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1.始まりは雨だった。

作者納豆は好きな方です。ちゃんと作中で納豆フォローもしますのでよろしくお願いします。

 今日も、納豆が降っていた。

 こんな事を言うと、本当についに頭が逝かれてしまったかなんて言われそうなのだけど、実際降っているのだからしかたがない。直径七ミリ程度のお豆がものの見事に、ねとりねとりと空から舞い降りてくる。

 想像してみて欲しい。こう、雲から墜ちてくるときに、ねっとりと糸を引いて落下してくるのである。不思議とそれは地面につくと消えて無くなって、ただの水へと戻ってしまうから、地面にうずたかく貯まるようなことはないのだけれど、それでもやっぱり納豆が空から降るという風景は、異様の一言に尽きた。


 そんな景色にはそれほど目を触れず、私はいつもみたいにテレビの電源を付ける。朝一番はやっぱりテレビでの情報収集だ。一人暮らしなんてものをしているとやっぱりもの寂しいもんで、こういった作り物の音であってもありがたい。


 ヤカンをガス台に乗せると、冷蔵庫の中を物色。ここのところ私はどうもオクラにはまっていて、それとシラスをまぜこぜにしてご飯を食べるのが定番になっている。同期生達はどうにもこうにも朝なんて食べてられるかっていう人が多いけど、やっぱり日本人ならきっちりと白いご飯を食べるべきだと思う。食べるだけじゃなくて、やっぱりこうお釜をパカッと開けた瞬間にもわっとでる湯気の香りだったりとかを一回経験してしまうと、朝ご飯はもう止められない。


 ヤカンが悲鳴をあげるのを聞くと、昆布茶の準備をしてお盆に乗せる。テーブルに持っていけばもう、準備完了。焼き魚を焼くような余裕は無いけど、これくらいだったら毎日続けられる。

 ねっとりとするオクラを見つめて苦笑を浮かべながら、それでも朝ご飯を美味しくいただいた。ねっとりしたものはやっぱり人間の本能に訴えかけて、気持ち悪さを爆発させてくれるんだけど、こうやって口にいれてみると美味しいのだから仕方がない。山芋だったり、オクラだったり、そして納豆だったり。ねとねとしたものはやっぱり美味いのだ。


「でも、やっぱし。ねっとりしてると、みんな嫌がるんだよねぇ」

 テレビを見ると、どこかの芸能人が誰と結婚したとかいう話が出ているけど、それを読み上げているキャスターの顔が引きつっているのがあからさまにわかった。きっと朝早くに起きて仕事をしている彼女は、糸を引いたものなんて二度と口にしないんだろう。


「かくして、世界は、納豆に染まる……か」

 ごちそうさまでした、と朝ご飯を済ませて窓の外に視線をやると、どんよりと重い雲の塊が見えた。西の方の空にも光は一切見えないから、しばらくこの天気は変わりそうにない。窓を開けてみると、ここからでもぼとぼとと粒が落下しているのが見えた。

 それでも学校にはやっぱりいかなきゃいけないし、買い物やらバイトやら、やることはいくらでもあった。


 お茶碗を流しに漬けると、すぐに出発の準備を始める。私はいわゆる理工系女なので、それほど身なりに気を遣わないのだけど、それでも鏡の前に立ってしばらくは睨めっこをする。

 そんな時、テーブルの上でスマートフォンが鳴った。

 着信番号を見ると見慣れない番号だった。頭の部分が090ではないから一般電話からみたいだけど、こんなのは大抵無視することにしている。知らない番号はだいたい、勧誘系の変な電話だったり間違い電話だったりだからだ。用があればそれこそ何回も向こうからかけてくるだろう。


 そうやってタカを括っていたら、今度は家の電話の方が鳴った。家電話がある一人暮らしの学生なんて最近は少ないらしいんだけど、インターネットの回線をつけるときに一緒に電話もお得ですみたいなことを言われて、家電話もある状態なのだった。

 うちの親は割とそういうところは、お得という単語に躍らされがちで、さっさと契約されてそのままここまできてしまった。実際大学の友人と長話をする場合はパソコンを使っての通話にしているので、家の電話は本当にほとんど使っていなくて、知り合いにすらろくに教えていないくらいだ。


 さすがに、家の電話のほうにまでかかってくると無視なんてできない。渋々、受話器を耳に当てると、無言で相手の声に聞き耳を立てた。

「明石さんでいらっしゃいますか? ……失礼ですが、これから署のほうにご足労願えないでしょうか」

 その声は穏やかで、それでいて有無を言わせない、そんな圧力があった。




 事件のハジマリは、小さな農村の老人の証言からだった。

 山菜を採りに山に入ったら、空から納豆が降ってくる光景を見た、というのだ。そして、それは現地の若者によってビデオカメラに録画され、まずは地元のテレビ局に送られた。衝撃的な映像だった。ねとりねとりと空から納豆が落ちてくるのだから。


 それは当然、マスコミの人間の興味をそそり、春の特番のトンデモ番組で取り上げられ、芸能人の調査団が現地を訪れた。もちろん、そんな映像最初からデマ扱いだ。こうやって持ち込まれる映像は、なるべく驚愕的でおどろおどろしければそれでいい。出演者達は最初から馬鹿馬鹿しく思いながらも山の奥地に入っていった。当然の事ながら、番組を盛り上げるために、最近乱発されるようになったテレビ効果の「まさかっ」なんてテロップまで多用されて、ずいぶんとおもしろおかしい番組構成になっていた。


 結局、滞在中には雨は降らず、調査団は調査を断念し、よくあるように「当時の映像」を流してお茶を濁す作戦が決行されて、とりあえず納豆の雨が降ったらしいという噂はお茶の間の話題の一つとして世間に広まった。

 当然、誰も納豆が空から降ってきただなんて信じはしなかった。週刊誌では『納豆の雨はデマ』とでかでか書かれるようになった。もしも納豆が本当に降ったのならば、地面には納豆の粒が落ちていて然るべきだというのだ。

 確かに彼らが言うように、納豆が止んだ後に山にいっても、地面はただの濡れた雨の跡で納豆の一粒も発見することはできなかった。これでは、納豆が降った証拠というのがないと、多くの人間が口をそろえた。


 じいさんが幻を見たとして、それに便乗した人間が合成で納豆が降る映像を作ったに違いないという結論で、マスコミはとりあえず煽るだけ煽ってその問題を締めくくった。そもそも多くの住民から、映像には納豆なんて映っていないじゃないなんていうクレームも多く来てしまい、地方局から買い上げたその映像を改めて見直すと、ねっとりと落ちてくる豆などは見当たらなかったのだ。

 その時、番組を担当したディレクターは自分の確認ミスをたいそう嘆き、あんまりな放送事故に謝罪広告を載せるような事態にまでなってしまった。


 けれど、そんな幸せは、一月と持たなかったのである。

 一ヶ月後。その日、都市部の雨は納豆になった。


 最初はたった一粒の納豆だった。目の前を通り過ぎる茶色い粒に、最初人は反応が出来なかった。ある人は雹が降ってきたと思って、急いで建物の影に駆け込んだ。ある人は傘をさした。そして、本降りになるにつれて、人は、それが何であるかを悟った。


 一月前にあの特番を見た人間も、街には多くいた。全国ネットの特番は視聴率が二十パーセントにも上ったものだった。そして人は呟くことになる。

「あぁ、あのじぃさまの言っていた事は本当だったんだ」と。

 ぽとりぽとりと落ちてくる納豆は、みごとな糸を引きながら街を茶色に染めていく。


 その光景はまるで、地獄絵図のようだったという。

 降り注ぐ納豆に放心する人達、腰を抜かして倒れ込む人達、なにが起こっているかわからなくてオロオロする人達、そして、指を指して笑うだけ笑って「まじありえねぇ」を連発する人達。


 空から降る納豆は徐々にその範囲を広めていき、一ヶ月で関東圏を飲み込み、二ヶ月めの今では近畿地方や東北地方を飲み込む勢いで広がっている。一日一日と勢力を拡大していく納豆は、関東を飲み込んだ時点で国家的大問題として位置づけられ、納豆対策特別補正予算なんてものまで組まれて対策に当たっている最中だった。


『謎の飛来物Nを打て!!』

 ここの所の新聞の見出しを見ても、至る所がこんな調子。飛来物Nっていうのは、例の納豆のことで、通常の食品としての納豆との差別化を図るために国会が命名したコードネームなのだそうだ。

 毎日の報道を見ていると、いかに人々が納豆に、いや、飛来物Nに立ち向かっているかがよくわかる。人間の英知を振り絞って、必死に対策にあたる姿をよく見ることが出来た。

 それでもやっぱり今日も、空からの粒は舞い降りる。飛来物Nが「雨」に戻ることはなかった。




 黒くくすんだ四角い建物が、威圧的にどでんと立ちはだかっていた。

 周囲には、いくらか気をリラックスさせてくれる街路樹が植えられているものの、たいして効果はないように思えた。私を呼び出したのは地方にあるような交番ではなく、かなり立派な警察署の方だったのだ。


 生まれてこの方、こんな所にお世話になるような真似をした覚えなんてなかった。割と私は真面目な方だし、それこそ犯罪らしい犯罪なんて、例えば道路に落ちていた百円玉を届けないでそのまま着服してしまったり、まるっきり車の通りがない道の赤信号を、キョロキョロ見回しながら渡ってしまったことくらいしかない。これで警察のご厄介になるっていうんだったら、それこそ国民の八割以上がここに殺到してしまうだろう。


 少しおどおどしながら入り口の番をしている制服の警察官に話をしたら、すぐに中の人が出迎えてくれた。真一文字に口を閉じている大男で、みるからに柔道かなにかをやっていそうだった。

「あの……私はなんで呼ばれたんでしょうか?」

 恐る恐る尋ねてみても、彼はついてくればわかるとだけ言って前に進んでいった。せっぱ詰まったような雰囲気が背中から感じられる。


 ひやりとする廊下を通り過ぎて、通されたのは小さな取調室だった。

「教授!」

 扉を開けると、狭い部屋の中に小柄な老人が座っているのが見えた。いつもとかわらない深い度のメガネをつけて、ひょうひょうとこっちに手を振っていた。その向かいにはやや小柄なすらりとした優男が座っている。

「君はたしか明石くんじゃったか」

「教授、私のこと、ご存じだったんですか?」

 目の前の椅子に座らされている老人は、間違いなく私が通っている大学の教授だった。学内でも群を抜いて変な人と噂される人物で、他の先生達は口をそろえて、あの人と同僚になるのはいいが、友達にはなるな、と言っているくらいだった。


「知っておるよー。女好きだし、わし」

 女好きと言われて閉口していると、なぜか教授は嬉しそうに手招きをした。横の席に座れと言うことらしい。

 隣に立っていた強面の男が肯くのを見ると、私は教授の隣の席に座った。

 実を言うとこの人は、今度の四月から私の担当教官になった人で、今年一年お世話になる相手。でも、二週間ほど事情で休んでいたから、私が直接会話をするのはもう、前の授業の時以来の二年ぶりくらいになる。


「ひどいんじゃよー。わしなんも知らんのに、ずっとここに座らされて、風呂にもいれさせてもらえないんじゃ」

 一瞬、教授の体臭に顔を顰めたのがばれたのか、教授はしょんぼりしながら言った。

「それで、なんで私は連れてこられたんです?」

「これを見たまえ」

 最初から部屋にいた方の優男が、テーブルの上に新聞を広げて見せた。一面に大きな写真がついていて、見出しには「迫り来る納豆の脅威」なんて書かれている。


「君も知っているだろう」

「このままでは世界は死滅してしまうのだよ!」

 横で控えていた大柄の男が外見に似合わずヒステリックに叫んだ。


「そんなことないと思うんじゃがのう」

 教授は耳に小指をいれてほじくりながら、わずかにとれた耳アカをふっと吹いた。

 その態度を見ていた隣の男は、肩を小刻みに振るわせて、教授に掴みかかろうとした。

「なにを言うかっ、この事態なんだぞっ!」

 それを、部屋にいた優男が立ち上がって止めた。可哀想に何か意味不明な事を言っているのだけど、優男に口を塞がれてもごもご言わせている。そのまま彼は優男に宥められながら押し出されるように部屋の外へと連れ出された。


「見苦しいところを見せてしまったね」

 程なくして、再び扉が開くと、優男だけが部屋に戻ってくる。

 そして、話を続けさせてもらおうか、と言って、彼は一枚の紙をテーブルにおいた。


「納豆の降る街」

 その紙にはそんなタイトルが書かれていた。教授の講義のタイトルだ。三年前の授業計画のコピー。私が入学当初に最初に受けたある意味インパクトのある講義だった。


文学フリマ。作者一度だけかのイベントを覗いたことがあります。

文学の香りがしました。そんなわけでそれに対応するお話となると、もともとアップする予定だったコレ、ということで。がっちがちな教科書に載りそうな勢いのお話デス。


一応、規定の合計四万時以内にはおさまります。今のペースだと六話くらいで完結? そこらへんはどこで切るかで変えます。続きが気になった! とおっしゃっていただけるようであれば感謝です。


それとこのお話には、男の娘は出しませんので! ご了承くださいませ。 

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