タマと狸と帝都猫
街を散歩して廃屋に帰ってきた。
なんか猫密度がさっきより上がっている気がする。
廃屋に入ると長老が話しかけてきた。
「おお、タマ殿! キキ様はいずこかな?」
「キキなら袋の中で寝てるにゃ」
多分出てこないから袋の中で団子食べて寝てるのだろう。
「はて? 袋?」
いけない袋のことは秘密にしないと。
毛が長いから袋は見えないだろう。
キキがでてきても、毛の中から出てきたようにしか見えないはず。
「キキはそのうち帰ってくるにゃ」
「そうですか、今日はキキ様のために宴を開こうかと思いましてな」
「宴は良いですにゃ、キキも喜ぶにゃ」
「そうでしょうとも、マタタビ酒も食べ物も沢山ありますでの」
今日はマタタビ酒にありつけそうだ。
しかしマタタビ酒なんて誰が作ってるんだろう。
もらうだけでは気が引けるので、行商人から奪った貝の干物でシチューでも作るか。
大き目の鍋に具材いれたが魔石焜炉は小さい、どうしようかな。
そういえばキキがいたな、石で簡単なかまどを作り、袋から寝ているキキをとりだして鍋底につける。
「ひゃあ、ちめたい!」
「おきたかにゃ? キキ早くこの鍋を温めないと風邪ひくにゃ」
「え? なに? なんなの?」
キキが発光し熱を上げる。
しばらくすると煮えてきた。
貝の出汁がよく出ているのだろう、良い匂いがしてきた。
キキはご機嫌斜めなようだ。
「タマさん、ちょっとひどいんじゃない?」
「働くもの食うべからずにゃ、働かないで食べて良いのは猫だけにゃ」
「えー、納得行かないよ!」
おおう、結構怒ってるな。
「愛らしさのおかげにゃ、貝多めにあげるからがんばるにゃ」
「えへへ、それならいいかなぁ」
食い意地の張った精霊だな。
宴の準備はどんどん進み、猫も大勢集まってきた。
マタタビ酒にシチューに腸詰めにハムやらなにやら色々な食べ物が集まってきていた。
いよいよ宴の始まりだ、猫達が長老に注目する。
「おほん、猫達よキキ様が降臨なされ我々猫にも希望の光が見え始めた」
なんか話が長そうだな。
心なしか猫達もうんざりしているように見える。
《キキ様ばんざーい。》
腹話術で強襲をかけた。
猫達がここぞとばかりに乗っかる。
「キキ様に忠誠を!」
「キキ様に感謝を!」
「キキ様ばんざーい!」
「「かんぱーい!」」
ほとんどの猫達が叫ぶ。
みんなで強引に開始に持ち込んだ。
「ええぇ、ワシの挨拶がぁ」
長老はしぼんだ。
宴会は混乱を極めた。
至る所で食べ物の取り合いで喧嘩しだすし。
長老も暴れていた、挨拶を潰されたから鬱憤を晴らしているのだろう。
帝都猫の長なだけあってなかなか強い。
近所の人間が様子見に来て、あまりの猫密度に逃げるし。
収拾がつかないのでマタタビの葉をばらまいた。
次の日の朝、屋根でキキと日向ぼっこしていると長老がやってきた。
「おお、タマ殿さがしましたぞ」
「長老、おはようございますにゃ」
「実は紹介したいものがおりましてな」
「だれですかにゃ」
「明日の襲撃で必要になるかと思いましてな、まぁついてきてくだされ」
キキは熟睡して起きないので袋に突っ込んでおく。
屋根から降りて廃屋に入ると狸が三匹いた。
「我ら猫族と同盟をくんでいる狸の里のものですじゃ」
「にょえ?」
狸と同盟?
この世界の猫はえらく高度な社会性をもっているな。
他の動物や他国の猫とのやりとりもしているし。
すごく助かるんだが、猫らしくない気もする。
「おらの名前はぽこ太郎だべ、猫族を助けるよう長に言われて三十匹で里から出てきただ」
ぽこ太郎は流暢ではない訛った猫語で、横にいる二人を見ながら紹介してくれた。
他の者はここにはきてないらしい。
「右の大きいのがぽん次郎で、左の小さいのがりん子だ」
ぽこ太郎が二匹の間くらいの大きさなので、チームぽんぽこりんとでも呼ぼう。
「タマですにゃ、よろしくですにゃ」
「猫族も狸族が困っていたら、いつでも手を差し伸べるのじゃ」
狸達には腹太鼓で、合図を送ってもらうことになっているようだ。
「今日は明日の城攻めの練習ですぞ」
街の門の外にでて少し歩くと、開けた場所に出た。
そこには街の猫達がニ千匹ほど集まっていた。
「ちょ、ちょと多くにゃいかにゃ?」
「帝都の猫達は暇ですからな」
まずは部隊分けするようだ。
四百匹で第一から第五まで猫達の得意な事別に五つの大隊を作った。
余りの五十匹くらいは偵察要員になった。
城門制圧にどら猫歴の長い第五大隊。
城内制圧に愛くるしさの第四大隊、可愛い鳴き声の第三大隊。
腐肉調査に鼻の良い第二大隊。
遊撃や作戦変更など細かい所のサポートを、頭の良い第一大隊がする事になった。
作戦はまず第五大隊が城門を制圧、どら猫の目付きの悪さで人よけをする。
第四、第三大隊は城門を制圧後突入し、城内の人間にまとわり付き足止めを行う。
第三、第四大隊がはいってしばらくして、鼻の良い第二大隊はしらみつぶしに探索、第一大隊がサポートする。
チームぽんぽこりんは突撃、撤退、維持、死守などのおおまかな指示を腹太鼓で行う。
三匹で一組、連絡用に大隊に二組、第五のみ一組と本陣に一組くみこまれた。
長老率いる本陣は城門に入ってすぐのところに構えることとなった。
そうして訓練が始まった。
狸の腹太鼓のリズムによって集団で行動する。
三時間もすると動きが良くなってきた。
《ぽん! ぽこ! りん!》
うん、やっぱり”りん”って音おかしいよね。
「腹太鼓なのにどうやったら”りん”て音でるにゃ?」
ぽこ太郎は頬を染めながら言う。
「りん子は鈴のように可愛いから、鈴のような音が出せるんだべ」
「やんだーぽこ太郎さんたら!」
りん子も赤くなって俯いてはいるが、まんざらでもなさそうだ。
ほんの少しイラっとした。
「ほんとにそう言う理由にゃの?」
「んだ、おなごにしか鈴の音はだせないんだべ」
納得は行かないが狸が言うんだからそうなんだろう。
練習は夕暮れまで続いた。
「ふむ、これなら明日は大丈夫じゃな」
髭の模様を擦りながら長老は満足そうな顔をしている。
たしかによく連携できている、狸達のおかげだろう。
「タマ殿、キキ様に激励の言葉を掛けてもらいたいんじゃが」
「わかったにゃ」
そういえば朝に袋に入れた後でてきてないな。
長老に背を向け袋を覗く。
いたいた、幸せそうな顔して寝ている。
キキを引っ張りして顔を舐めた。
「びゃああ!」
猫舌なのでザラザラなのだ。
「めっ! タマさん、めっ!」
「いつまでも寝てるから悪いにゃ」
「うー、もういきなり舐めないでよ、ぞわぞわしたよ」
「おお、キキ様いらっしゃたのですか、どうか猫達にお言葉を頂きたいのじゃ」
「うん? よくわかんない」
「明日は頑張ってにゃとか適当に言えばいいにゃ」
キキがふわふわと猫達の前に出る。
初めて精霊を見る猫も多く、にゃわついている。
「あれがキキ様か」
「キキ様ー!」
「おお、精霊とはあんなに美しいのか!」
「ありがたや、ありがたやぁ」
猫達が様々な反応を見せる中キキは口を開いた。
「えーと、がんばってにゃ!」
にゃっていっちゃたよ。
「うおおおお、キキ様ありがたやぁ」
「キキ様ステキ!」
「キキ様ペロペロ!」
「「キキ様ばんざーい!」」
猫達大興奮である。
その後もみくちゃにされ、キキは毛だらけになっていた。
どうもキキが最近力を増しているように思える。
たぶん猫達のキキ信仰が存在を大きくしているのだろう。
うらやま。
猫達は各々自分の住処に帰っていった。
狸達は長老とともにいつもの廃屋に帰る。
いよいよ明日は城攻めだ。
作戦決行の日、朝から斥候の猫達は城門付近に集結していた。
キキとともに城門付近の茂みの中に身を隠している。
門番から見えない所に、各大隊は集結しているはずだ。
門番を順に見ているとアルを見つけた。
いやがった、二日前の仕返しをせねばなるまい。
門番たちの会話を聞くため耳を澄ます。
『おい、今日はなんか猫が多いな』
『んあ、そういやそうだなぁ』
『アル、お前がこの間猫いじめたから仕返しに来たんじゃないか?』
『まさか、ニャンカスにそこまで知能はねぇだろ』
油断しとる。
猫をバカにすると猫に泣くのだよアルくん。
「キキ、合図にゃ」
「あいさー」
キキが光って後方にいる狸に知らせる。
チームぽんぽこりんは突撃のリズムを刻む。
《ポン! ポコポコポコポコポコ!》
向こうの狸から返答の合図が来た。
《ポコポコ! リン!》
第五大隊は動き出したようだ。
目付きの悪いどら猫が、大挙して押し寄せてきた。
『お、おい! 猫だ! 数百匹いるぞ!』
『ば、ばかな! だがニャンカスはここからさきにはいかせねぇ!』
『門をしめ、ぬわぁぁ!』
門を閉めるよう指示を出そうとした門番が、もみくちゃにされ指示が出せずに倒れる。
アルも奮戦するも、倒れてもみくちゃにされている。
『ぐおお、ニャンカスめぇ!』
マタタビ棒でも持っていたのかかなりの数の猫に襲われていた。
すかさず近寄って背中に朝拾ったなめくじをいれてやった。
『うぎゃぁぁ、なにかヌメヌメしたものがぁぁ……』
アルは無力化した。
第五大隊の隊長が指示を出している。
「城門は制圧完了したぞ!」
「狸は制圧完了の合図を出せ!」
《ポコリンポコリン!》
よし作戦通りうまく行っている。
《ポコポコポン! ポンポコリン!》
第三第四大隊が進軍し始めたようだ。
本陣が急ぎ足で移動してきた。
「第五大隊はここを死守するのじゃ!」
「まかせとけ長老!」
城門を抜け本陣を構築する。
第三第と四大隊の八百匹が、城内になだれ込んで足止めを開始した。
しばらくして第一と第ニ大隊が到着して臭いを探し始めた。
《リンポコ! リンポコ!》
救援の合図が来た。
「第四大隊が攻撃を受けているようじゃ、第一大隊の半分は援護に向かうのじゃ!」
「キキ! 援護に向かうにゃ!」
「りょうかいだよー!」
「タマ殿、臭いを見つけたらすぐに知らせるのじゃ」
「よろしくたのむにゃ」
至る所で衛兵やメイドなどがもみくちゃにされていたり追いつめられて足止めされている。
ここは可愛い声の第三大隊だな。
負傷者もいないようだが、第四大隊は大丈夫だろうか。
しかし心配していたことが起こっていた。
第四大隊は水攻めにあっていた。
『水だ! 桶に水を入れてどんどん持って来い!』
『隊長! 効果絶大です! 猫が後退していきます!』
近衛兵だろうか豪華な鎧の男たちが水を浴びせている。
「ぎにゃぁ! (うわー水だぁ!)」
「うにぃぃぃ! (あああ、自慢のモフモフガァ!)」
愛くるしさの第四大隊の猫も濡れ細って見る影もない。
阿鼻叫喚の地獄絵図である。
とにかく乾かさないといけない。
「にゃ! にゃるる!(キキ! 猫達を乾燥させるんだ!)」
「あいさー! はぁぁぁ!」
キキの日向ぼっこ最大出力だ。
みるみるうちに猫達がもふもふしてきた。
「にゃご!(キキ様がきてくれたぞ!)」
「にゃーにゃーにゃー! (突撃突撃突撃!)」
どんどん増える猫にまばゆい光、衛兵も困惑しているようだ。
『ぬああ、もふもふがぁぁ』
『ぐああ、ざらざらだぁ!』
近衛兵も勢いに負け数人犠牲になる。
『くそ! 新手か!』
『あの光はなんだ?』
『隊長、だめです後退しましょう!』
衛兵隊は後退を始めた。
大きな扉の向こうに逃げていった。
「ここは玉座の間なのかにゃ?」
「うーん、なんか豪華な扉だね?」
ここを破れば勝利は確実だろう。
体格の良い猫を集めて一斉に体当りし、数十回目で扉はへしゃげて付け根から折れて倒れた。
「突撃の合図にゃ!」
《ポコポコポン! ポンポコリン!》
第一、第四大隊の猫達が雪崩れ込む。
近衛兵が奥の玉座の前に、壁を作っていた。
その後ろには貴族やら文官がいるようだ。
『隊長! 五百匹はいるようです、ど、どうしますか?』
『陛下を守るのだ、死守せよ!』
玉座の方から声がした。
『待て、余を守らずとも良い』
『しかし、陛下!』
皇帝は立ち上がり衛兵の前まででてきた。
四十くらいの端正な顔立ちの男だ。
一緒に歩いてきているのは宰相だろうか、狸みたいな体型をしている。
『この国ができてから玉座の間に攻め込まれる事などこれまで無かったな?』
『もちろんでございます陛下』
『それを猫がやってのけた、そうだな?』
『はい、そのようです』
『この国はもう寿命なのかもしれんな』
『陛下……』
戦う気はないようだな。
「にゃにゃん? (キキは人の言葉は喋れるよにぇ?)」
「たぶん大丈夫だよ?」
「にゃーん(じゃあ言ったこと伝えてくれにゃ。)」
「『わかったぁ!』」
「宰相、あれは精霊か? 人の言葉を喋っておる」
「陛下、おそらくは」
とりあえず降伏勧告だ、キキに言葉を伝える。
キキはそのまま言葉を伝えた。
「『おほん、降伏すれば身分と命は保証されるにゃ』」
『宰相、精霊は”にゃ”と言うのか?』
『初耳でございます、陛下』
キキが少し恥ずかしそうにしている。
「『うるさいにゃ、だまってきくにゃ!』」
『うむ、すまぬな』
条件はこうだ。
賢者の石と関わる研究資料と関わった人員すべての処分。
今後賢者の石の研究をしない事。
猫達の安全の保証。
猫達の城内での行動の自由。
猫達のお願いを聞くこと。
『宰相、賢者の石とはなんだ?』
『錬金術士がこぞって研究している魔道具がそのような名前でしたかな』
『余は知らぬな、近衛隊長よ関係者を洗い出し拘束するが良い』
『ははっ、関係者を拘束します』
『猫達の安全と自由は余が保証しよう、宰相、皆にそう伝えよ』
『ははっ、急ぎ伝えます陛下』
文官が宰相の命令を受け急ぎ足て散っていった。
猫達の勝利だ。
「にゃー!(勝鬨を上げるにゃ!)」
狸達が勝利の合図を伝える。
《ポンポコポコポコ! ポンポコポコポコ!》
「「「にゃん、にゃん、にゃぁぁぁ!」」」
猫達が一斉に鳴き空気が震えた。
人間たちは驚いている。
しかし帝は賢者の石のことを把握していないのか?
そのとき合図が届く。
《ポコポコポン! リンポコリン!》
「にゃーごにゃご(賢者の石の在り処がわかったにゃ、お偉いさんについてくるように伝えてくれにゃ)」
「『おほん、猫達が賢者の石を発見したにゃ、帝にはついてきてほしいにゃ』」
帝と宰相、一部の貴族と近衛兵を連れて向かう。
すでに扉は開いており中で数人の錬金術士がもみくちゃにされていた。
部屋には檻があり数人の人間が捕まっているようだ。
『宰相、なぜ人が檻に入っておる?』
『陛下、検討もつきません』
『近衛兵、錬金術士を拘束し全て吐かせよ』
近衛兵が錬金術士たちを何処かへ連れて行った。
檻の中から男が話しかけてきた。
『ご無礼ながら陛下! あっしはキルリってしがない鍛冶屋でごぜぇます。どうか、あっしの話しを!』
『ふむ、許す、何があったか余に教えてはくれまいか?』
近衛兵は檻からキルリを出して椅子に座らせた。
キルリは六日ほど前にさらわれて此処に連れてこられたようだ。
キルリより以前にもさらわれて来た者がおり実験で命を落としたようだ。
数は数十人にのぼるらしい。
『ふむ、我民が錬金術士どもの実験で幾人も命を落としておるとは……』
『陛下、これは由々しき事態にございます』
『宰相よ、すべて調べて報告せよ』
『御意』
『精霊よ、背後関係を調べるためにしばし時間をいただけないだろうか?』
うーん、石と関係資料は回収させてもらうか。
キキにそう伝えると咳払いをして言う。
『了承した、ただし研究資料と現物はかいしゅうするにゃ』
『うむ、仕方あるまい』
『あと、監視として猫を数匹城内に置くにゃ』
『うむ、あいわかった』
『捕まっていたものには金貨を与え家に返してやるのだ』
『御意』
なんとかガラント城での戦いは終わった。
賢者の石と資料も回収し終わり、監視の猫を残し殆どの猫は引き上げる事にした。
さらわれてきて生き残った人間達は家族の元へ返された様だ。
次回予告
猫に負けた帝国は降伏し猫達は支配者となった。
猫に逆らえばもふられる、人々は怯え道を譲る。
それを快く思わない者たちがいた。
犬族の戦いが今始まる。