死の真実を知るまで
静寂な夜。
ノアは世界が闇に沈んだ後もすぐには気を緩めない。
夜行性のモンスターが寝ている間に家に侵入しないとも限らないのだ。
いつも早めに床につき仮眠をとり、深夜に一度起きて家の周り一体にモンスターを払うバリアーを張り直す。
バリアー、といっても特別ノア個人に力があるのではなく、この世界全体で普及している一般的な防怪物剤のようなものではあるが。
町ならばそうそう襲われる機会も多くはないがここは人里離れた丘の上である。
すこし裏手に見える斜面を下ればそこには広大な森が広がっているし、いつもノアが使っている湖もある。
そのためこの場所は比較的モンスターからの襲撃を受けやすい立地となっている。
もちろん多めだろう、というだけであってノアはこの一年でモンスターからの襲撃を実際に寝ている間に受けたことはない。
「今日は、特に、念入りにやっとかないとな」
一人呟くノア。
今日は、さきほど出会ったばかりの、しかしかけがえのない友人二人を泊めている。
この世界に来て初めて触れた、友人という暖かさ。
「私が、守るんだ、この手で」
ふぅっと息を吐いて、家の二階の寝室のある方を見やる。
つい数時間前の出来事が頭の中で蘇る。
「ノアちゃん、枕投げをしましょう」
「……枕、一つしかないけど」
「そうかー、ノアちゃん、寝る前になんか遊ぼ」
「でも私この世界来てから遊ぶようなことなかったし」
「じゃあお喋りしようよ」
「それなら全然大丈夫」
「ノアちゃんていくつ?私なんだかお姉ちゃんっぽくて甘える態勢を整えてたけど」
「この世界来たのが19の時だから、今20歳とかじゃないかなぁ」
「おぉ、じゃあたぶん一葉先輩の一つ上ですね、やっぱりお姉ちゃんにしたい」
「あはは、結は?」
「私は高校生になったばっかり、だからノアちゃんの4つ下かな」
「へぇぇ、本当に妹みたいだね」
「とりゃーっ、お姉ちゃーん」
「むっ、結、抱きつかないで!」
「あ、そうだ気になってたんだけどさ」
「まずは離れてっ、あーもう、なに?」
「ノアちゃんて日本語ぺらぺらだけど、日本にいたの?思いっきり西欧の人だと思ったんだけど、髪もさらさらな金髪だしさ」
「えと、これでもハーフなんだ、お母さんがドイツの人で、お父さんが日本人」
「おぉ、国際結婚、じゃあお母さんが大量出血したんだね」
「表現が微妙にアウトだよ結…うん、お母さんの遺伝が大きいって言ってたかな」
「いーなー綺麗だし、かわいいし、その、胸…」
「それはだから言わないでってば!はぁ、嫌味に聞こえるかもしれないけど、いいことばかりじゃないよ、ハーフなのって」
「そうなの、かなやっぱり」
「一番ありきたりなものとしては、こう、いじめとか」
「あぁ…それは、うん」
「あぁ、中学とかになってくるとだんだんハーフだから、みたいないじめはほとんどなかったから、そんな気に病まないで大丈夫だよ」
「彼氏とかいたの?」
「かっ、えっ!?」
「その反応、いましたね姉さま」
「いないいない、って何で急にそんな話になるの!?」
「女の子は夜に恋バナをする生き物だからです」
「うわ、真顔で言ってるし…それじゃ、結はどうなの」
「私は一度も付き合ったことありませんよー」
「告白とかは?」
「したことないなぁ」
「されたことは?」
「う、に、二回くらいは…」
「あんまり好きじゃなかったんだ?」
「あー、というか、うーん、まぁノアちゃんならいいかな」
「なに?」
「貧乏だったから、ほら恋人って、どうしてもお金かかるじゃないですか」
「…結、あなた…」
「あぁ、そんな目で見ないでっ、これでも、結構家、貧乏で、本当は、私も高校行かずに働こうと思ってたんだけど同い年の弟が自分が働くから姉ちゃんは行けーって、そんなことがあって」
「…そっか、大変だったんだね、結も」
「あはは、まぁ、一少女ですから」
「女の子の大変さを男の子はわかってくれないもんね」
「そうそう、一葉先輩とか無神経だからノアちゃんも気を付けてね」
「そうかな、結構気を遣ってそうな印象を受けたけど…」
「一葉先輩なんだかどんくさいのでだめだめです」
「というかいちょーには敬語なんだ?」
「んー、ノアちゃんには心を開いてるから、とか?」
「それいちょーが聞いたら泣くよ」
「なんとなくだよ、一葉先輩って呼んでるとこう、敬語以外が合わないというか」
「それは確かに」
「やっぱり楽しいな」
「またいきなりどうしたの?」
「友達と、お喋りするのって、こんなに楽しいんだね」
「…結は、その」
「なあに、ノアちゃん」
「寂しかった、の?向こうの世界で」
「どう、なんだろ、そうなのかな」
「…」
「…」
「…寝よっか」
「そうだね、おやすみなさい、ノアちゃん」
「おやすみなさい」
結も友人が多い方ではなかったらしいが、ノアにとっては、この世界で、元の世界を知る友人は初めてである。
結が言ったことだが、ノアもまた、友達とただ話をするだけのことがこんなにも楽しいものなのかと感じていた。
「私も、自分のこと、ちゃんと、話したほうがいいのかな」
そろそろ戻ろうか、とした時、家から外に出てくる人影が。
一葉だ。
「お、ノア起きてたのか、ユイは?」
「ユイ、って結のことだっけ、結は寝てる、私はちょっと外見てた」
「そっか」
一葉は空を見ながらノアの所にゆっくりと歩いていく。
ノアは自分のことはさておき、一葉がこんな時間に起きた理由について心当たりもないので素直に尋ねてみる。
「こんな遅くに、何かあった?」
「いや、ええと、言いづらい、んだけど、ノアが出てくのを見たからさ」
なんとなくその言葉に結の言っていた『気を付けて』の文字が浮かび上がる。
「いやいやそんな露骨に変な顔しないでくれって、その、聞きたいことがあったんだよ」
「聞きたいこと?別にいいけど」
「うん…あの、勘違いなら、いいんだけど、ノア、なんか隠してるだろ」
「!」
確かに、隠している。 だがまだほんの数時間しか一緒にいない一葉にこうもあっさり見抜かれるとは思ってもいなかった。
「…確かに、二人には、隠し事してる、出会った当日ってことを差し引いても、言わなきゃいけないことが、あると、思うんだけど」
「そっか、言いたくないんなら無理に聞きたいわけじゃないんだけど、やっぱ、ゾンビのことだろ?」
「どうして、そこまでわかったのかな」
まぁ、カッコつけて言うならこうなんのかなー、などとぶつぶつ呟く一葉。その顔はノアを問い詰める風ではなく、本当にどう言ったものか悩んでいるようだ。
「俺の前で嘘は通用しない、とか?」
「なにそれ、恰好ついてないよ」
「まぁあれだよ、俺はなんつーか家柄的に周りの人間全員嘘つきばっかりだったからさ、そういうのに慣れてんだよ」
「ふうん、別に私は嘘ついたわけじゃあないんだけどな」
「本当のことを言わないってのは、それはもう嘘ついてるようなもんだと思うけどね」
「じゃあいちょーは、あれだ、彼女できたらなんでもかんでも言ってくれなきゃ嫌なタイプなんだ」
「話飛んでませんかね」
「予定とか思ったこととか、そういうのを全部お互いに伝え合っている、って信頼関係と、相手のためを思って話さないことの意味をお互いに理解しあえる信頼関係を並べたときに、前者のほうがより良いと思えるタイプなのか、って話」
「そりゃ後者のほうが理想だとは思うけどね」
「何か問題が?」
「俺らみたいな庶民レベルじゃあ、隠したほうが相手のためになることなんて存在しやしないよ」
「ゆうねぇ」
「恋人を例にとれば、浮気とか不倫とかだろ、相手に伝えないほうが良いとかって、そもそも前提条件として信頼関係が崩れてるつーの」
「あはは、その考えは確かにいいね」
自分の嘘を見抜かれたことから焦っていたノアもここまでの話で、そうやら一葉が本当に責める気はないらしいとわかり、緊張がほぐれていた。言いたくはない話だが、どうせいつかは伝わってしまう話だろうか、と腹を括る。
少し吹いてきた風になびく髪を左手でかき分けながら、ふぅっと息吐き、ゆっくりと一葉に向けて語り始める。
「ねぇ、ゾンビ、ってそもそもなんで言われてるんだと思う?」
少し間を空けてから、一葉が答える。
「あの驚異的な回復力から、ってさっきは言ってたな」
「うん、でもやっぱりゾンビだなんて言われてるくらいだからね、まさかただそれだけでゾンビだなんて呼ばれる理由もないでしょう?」
まぁ、確かに、と一葉。
「ゾンビって、回復力というよりは、死者に対して何かしらのよくわからない力が働いて死体のまま蘇るとかって霊的な力の存在っていうのかな?そういうとこから出た呼称だもんな、魂ここにあらず、命令に忠実なしもべ、みたいな」
「いやそこまで詳しく知らないけど…そうなの?」
「いや話振っといて知らないのかよ」
ここで今度はノアのほうが、間を空ける。
「もっと単純に、物語の中におけるゾンビっていうのはふつう、人の成れ果てでしょ」
「!」
その言葉にすぐに返事を返せなかった一葉だが、すぐに先ほどのノアから聞いた文言を思い出す。
「いやでも、ノアさっきは、元は人間じゃない、って!」
嘘をついていた、と見抜いて、実際にゾンビ関連であることまでわかっていた一葉がここまで取り乱す理由とはなにか。ノアは一瞬考えて、すぐに答えを見出す。
(なるほど、結のこと心配してるんだ)
しかし、この先話すことは、自分自身も、いちよーも、結も、全員に対する現状保留を崩すことになるわけで。ノアとしては正直、出会ったその日に話したいことでは、やはりなかった。
「人間じゃないよ」
「人間じゃあ、ない」
「ゾンビは、私たち、紋章を持つ者の末路」
「紋章を持つ者はゾンビに対抗しうるだけの回復力がある」
「紋章を持つ者は同族を倒すだけの力がある」
「それがアドバルンから与えられた、この紋章の力」
「そして、戦えば戦うほどに、私たちは、痛みに慣れてしまっていく」
「死に慣れてしまっていく」
「相手が死ぬことに、自分が死ぬことに、心が反応しなくなる」
「死に慣れてしまう存在なんて、人間じゃないよ」
「だから私たちは人間じゃない」
「私たちは、ただのゾンビ」
「死してなお、戦いに身を興じるモンスター」
「いつ心が壊れてしまうかわからないし」
「壊れてしまったその瞬間から私たちは、殺す側ではなく殺される側に代わるだけ」
「死のループは、終わらない」
「私も」
「紋章の浮かび上がった、結も」
「そして、今日のゾンビとの戦闘で、殴った右手が回復を見せた、いちょー、あなたも」
「皆、もうゾンビなんだよ」
いや。
いやいやいやいやいや。
何言ってんだ。
ノア、お前は、いったい。
いくらなんでも意味わかんなすぎるぞ。
私も結もあなたももうゾンビのお仲間で、そのうち心が壊れる?
さすがに頭が混乱するっての!
いろいろ、いろいろわかんないけど、とにかく反論したい。
何に対して反論したいのかわからないけれど、このままじゃダメな気がする。
受け入れるしか、なくなってしまう気がする。
だから、だから、その。
「で、でも、そんな、いくら、人間が慣れる生き物だからって、そんな、簡単に心が壊れるなんてことあるわけがないだろ!?」
そんな、一葉のようやく絞り出した反論は、しかし、寂しそうな表情を浮かべたままのノアによって、両断される。
「私たちの心はそんなに強くないよ、君が一番よく知ってるんでしょう?」




