タマとカラカルの旅
王都から出て三日目にようやく商隊は国境に到達した。
「タマ殿、ここからガラントですよ」
「長い旅だにゃ」
「荷物調べられるから先に降りて国境こえよう」
「わかったにゃ」
ニ匹で屋根から降りると馬車や人に紛れて国境を越えた。
商隊が越えるのは少し先になりそうだ。
「まぁここは我々は楽に通れるけど、ガラントの城は難しいよ」
「猫でも無理にゃ?」
「門番が通してくれないからね、鼠でもたぶん無理だと思うよ」
「こまったにゃあ」
「まぁ入るときは手伝うから」
国境を抜けた馬車にばれないように飛び乗りマタタビの粉でうにゃうにゃしだした。
日が暮れて辺りが薄暗くなってきた。
『ぐぅ! 敵襲!』
一人の冒険者が膝に矢を受け叫ぶ。
風を切って矢が飛んできて近くに刺さった、驚いて声が出そうになった。
「にゃっ!」
声出てた。
「む、盗賊みたいだな、矢に気をつけるんだ!」
二匹は素早く積み荷の影に隠れた。
盗賊は随分数が多いようだ、冒険者は応戦するもどんどん倒れていく後方の馬車が二両捕獲されたようだ。
「最近はこんなことが増えているらしい」
「人間の管理が行き届いてないのかにぇ」
「まぁ、変な実験してるくらいだからな」
もう安心かと思ったが盗賊が追いかけてきたようだ。
『盗賊が追いかけてきています!』
冒険者達が慌てている。
『矢を撃て! 近付けさせるな!』
雇い主であろう恰幅の良い男が指示を出している。
『幌馬車を下げて囮にしろ! 箱馬車は先行して逃げるんだ!』
『各自応戦しろ! 街まではすぐだぞ!』
なんとか街にたどり着いたものの一行は馬車三両に護衛を半数失っていた。
街についたのは良いが、冒険者と雇い主が喧嘩をしているようだ。
『どういうことだ、あの盗賊はそこらの盗賊じゃない、森の住人だぞ!』
『うるさい! 金は払ったんだ黙って仕事しろ!』
『冗談じゃない何人仲間がやられたと思ってるんだ! 森の住人とはこれ以上戦えない、一体何を積んでるんだ?』
『お前は知る必要が無い! 嫌なら逃げるが良い! そうなると二度と仕事できないがな!』
『やってられない! このことはギルドに報告する!』
揉めた冒険者は、護衛を辞めるようだ。
どうやら箱馬車の積み荷に問題があるらしい。
気になったため夜中にこっそり扉を壊して忍びこむ。
中にいたのは、封印術式が書きこまれた檻に入った精霊だった。
なるほど、森の住人とはエルフの事で、精霊をさらわれたから追いかけてきたのだろう。
術式のせいで隔離されているのか、ぐったりしている。
魔法陣の一部に魔力を一気に流して焼き切ると、中の精霊を抱き上げる。
小さい人型だからそこそこ力のある精霊かな。
精霊は丸型―小さい人型か獣型―大きな人型か獣型、と言った感じで大きくなり、持っている力も強くなる。
たぶん属性は光かな。
それにしても人に捕まるとは珍しい、それに随分と衰弱している。
床に寝かせて頭と足に手を当て、頭からゆっくり魔力を流し循環させる。
しばらく流していると、魔力がなじんで精霊は魔力を蓄え始めた。
「うん……ここは……」
「気がついたかにゃ?」
「あなたは……助けてくれたの?」
「そうにゃ、精霊は仲間だにゃ」
精霊は世界樹の眷族だから守るべき存在だ。
世界樹は神々が創りだしたもので支配の象徴みないなものなのだ。
「ありがとう、もう少しで消えるとこだった……」
「なんでまた人間なんかにつかまったのにゃ?」
「よくわからない、気づいたら檻の中にいたの」
魔力を遮断された檻に、精霊を閉じ込めるなんて尋常ではない。
どこの世界も精霊信仰とかあるから捕獲されたりは仕方ないけど。
もう少し補給させておこうとしていたら、複数の足音が聞こえてきた。
『おい、扉が開いてるぞ!』
「気付かれたにゃ、ここにはいってるにゃ!」
精霊をお腹の袋に突っ込むと、全速力で逃げ出す。
男たちの間をジグザグに抜け闇に紛れた。
『うわっ、なんだ!』
『狸か?』
失礼な”もふもふ”と”もこもこ”の違いもわからないとは。
あれは雇い主と従業員かな、冒険者はもういないようだ。
『なんてことだ! 精霊を奪われたぞ!』
『大変だ、取り戻さないと俺達も命がないぞ!』
『お前ら突っ立てないで探せ!』
このままここにいると危険か、カラカルにも伝えなくては。
男たちが散ってすぐに馬車の屋根に行く、カラカルはマタタビの枝を持って寝ていた。
「カラカル殿! おきるにゃ!」
「んにゃ、タマ殿?」
「寝ぼけてないで逃げるにゃ!」
「うん、ああ、なにがあった?」
二匹で夜の闇にまぎれて逃げる。
精霊のことを話しどうするか相談する。
「エルフがきているなら、精霊を連れて行ってもらうのは?」
「やだよ! エルフも人と変わらないよ、閉じ込められちゃう」
「信仰の対象になるもんにゃ、捕まってもおかしくないにぇ」
「エルフは探知魔法に長けてる、鼠すら逃さないと聞くが……」
「追っ手が来るのも時間の問題かにゃ、カラカル殿は先に行って欲しいにゃ」
「分かった、帝都で会おう、タマ殿死ぬなよ」
頷いて二手に分かれる。
夜明けまでは時間があるが、エルフは夜でも関係なさそうだ。
袋から顔を出している精霊が話しかけてきた、袋から顔を出しているときは二足歩行で歩いている。
そうでないと地面に精霊が当たってしまうからだ。
「タマさん、タマさん」
「どうしたにゃ?」
「タマさんて猫なの?」
「猫だにゃ、神使だけどにゃ」
「神使なの? 初めて見た」
「神使がくるのは数千年に一度位にゃ」
「なにしにきたの?」
「世界樹の種と、賢者の石をとりにきたにゃ」
「世界樹って大婆様のことかな?」
世界樹自体大きな魔力を帯びているので精霊化しているのだろう。
魔力の源である世界樹の精霊は他の精霊の親のようなものなのだ。
「たぶんそうにゃ」
「賢者の石はさっき捕まってた人達が話してたの」
「なんていってたにゃ?」
「わたしを核にして何かを作るっていてた」
精霊を魂代わりにして生成した者に意思をもたせようとしているのだろうか。
精霊は属性のある純粋な魔力の塊なので、有機物に内封しても属性侵食されて永くは生きれないのだ。
機械や魔道具の動力源とかにならなるかもしれないが。
下水路の肉の塊から考えるとそうではないだろう。
しばらく歩いていると魔力波を感じた。
探知魔法だ、かなり近い。
「見つかったにゃ、袋の中に入ってるにゃ、逃げるにゃ」
「あわわわ」
精霊が袋の中に引っ込むと、すぐに矢が複数飛んできた。
大半は避けたが、誘導の風魔術が掛けられているようで厳しい。
突然金属を叩いた様な音がして、矢は跳ねて何処かへ落ちた。
板術が自動で防御したようだ。
ヴァルハラなんかでは、イージスの盾とか言われてる術で、自動防御に魔力照射で相手の魔術を妨害したり、テーブル代わりにもなる術だ。
ただし板術は元の術より術式を軽量化しているので、自分で使う板を用意しないといけないため、家で使うまな板と柄の取れた”ヘファイストス印のフライパン”を持ってきている。
鍛冶の神ヘファイストスの作ったフライパンは、五百年使って柄が取れた。
驚きの耐久力だった。
柄が取れたせいで板と認識されているので、フライパンが矢を弾いたようだ。
しかし防御は良いとして、攻撃手段がない。
二本目の尻尾を開放していれば、雷術で遠距離でも戦えるのだけど。
尻尾の解放は信仰を得ることでできるが、人助けやら沢山しないといけないから大変なのだ。
さっさと逃げるべしと全力で走る。
板術で相手に魔力照射しながら全力で走る。
探知魔法さえ妨害すれば、追いかけては来れないだろう。
一時間くらい走ったか、岩場を見つけ休憩する。
きつい、呼吸が乱れる。
「厳しいにゃ、つかれたにゃ」
「だいじょうぶ?」
「持久走はむいてないのにゃ」
マタタビの葉を出し吸いながら寝転んだ。
精霊はお腹でもふもふして遊んでいる。
光の精霊だから陽にあたっているような暖かさがある。
一息ついて辺りを見回してみる、追手は巻いたようだ。
一眠りしたら出発しよう。
それから二日後、ようやく帝都らしき大きな街が見えてきた。
緩やかな丘にたててあるのか中心部の城ほど高い場所にある。
殆どの家は石造りで路地も整備されているようだ。
「うわぁ、おっきいね」
「帝都で間違いなさそうだにゃ、とりあえず入ってみるにゃ」
「人間の街ってすごいね」
「群れると強いのが人間にゃ、見つかるといけないから袋に隠れてにゃ」
「うん、袋の中安心する」
精霊はもそもそと袋に入っていく、袋の中は外界から切り離され守られているので安全なのだ。
街道を通る荷馬車に密かに飛び乗り門を抜けた。
石造りの町並みは見事なものだが、行き来する人々はどんよりしている。
井戸端会議に耳を凝らすと、最近の話題になっていることが聞こえてきた。
『また下流に変な肉の塊が流れてきたそうよ』
『こわいわね、いったいなんなのかしら』
『隣の区のキルリさんちの旦那が行方不明らしいわよ』
『やーね、最近行方不明が多いわね』
いま帝都では行方不明者が続出しているのと、例の腐肉が話題らしい。
あとは旦那の愚痴にうつっていった。
これ以上聴いても仕方ないから猫を探してうろつく。
家と家の間の少し広いとこで、猫の集会を見つけた。
カラカルのことを聞いてみよう。
「こんにちはだにゃ」
「ん? 見ない顔だな」
この集団の虎柄のボス猫が相手をしてくれるようだ。
「カラカル殿について隣の国から来たにゃ」
「カラカルっていうと外交官のカラカル殿だな、はぐれたのか?」
「盗賊に襲われて二手に別れたにゃ」
「そうかい、災難だったな ――チビ、長老のところに案内してやってくれ」
シャム猫みたいな色した小柄の猫が案内してくれるらしい。
「はーい、ついてきてくだしゃい」
「よろしくたのむにゃ」
塀やら屋根やら物干し紐を伝っていくと廃屋についた。
チビは小柄だから良いけど、難易度高いぞ今の通り道は。
「ここでしゅ、長老しゃまいましゅか?」
模様が八の字の黒髭な白黒猫が顔を出した。
「なんじゃ、チビか」
「カラカルしゃんをさかしてるかたを、つれてきましゅた」
「おお、話は聞いておるんじゃ、入って来られよ」
お礼にマタタビの葉をあげると、チビは帰っていった。
廃屋に入ると数匹のボス格らしき猫がいた。
「タマ殿じゃったかの、よく参られた」
「よろしくですにゃ」
カラカルはいま情報集めに出ているらしい。
長老達に話を聞くと、やはり城の方から腐肉は流れてくるそうだ。
そうしていると雨がふりだした、猫は雨が嫌いだ、自慢のもふもふがしぼんでしまうからである。
しばらくしてカラカルが帰ってきた、雨に濡れて細く見える。
「ひどい雨だ、しぼんでしまった」
「おお、カラカルよタマ殿が来ているぞ」
「タマ殿、無事だったか」
「にゃあ、なんとかなったにゃ」
「そりゃ良かった」
カラカルは濡れて気持ち悪いのか細い身を震わせた。
水滴が全面に勢い良く飛び散り、カラカルは少し太くなった。
「ぎゃあああぁぁぁ」
「うわ、やめろ!」
「ワシのもふもふがぁぁ」
長老達が騒ぐ、どれだけ水嫌いなんだ。
袋から精霊が顔を出し安全とわかると這い出してきた。
長い毛のせいで袋は見えないが。
「おお、もしやその御方は精霊では?」
長老達も間近で見るのは初めてだろう鼻を鳴らしながらまとわりついている。
「ねこさん、髭がくすぐったいよ!」
「光の精霊だにゃ」
「おお、光の精霊様ありがたやぁ」
猫たちは精霊を拝んでいる。
精霊に乾かしてもらおうと名を呼ぼうとしたが、名前を知らなかった。
「そういえば精霊は、名前あるのかにゃ?」
「うーん、名前っぽいのはないよ?」
「呼んで欲しい名はないのかにゃ?」
考えているがこれといってないらしい。
「うーん、タマさんがつけてよ」
「にゃ? どうしようかにゃ……」
自分の名前が名前だから自信がない、短い名前のが呼びやすいかな。
光の精霊だから輝いてるって所でキキにするか。
「じゃあ精霊の名前はキキでどうにゃ?」
「キキね! タマさんありがとう」
キキは名前が付いたことで嬉しそうだ。
「キキ、日向ぼっこしたいから光ってくれにゃ」
「んー、いいよー」
キキが輝きだす、まるで小さな太陽のようだ。
「タマ殿、精霊は素晴らしいですね」
「そうだにゃ、キキがいればいつでも日向ぼっこできるにゃ」
カラカルも毛が乾いてきてご機嫌だ。
猫達も気持ちよさそうに伸びている。
何事かと、光を見た近くの猫も集まってきている。
「ふわぁ、あったかいんじゃ~」
「ああ~、蚤がぴょんぴょんするんじゃ~」
キキはピンポイントで蚤に熱線を照射し蚤の駆除までしていた。
気の利く精霊である。
長老がのそっと進み出て来た。
「光の精霊キキ様! 我々猫一同キキ様に忠誠を誓いまする」
「「キキ様に忠誠を!」」全ての猫が復唱する。
あれ? キキさん信仰あつめてらっしゃる。
羨ましいことだ、こっちにも分けて欲しい。
しばらくして雨が上がると長老が指示を出していた。
「すべての猫にこの事を伝えるのじゃ!」
猫達が散り散りに走っていき、外交官猫は他国へ向け出発した。
「ところでキキ様はこれからどうするので?」
「ん? タマさんについていくけど」
「タマ殿はこれからどうするので?」
「腐肉の解決のために城へ潜入するかにゃ」
「そういえばそういう話でしたな」
長老は忘れていたようだ。
「ふむ、準備のために二日ほどお待ちいただけますかな?」
「わかったにゃ、よろしくだにゃ」
二日もなにもしないのも暇だし少し偵察に行くか。
重い腰を上げて城へ向かう。
所々出会う猫に挨拶される。
「キキ様、ご機嫌麗しゅう」
「おお、キキ様ありがたやぁ」
「キキ様に忠誠を!」
主にキキがだが。
「おいそこの猫、キキ様に毛がつくから離れろ!」
「だまれにゃ」
猫パンチで転がした、お前も猫だろうに。
キキの話はもうかなり広まっているようだ。
キキと従者みたいに。
「ねぇ、タマさんタマさんおなかすいた」
「袋の中に団子あるから食べてにゃさい」
あれ、精霊って食べ物いるんだっけ?
まぁいいかと思い遠目に城門を観察する、門番は四人か。
そこまで厳しいようには見えないが。
とりあえずキキを袋の中に仕舞うと自然に通過しようと近づいていく。
門を抜ける瞬間捕まった。
『おーっと、ニャンカスゥここから先はとおさねぇぜ』
『おい、アルあんまり猫いじめるなよ、祟られるぞ』
『わかってるって、これも仕事だぜ』
門番のアルに首の後を摘まれ軽く投げ戻された。
ニャンカスゥって言ったな、許さん。
門の手前で寝転がり右左にゴロゴロする。
人の出入りに紛れて門に向かって一気に転がる。
『よっと、ニャンカスゥ甘いぜ、俺の目の黒いうちは此処は通さねぇぜ』
門番のアルに首の後を摘まれ軽く投げ戻された。
ニャンカスゥて言ったな、二度も言った!
こうなれば最速で駆け抜けるしかあるまい。
助走をつけて走り門に向かう。
何かが目の前に投げられた。
「にゃにゃ(これはマタタビ棒ではにゃいかにゃ)」
マタタビ最高、うにゃうにゃ。
『くくく、ニャンカスゥおめぇにゃこの門はくぐらせねぇぜ』
罠か、おのれアルめ、二日後に後悔することになるぞ。
どうしてやろうかと思いながらマタタビ棒を咥え門を後にした。
次回予告
門番アル(本名アルパカ、呼ぶと怒る)との戦いは三日三晩続いた。
決着のつかない戦いにタマは畑で最終兵器を用意するのだった。
すべての猫を救うために。