかなか落ち着いた感じのお店で、ひっそりと町中にとけ込んでいると思えるような外装は好印象。入り口には小さめな看板が掛かっていて、ランチメニューなんかが書かれていた。

「気にせんでよろしい。これでも小金持ちじゃし、わし」

 四桁の値段が並ぶランチメニューを見てびくついていると、教授はそういってレストランの扉を開けた。

ここまでで折り返しです。

でもまだ起承転結の承のあたりです。当時は意識していたのだなぁと思いつつ、最近は欲望に忠実になってしまったものだと、ちょいと反省気味です。

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