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ADVALN ―世界の真実を知るまで―  作者: 安藤真司
―出逢い編―
7/20

絶望に呑まれるまで

「ここまでくれば安全です」

「ここからはこちらの協会の方の誘導に従ってください!」

「ありがとうございます!」

必死に建物の中を捜索し、救出を続ける一葉と結。

既にノアから言われていたことだが、本当に体力や筋力は人間のそれを凌駕しており、どんなに走り回っても体に疲れは一向に見られない。

そのことに「自分は人間ではない」という事実を突きつけられているような気がして嫌にもなるが、今はただ人助けに役立っていることに感謝するように目をそらす。

「本当にキリがないな…」

「一葉先輩、ひょっとして、私たちもあの怪物倒すの手伝った方が効率良いんじゃ…」

「そうかもしれないけど…」

「うん…ノアちゃんとリンドウさんの足手まといにしか、ならなそう、だね…」

「…だな…」

二人して空を仰ぐ。

広がる青空に幾度目かの怒号が響く。

「今はとにかく俺たちに出来ることを確実にやってくくらいしかできないみたいだな」

「ですね」

そうして再び、驚異的な跳躍力で付近の建物の窓に飛び込み、中に取り残された人がいないかを確認する二人。

「爆発、やまねぇかなぁ…」

「やまないですねぇ…」

爆轟に震える街を眺めつつぼやく。


して、その爆轟の原因。

そのまま有り体に言えば、爆発の原因、爆発を起こしている張本人なのだが、

片や、

「そっちに誘導する!!」

などと叫びながらバズーカを器用に空中で構え、発砲している金髪の女性。

片や、

「任せろ!爆発<エクスプロージョン>!」

と応えつつ黒色の光を放つ右手を対象物に向けて構える男性。

ノアとリンドウである。


一葉と結がどことなく神妙な会話を続けた理由の大部分が、先ほどまでの明るい印象の二人がそれはもう辺り一帯全て吹き飛ばそうとする爆弾魔のごとく空中にて爆発を繰り返しているからであった。

リンドウ。

彼の持つアドバルンの紋章の力は、対象とする場所を爆発させることのできる能力らしい。

爆発の規模はある程度まではコントロールできるが大きな爆発を起こそうと思うと強い精神力を要するらしく何度も使えるものではない、しかし、それでも十分この世界に棲まうモンスターを撃退する分にはコントロールできる範囲内で事足りるほどに強力である。

ただし爆発できるのは視認できる場所限定であり、また、対象物そのものを内側から爆発することはできないため、案外使い勝手は良くもない。

が、一つ言えるのはノアの力同様、この力が戦闘に特化しているという点である。

アリスの力とは違い、戦闘以外では何一つ役に立たない分、戦闘においては他を寄せ付けない力を発揮する。

そのリンドウに合わせるように、パチャカマックの進路を誘導するノア。

彼女も無論、一年前にこの世界に来てから初めて銃というものを扱いだしたので経験自体はわずかなものであるが、紋章持ち特有の身体能力や優れた感覚器官によって既に多くの銃器を想うがままに操れる領域に達していた。

二人はこれまでにも幾度か共闘したことがあり、声はかけあっているが、ほとんど言い切る前にはお互いの求める行動に移れるほどには息が合っている。

そのため現状、紋章持ちに対して回復不能の攻撃をしてくるらしいパチャカマックを相手に、無傷のまま相対することができている。


「っし、また良いところ決まったかな…もうひと押し…?」

再びリンドウの爆発がパチャカマックの両の足を捉えたその時、パチャカマックの獅子のような鬣がふいに逆立った。

その様子に、先ほどのアリスからの注意を思い出したノアはそのアリスの作った回線<ネットワーク>を使って残り三人に呼びかける。

「皆、パチャカマックが咆哮しそう!耳ふさいで!」

と、一、二秒遅れて、ブオオオオオオッ、とパチャカマックの怒号が轟く。

「あーもうっ、耳キンキンして、痛いよっ!」

愚痴りつつも再び照準を定めようとした瞬間、ノアは戦慄する。

あまりにも大きなパチャカマックの咆哮に身をひるませた、わずか一瞬のうちに、視界からその怪物の姿が消えていることに。


「上だ!」


かろうじて聞こえたリンドウの叫び声に、ノアは上空を確認することすらなく全力で横跳びを行った、のだが、巨体に見合わない速度で動いた獅子や虎を連想させるこの怪物の攻撃を完全に避けきることはできずに、落下してきたパチャカマックの前足の巨大な爪がノアの右足のふくらはぎあたりを軽く、抉り取った。

そのため横跳びは中途半端な速度で失敗に終わり、建物の屋上から屋上へと跳ぼうとしたノアは為す術もなくふらふらと道へと落ちていった。

「ゴールド・ガン!おいっ!大丈夫か!?」

慌ててリンドウが呼びかけるが返事がない。

「くっ、アリス!どうだ!?」

『こっちもダメ!視界が暗転してる!反応がない!』

「わかったこっちでなんとかする!アリスさっきの瞬間移動は!?」

『相当速いけど、でも物理移動だった!使われたのはあくまで筋力だけ!』

「了解!他の場所にも教えてやってくれ!」

『うん!』

アリスとのやり取りをすぐに切り、リンドウはノアの元へと向かおうとする。

全力で地面を蹴り、一跳びでノアの元へと向かおうとした瞬間、パチャカマックがノアへと追撃を行おうと足に力を溜めているのがわかった、恐らくまた跳躍しようとしているのだろう。

「させるか…よっ!」

右手をパチャカマックのいる位置のほんの少し上の空間にかざす。

そして今までで最大規模の爆発を念じる。

「この世界を創造せしアドバルンよ、我は人為らざる者なり、この不死の力とアドバルンから授かりし力で、同じく修羅の道を歩む友を助け給え…」

そして黒く光る右腕から力を解き放つ。

「爆轟<デトネーション>!」

先ほどのパチャカマックの咆哮に負けず劣らずの轟音。

解き放たれた力はパチャカマックの頭上で弾け、そしてそこから生じた衝撃波は再びの跳躍を試みたパチャカマックをその場に押さえつけるのに十分な規模であった。

この一瞬の間にノアを助けようとしたリンドウの目にあるものが飛び込んでくる。


「なっ!?」

助けを求める人影が、現在パチャカマックがその屋上に立つ建物の数階下の階に見えたのだ。

どうやら母娘で逃げ遅れたようだ。

(一般市民の安全が優先か!?だが、回復力を失ったゴールド・ガンもあのまま放っておくわけにはいかない…両方、間に合うか!?)

思う間に跳躍を始め、リンドウは迷った末に道に転がったままのノアよりも先に、このままでは建物自体が崩れてそれに押しつぶされてしまうであろう逃げ遅れた市民の方へと向かう。

パチャカマックはいつまた動き出すだろうか、と動きを見つつ、もう一度牽制のつもりでパチャカマックの頭上を爆発させ、その爆炎に隠れて下の階に滑り込む。

「大丈夫ですか!?外まで案内します!娘さんは抱えたままでいいです!」

そういってリンドウは母娘を二人ともまとめて抱きかかえた。

「あぁっ、あ、ありがとうございます!ありがとうございます!」

「いえ、それよりも、かなり強く跳ぶので娘さんを離さないように!」

「はっ、はい!」

「いきますよ、いっ、せー、のっ!」

と、二人を抱え、ノアのいる通りに降りようとした、その時。

リンドウは己の失策に気づく。

先ほどの爆発から、異様なほど静かだったパチャカマックが、窓から飛び出したリンドウたちを狙うように前足を振り下ろしてきていた。

(さっきゴールド・ガンを狙ったのも、この攻撃も、計算だったのか!?)

もはや攻撃は避けられない。

そう判断したリンドウは後ろを向きつつも抱きかかえる母娘を守るように背を向け、自身の背中のすぐ近くに小規模の爆発を何発も起こした。

爆発によって加速した身体はパチャカマックの攻撃の直撃を逃れたが、やはり完全に避けることはできず、背中に久々の消えない痛みを受けたまま落下していく。

それでもなんとか落下直前に三度、先ほどよりも小規模な、落下の衝撃を多少抑える程度の爆発を起こし、抱えた市民への落下の衝撃をなるべく減らす。

その甲斐あってか、落下してから数秒転がるも抱えた市民の方はすぐに立ち上がり、背中の傷が癒えないリンドウの元へ寄ってきた。

「あ、あの!だ、大丈夫ですか!?私たちをかばって、その…」

不安そうな顔で見てくるが、リンドウは視界の端にこの自分とすぐそこに自分同様倒れるノアの姿、それを狙うパチャカマックの姿を確認して、なんとか声を絞り出す。

「にげてください…あちらに協会の人がいますから…早く…」

「ですが!」

気遣いはありがたいものの、そうもいっていられない状況である。

その判断のもと、リンドウは悲鳴をあげる身体を無理やり起こし、空元気で明るく応える。

「知ってのとおり、俺らは時間がたてば傷も治ります!だから大丈夫です!さあ行って!」

その想いが通じたのか、ようやく娘を抱えた女性は走りだす。

しかし、走り出した先にパチャカマックが上空から道を塞ぐように降り立った。

再び目の前に現れた怪物の形相に腰を抜かし、身動きがとれなくなってしまった母娘を巨大な爪が狙う。

リンドウが痛みを抑えて力を込める。

その前に、銃弾がパチャカマックにぶつかる。

小さなつぶやきがこぼれる。

「相手は、こっち、でしょ…?」

その威力はお世辞にも強力とはいえないものだったが、パチャカマックの意識をそらすことには成功した。

銃弾を放った主は、目を覚ましたノアだ。

深くえぐられた右足は復活しておらず、そこから吹き出す血の量も看過できないはずだが、その強い精神力で寝たままなんとか銃を構え、繰り出していた。

市民を襲おうとしていたパチャカマックがまた一跳び、ついでのように間に立っていたリンドウを力半ばに突き飛ばし、ノアの眼前に迫る。

「ぅぐっ…ノ…ア…に…げろ…」

強靭な腕によって突き飛ばされたリンドウは壁にめり込むようにぶつかり、身動きもろくにとれないまま、パチャカマックがノアに爪を突き立てるさまを眺めることしかできない。

当のノアも先ほどの一撃で力尽きたらしく、もううつ伏せになったまま顔もろくに上げることができていない状態である。

(ここ、まで、かな…)

と、

ノアが諦めかけた、

瞬間、

二つの声が同時に響く。


「「手を伸ばして!!!」」


そして、世界が減速する。

その二人、一葉と結だけを残して。

パチャカマックが爪を振り下ろすよりも速く。

声に気付いたノアが渾身の力で右手を5cmほど上げるよりも速く。

身動きが取れないながらもリンドウが決死の思いで右手をかざし爆発を起こそうとするよりも速く。

世界の何よりも速く。

その手は伸びていく。

まるで影が実体化したかのような、真っ黒な蔦のようなものが高速でノアの体へと巻き付き、そしてそのままノアを持ち上げて元の場所、結の脚の紋章へと帰ってくる。

結果、パチャカマックは盛大に空振りをし、爪を地面にめり込ませている。

その通りに面した別の建物の二階にいた結はノアをゆっくりと床に寝かせると安堵の表情を浮かべた。

「ノアちゃん…良かった…間に合った…!」

「結…ちゃん…これは…紋章の…力…?」

「そうだよ、ノアちゃんが、教えてくれたんだよ」

「私が…?」

会話を一葉が切る。

「ユイ、まだだ、皆助けて、いったんここから脱出もしないと」

「はい!」

「……」


こんなやり取りがあったらしい。

リンドウが市民を庇って背中に攻撃を受け、道に落ちたところで一葉と結にアリスから連絡が入った。

『お願い!このままじゃノアさんもお兄ちゃんも死んじゃう!』

すぐにパチャカマックのいる通りに面した建物内に入り、状況を確認すると既に満身創痍のノアとリンドウの姿が見えた。

「どうする!?これじゃ間に合わない!」

慌てる一葉に対して、

「大丈夫です」

やけに冷静な結。

つられて一葉もトーンを下げる。

「…何か策があるのか?ユイ」

「…ノアちゃんが言ったんです、私の力は、足から草を生やすことだって」

「あぁ、確かに言ってたな」

「それとこうも言いました、足から生えている雑草を元に戻す時に、いつも通りの自分の足をイメージして、って」

「…それも、言ってたな」

「だから、この世界の強さはイメージの強さなんですきっと、私の足から生えてくるのは確かに草というかただの植物かもしれませんが、蔦のようにぐるぐると巻き付く形状であったり、あるいはもっと大きなものも出せるかもしれません」

「そう、だな、でも、なんでもはできないかもしれない、なんでもできるならイメージであの怪物を消すことだってできるはずだ」

「そうですね、だから、限界がどこにあるのかはわかりません、でも、確信してます、私、ノアちゃんを助けるためならきっとイメージ通りのものが出せるはずです、ううん、出してみせます」

「わかった、ユイを信じるよ」

「ありがとうございます、一葉先輩」

「失敗、すんなよ」

「するわけないじゃないですか」

そして。

「ノアちゃん、私が、ノアちゃんを、助ける、助けるんだ、友達を救う私の力、誰よりも速くノアちゃんを支える力、どこまでも伸びる私の力…」

「…いけるな、ユイ」

「いつでも行けます、一葉先輩」

「「せーのっ」」


「「手を伸ばして!!!」」


手を伸ばして、という言葉はノアに向けた言葉ではなく結が自身に向けて発した言葉だったらしい。

結は自身の紋章の力を発動し、それは足の紋章から黒色の蔦として放たれ、こうしてノアの体をパチャカマックから引き離した。

ノアを助けたことで集中力がさらに増した結は直立の姿勢から両足から先ほど同様の黒い蔦を出現させ、リンドウと母娘を同時に救い出そうと再び宙を翔ける。

パチャカマックも標的を結の方に定め直すように目線を動かした。

それらを見て、リンドウはアリスの力で通信を一葉と結に送る。

『俺が…ひきつける…その間に…彼女たちを連れて…』

「断ります」

結はリンドウの申し出を一蹴する。

「み、ん、な、を、助けるための力なので、お断りします」

『だが…!』

それに対してアリスから通信が入る。

『丁度今協会から連絡!あと少しで防護装置の準備が整うって!だから皆逆にパチャカマックから離れるようにとのこと!』

「了解!」

「ね、だから離れるよリンドウさん、皆で」

『わかった…申し訳ない…』

「急ぐぞユイ!」

「わかってます!」

再び超高速でリンドウと市民の体をしっかりとつかみ、引き寄せる。

その間にもパチャカマックがこちらに迫ろうとしている、と思ったのだが、窓から外を確認した一葉は異変に気付く。

「こっちを見ていない…?っつーか、さっきまで抱かれてた娘がいない!?」

「えぇっ!?」

こちらに引き寄せた蔦から少しずつ声が漏れてくる。

先ほどの母娘の母親だけが蔦に巻かれている。

「あの子が!あの子が急に起きて走っていってしまって!あぁっ、お願いですあの子を!あの子を!」

ほとんど嗚咽に近い声で泣き叫ぶ母親を横に、一葉とリンドウもゆっくりと寝かせた結は辺りを見渡す。

すると、パチャカマックの移動しようとしている方向の先、幼い子供がたたたっと走って路地に入ろうとするのが見えた。

パチャカマックがその娘を捕らえようと動こうとするのも見える。

「くっ!」

結は焦りながらも再び足から蔦を走る女の子に向けて高速で伸ばす。

頭の中でイメージすると、恐らく女の子を抱えることはできそうだが、その後こちらに引き寄せるまでの間にパチャカマックの攻撃を受けてしまうとわかる。

(間に合わない!だったら!)

と、結は女の子に蔦を巻き付かせることに成功した瞬間に自身の方に引き寄せるだけでなく、自分も女の子の方に引っ張られるように外に身を投げた。

まるで女の子と位置を取り換えるかのような勢いで互いに引っ張られていく。

結の思惑としてはその中途で女の子を直接抱きかかえ、別の場所にまた蔦を伸ばして逃げよう、というものであったが、しかし窓の外に身を放った瞬間にリンドウから通信が入る。

『ダメだ!奴は計算してるっ!』

ハッとして見れば、今の今まで走る女の子を攻撃しようとしていたパチャカマックが驚異的なスピードで結と娘の移動する軌道上に立ち、丁度二人が交錯する点を前足の爪で切り裂こうと用意している。

(なんっ、とか、軌道の変更を…)

もう片足から別の蔦を出し、今の軌道を修正しようとするも、最短距離で最高速で引き寄せようとしたせいでもはやそれも敵わない。

それでもなんとか空中であがこうと懸命に蔦に力を込める結。

猛烈なスピードで近づくパチャカマックの魔の手。


いよいよ万事休すかと思われたその時、結と小さな女の子を横に吹き飛ばす強い力が働いた。


結は驚愕に目を開く。

なぜなら。

あらかじめ計算していたらしい巨大な怪物、パチャカマックを除いて、誰一人として反応できないであろう速度で、誰よりも速くをイメージしたこの力で引き寄せていたはずだというのに、

自分ともう一人幼い娘をパチャカマックの攻撃軌道から大きくずらすように吹き飛ばしてきたのは、


一葉であったからだ。


「一葉…先輩…?」

吹き飛ばしたというが、一葉は単純に縮んでいく蔦の方を強い力で押し出したようだ。

そのため、一葉は強い力で逆方向へ、つまり、パチャカマックの攻撃圏内へと吹き飛んでいく。

パチャカマックの鋭利な目が一葉を捉える。

「一葉…先輩…それ…死んじゃい…ますって…」

飛ばされながらも引っ張り続けた幼い娘をしっかりと抱きとめ、地面に尻餅をつく格好で着地する結。

そして、それと同時に。

パチャカマックの、巨大な爪が、一葉の腹を、突き刺し、そのまま乱暴にひきちぎった。

一葉の、体が、臓器が、まるでぼろ雑巾をひきちぎって捨てたかのように、飛散し、重力に従って落下していった。

その光景に、結が抱える未だ幼い娘以外のその場にいる全員が戦慄する。

結が、何も考えることもできないままにまたしても一葉の名前を呟く。

「一葉…先輩…?」

しかし今度はその口調には困惑が多分に含まれている。

パチャカマックが無惨にも風穴をあけた一葉の体は、当然のごとく、多量の血をまき散らしながら地へと落ちていったのだが、そこにあるはずのものがなかった。

否、あるはずの、色が。

引きちぎられた黒田一葉の体からは、この世のものとは思えない、光を一切含まない、真っ黒な血が噴き出していた。

それに伴い、彼から飛び出た臓器も同じく黒色に染まり、遠目にはシルエット以外は認識できない状態である。

さらに恐るべきことに。

その黒色の血は地に落ちた後、もぞもぞと液体のまま動き出し、ばらばらになった一葉の体を繋げはじめた。

パチャカマックからの攻撃は蘇生不可能であるといわれており、現にノアとリンドウは直撃ですらない攻撃で戦闘不能に陥っているほど強力なものであったにも関わらず。

そうした理論をまるで無視するかのように。

そうした能力を打ち消すかのように。

一葉の体は元の形を取り戻した。

「いち…よう…せん…ぱ…あ…う…」

ほとんど言葉にならない様子の結に、一葉は、何事もなかったかのように振り返って話しかける。

「大丈夫か?ユイ?安心しろ、俺が守ってやるから゛ぁ?」

話しかけ、またそれが言い終わる前にパチャカマックの前足が一葉の体全てを脳天から押しつぶした。


べちゃっ。


黒い血を噴き出してまたすぐ元に戻る一葉。

「まモって、やるがラ、ナナ?」

パチャカマックすらどこか自分よりも強い、そんな生物を相手にしているかのようにおびえた様子で、執拗に一葉を引き裂き、潰す。


ぐちゃっ。

元に戻る。

べちゃっ。

元に戻る。

ぐちゃっ。

元に戻る。

べちゃっ。

元に戻る。

ぐちゃっ。

元に戻る。

べちゃっ。

元に戻る。

ぐちゃっ。

元に戻る。

…………。

…………。


「あハはハはハはハイタクナイイタイイタクナイイタイイタクナイイタイこれなら何度でも何度でも何度でも何度でももも死ねるよとよ死ぬにたびに力をが強くなんまってるきすらすすうううるよおれががみんんいあいあないあいをままおもるんだだだだだ」

何度も。

何度も。

何度も。

死んでは生き返りを繰り返した一葉は、呂律の回っていない、意味不明な音の羅列をぶつぶつ繰り返すようになり、自我を失い、そうになったが、

「………………………ゎるぃ」

「あハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハh……………ぇ?」

「き……ゎるい…きもち…わるい…気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!!!」

「…………ユ…………イ?」

結の言葉にすんでのところで現実へと戻される。


しかしその結の言葉は一葉への感謝ではなく、純粋な、拒絶。

一歩、結の方に歩み寄ろうとした一葉を見て、再び、今度は明確に拒絶する。

「っ!来ないでっ!!いやっ!!気持ちっ悪いっ!!!」

「ユ…」

「いやぁっ!!!」

「ユイ……?」

目いっぱいの拒絶をした結は女の子を抱えたまま、一葉から逃れるように、走り去っていった。


そして。

何度潰そうと何度引きちぎろうと蘇る一葉に本能的に気味の悪さを感じ取ったのか、今まで攻撃を続けていたパチャカマックも、一葉の元から遠ざかるかのように逃げて行った。

そのパチャカマックの逃走先はこの世界の中心となっている巨木、アドバルンであったが、そこにいざ触れようとした時に、アドバルンに並んで建つ協会から、パチャカマックの体の半分ほどの大きさもあろうというやはり巨大な槍が飛んできた。

見るにどうやらこの槍の材料にはアドバルン自体が使われているらしく、この世界の最も強い構成要素であるアドバルンの力を直に受けたパチャカマックは今までの凶悪さがまるで嘘だったかのように霧散した。

パチャカマックが去ったことによって、辺りに静寂が立ち込める。


未だ放心状態で動けないでいる一葉に、

どこかへと走り去ってしまった結、

一部始終を見て、こちらも放心しているノアとリンドウ、

通信越しに全てを観察し、それでもなお何も話すことのできないアリス、

それぞれがそれぞれの思いのままに静寂を保つ中、ようやくこの沈黙を破ったのはリンドウと共に助けられた一般市民の誇り高き母親で、

「…助けていただいてありがとうございます…でも、あの女の子、うちの子抱えたまま走っていっちゃったんですけれど…?」

と周りに問いかけるが反応はない。

しかしそこは人生経験の差か、さきほどの巨大な怪物に襲われる、という状況に対しては泣き叫ぶだけだったこの女性は、それが過ぎ去った今はこの中で最も良識ある人物として速やかに指示を飛ばすことができた。

「とりあえず、こちらのお二方を協会の医務室へ運びましょう、あなた、お願いできます?」

「ユイ…」

「ちょっと、あの…聞こえてますか?」

と、見かねたアリスが通信をとばす。

『バカいちょーっ!!!』

「…!アリ…ス!」

『いいから、そのおばさまの言うとおりにして!早くノアさんとお兄ちゃんを協会に連れて行って!あなた一人で二人とも運べるでしょう!ほら急いで!』

「あ、あぁ…そう、だな、行ってくる」

『あとついでにそちらのおばさまにも協会に来るように伝えて、娘さんが協会で待ってるからって』

「わ、わかった」

『じゃ切るわよ』

プツっと通信が切れる。

そしてまた、静寂の時間が訪れる。

一葉も、ノアも、リンドウも、それ以降一言も発することなく、一葉が二人を抱えて、三人は協会へと向かうのだった。

生きのびたことへの喜び以上の、何か胸のもやもやを残したまま。

一体なぜ、自分が壊れてしまったのかも、自覚できないままに。

4体のパチャカマックがこの世界の主要の街4か所を同時に襲撃した大事件は、幕を閉じた。


「と、いうことで今からモールズでパチャカマック撃退にあたった4人がそちらに行きます、内二人は回復不可能な大傷を負っています、はい、私もすぐ向かいますので…」

『して、今回の事件、アリス殿は、どう思われる?』

「…正直に、わかりません、としか申し上げられないです、協会側はなにか心当たりが?」

『我々全体としては、目下原因を究明中なのだが…』

「?」

『どうやら、主様には何か思うところがあるようでして…しかしそれはあなた方が揃わねば話すまい、と…』

「協会の主様ね、なるほど確かに何かしら知ってるのかもしれないけど、とにもかくにも私たちや他の場所の紋章持ちもそうだけど、揃わないと話になんないわよね」

『むう、その通達だけ頼めますかな』

「ええ、余裕です」

『それと、あの男と女のことだが』

「いちょーと結、ね」

『思ったよりも厄介なことになるかもしれんのだが、それについては一言、これだけアリス殿に伝えておけと主様から』

「なあに?」

『”主役は黒田一葉だと思っているかもしれないが、実はその逆、野上結のほうだ、こちらの動向だけは必ず気にしておけ”と』

「…どういうこと?主役?」

『いえ、我々もその真意については存じ上げないのだが』

「いいわ、直接聞いてやろうじゃない、とりあえず切りますね」

『あぁ、よろしく頼む』

プツっ。

「主役は野上結、ねぇ…」

それだけ呟いて、すぐに全ての紋章持ちに協会に来るように通信をして、アリスも協会に向けて家を出る。

「まだ、直接会ってもいない人について、主役だとか言われてもな…」

一抹の不安を抱えながら、重い足取りでしかし、一歩ずつ。

アリスは進む。

確実に、前へと。


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