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ADVALN ―世界の真実を知るまで―  作者: 安藤真司
―世界編―
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13/20

零に思考を寄せるまで

「それで、ゼロとやらはあとどのくらいかかるんだよ?」

「んー、地図を見る感じはもう少しだと思うぞ」

「アリスちゃん大丈夫?疲れてない?」

「ん…大丈夫、結は?」

「私は一葉くんがいれば疲れないよー」

「ちょっとノアさん?俺の事無言で殴るのやめてくれません?」

「ごめんねーほんの一瞬殺意が」

「本気かよ」


二棟の家屋で各々微妙な事件が起きてから一週間後。

再び協会の主ことガイに呼び出しを受けた五人は準備期間を経ていよいよ件のゼロなる場所に移動を始めていた。

準備期間には一葉と結が荷造り担当を命じられガイの嫁クウヤと雑談をしながら街に繰り出し必要物資を買い出しに行ったりしていた。

なぜか必要物資の一覧表に小型の銃やら短刀(ご丁寧に『誰でも使えるモノ!』とメモ付だ)混じっていたのが一葉には腑に落ちなかったがそれについてははぐらかされた。

対して残りのノア、リンドウ、アリスはガイに付き従い、戦闘訓練を行っていた。

言うまでもなく、今から実施するのは調査であるのになぜ戦闘訓練を、という疑問は浮かんだがそれについてははぐらかされた。

これらの謎極まる状況整理の上、一行は、調査だなんだかんだと言ってガイとクウヤは自分たちを戦闘に駆り出す気満々なのではないか、という当然の仮説に到達して意見を一致させている。

が、それならそれでなぜ自分たちだけに頼むのかは不明で、そのあたりで議論は滞っていた。

何が起こるのかはわからないものの入念に話し合いをした五人はようやくゼロへと旅立った、わけなのだが。


「しっかし、アドバルンの不思議な力の影響を受けない場所、ってワープも出来ないわけか…帰りのことを考えると思ったより不便だな」

「まぁだからこそゼロだなんて呼ばれているんだけどね」

「でもさ、よく考えたらなんか移動手段って徒歩じゃなくてもよかったんじゃないか?」

「「ギクッ」」

「おっとどうしたノアさん結さん顔が青いぞ」

「二人は気にしてるんだよ…体型について」

「アリスちゃん言わないって約束したでしょっ!?」

「やっぱダイエット意識で歩かされてんだな今!?」

(ダイエット意識で)遥か遠く、アドバルンの不思議な力の及ばぬ地、ゼロへ向かって歩く歩く。


ゼロ。

零。

0。

何もないこと。

無であること。

今でこそ、そこに何もなければその状態をゼロであると表現することが可能であるが、意外にもそのゼロという考えに至るには様々な歴史を辿ることになる。

“ゼロ”という概念が存在しない状態であれば、「そこに何も存在しないこと」を意識することすらなかったのだろう。

無知の知という言葉があるが、そこに存在しないことを知ることなど出来ようがない。

無いことの証明はできないのだ。

であるから、恐らく”ゼロ”という言葉や考えが登場してきたのは必然的に”無”を認識した人物がいたわけではなく、例えば引き算の延長で『2-1=1』『1-1=?』から考えざるを得ない状況が生じたのではないか。

いや、それすら物事を数字で表そうと思っていなければ生じえない発想だろう。

偉人の有名な話にかの発明家エジソンが幼少期、泥団子2つを手の内にくっつけて「イチタスイチガイチニナツタヨ」と発言し小学校教諭を困らせたというものがあるが、その考えをここに持ち込むなら彼が砂を水で固め丸めて形にしなければ泥団子はそもそもゼロからイチになることすらないのだ。

ならばそれに気づいた彼がこう発言するだろうか。

曰く、

「イチタスイチハゼロカラウマレタンダヨ」

と。

先の逸話でエジソン少年の発言を受けた教諭は頭ごなしにエジソンの考えを否定した頭の固い人間であると、後にエジソンを教育面でも育てていくことになる彼の母親と対比されることが多いが、果たしてゼロからイチが生まれると聞いて対応できる人間がどれほどだけいるだろうか。

まだ、泥団子を用いた五感で説明のつく問題を提示されただけ、かの頭の固い教諭はマシであったのではかろうか。

さて、ここで一つ人類にとって大きな意味であるのは、物事は何であろうとゼロから始まるということだ。

哲学的な話ではなく。

世の中のすべては細かい集合体から出来ているから、要は原子で出来ているから(これも専門家に言わせればまだ細かく分けられるそうなのだが)、人類は世界の最小単位数を1と捉えることが多かったのだが、そもそもゼロからイチにしてあげなければその原子すら存在してくれないのだ。

例えば人が人となるためにはその親となる人たちによる営みがなければ存在することはできないし、道具を作るためには材料をどこかしらから採取してくる必要がある。

人や動物と道具を同列に並べることはできないけれど、道具であれば材料は本当にゼロであったわけではなく、本来そこにあったものを人類が見つけ出して初めて材料となるのだ。

まさに、エジソン少年がどこぞの砂場に存在だけはしていた砂を使って泥団子を形作ったように。

知能ある人類の本当の能力とは、イチを多種多様に組み合わせることのできること、ではなく、ゼロをイチに変えてみせる力なのではないか、という考えを捨てきることはできない。

そう、それこそ人類の英知なのだ。

だがしかしゼロをイチに変えることが人類に出来る力であると考えるとまた堂々巡りで、ではゼロをどうやって発見するのか、と最初の疑問に立ち返ってしまう。


「まぁだから、この持論はなかなか自己矛盾を含んでいて評価しづらいんだよな」

「ん?あ?話もう終わった?一葉くん」

「おいおい聞いてなかったのか結、じゃあ初めから」

「興味ないからやめろ」

「命令なんだ…」

「ほんと一葉くんはしょっちゅう暴走するね?」

「暴走してるつもりはないんだけどな」

「それで自覚症状ないってそりゃあぼっちにもなるよ一葉くん」

「おいおい、向こうの世界で俺がぼっちだったことを前提みたいに言うなよ」

「え、違うの?」

「…違わないこともないと言い切ることはやや難しい方向に修正していきたいと」

「ちょっと安心するくらいぼっちだねぼっちマスターだね世界の頂点だね」

「そんなにひどくないだろ!?そんなこと言ってる結こそどうだったんだよ」

「私ですか、私はまぁ大したことないですよ」

「大したことないって何が」

「ちゃんと友達と呼べる人は数人いましたよ」

「俺のぼっち度には及ばないってか」

「というか友人がいる時点でぼっちじゃないです一緒にしないでください」

「げふっ」

「でも大丈夫一葉くんもう私がいるんだからぼっち卒業なのだよ」

「うわーすごーいうれしーい」

「まぁ冗談はそのくらいにして、ゼロってのは結局よくわかんないってことなんだよね」

「はぁ?」

「え、だって、一葉くんも色々言ってたじゃん定義が云々って」

「あ、うん」

「でもゼロってつまるところ『ないこと』は表現しようがないし気づきようがない、ってことでしょ」

「まぁそうなるのかな」

「でも、これから行く場所はそういう意味ではわかりやすくない?だって、不思議な力が一切なくなってる場所があればそりゃあゼロでしょう」

「そんなものかねぇ」

「そんなものだよ一葉くん、エジソン少年風に例えるならせっかく作った泥団子を別の子供にとられてしまった、『おぉ、ゼロ個になった』くらいな発見ですよゼロなんて」

「ははは…結にかかれば多少の理論はないも同然だな」

と、そこまでだらだらと二人で喋っていたところにアリスが加わった。

「それ…それが、死だったのかな」

その発言に、リンドウは兄としてアリスの心情を垣間見、ノアは先日のことを思い出し冷や汗をかいたが、そんなことはつゆ知らぬ一葉と結は暢気に軽く応える。

「あぁ、そういう見方もこの世界ならあるかもな」

「んん?私わからなかった、どういうことアリスちゃん?」

「私たち、というか、ゾンビの対処法がきちんと確立されていなかった時って、もしかしたら、この場所でゾンビを殺していたんじゃないかって」

そのアリスに一葉が続く。

「今でこそノアやリンドウみたいな力が抑止してくれてるし協会なんてものが中心になってきっちり指示も出してくれるし、アドバルンの不思議な力とやらであの草っぱらみたいな空間も存在できてるわけだけどー、って感じか?」

「うん、だからひょっとして、この場所でなら、死なない何かが死を迎える場所、みたいなそんな意味でゼロとかって名づけられたんじゃないかって思って」

深刻そうな顔を浮かべるアリスに対し、ぷぷっと吹き出す一葉と結。

「え、なにか笑うポイントあった?」

「いやぁ、アリス、それはないんじゃあないか」

「そうだよアリスちゃん、中二病すぎるよ一葉くんに迫る勢いだよ中二病マスターを超えちゃうよ」

「待ってくれぼっちマスターは甘んじて受け入れざるを得ないが中二病マスターという不名誉な称号だけは断固認めないぞ俺h」

「うるさい黙る」

「あ、はい」

「よくよく考えてみてよアリスちゃん」

「…なにを?」

「普通の人は普通に死ぬんだよ?」

「…」

「というか、私よりもアリスちゃんの方がよく知ってるんだと思うけど、普通な人なら普通に普通の生涯を終えて死ぬ世界なはずでしょ?私たちが、私たちの方が普通じゃあ、ないんだから」

それに一葉も一言だけ付け加える。

「そもそも人間すらやめてるみたいだしな」

アリスは、この二人の余裕な態度が理解できない。

ついこの間相談したノアは、もっと苦しそうな返事をしていたように覚えがあるのだが。

というか、アリス自身もなんとなく、答えがあるようなものではないとわかっているし、わかっているからこそ余計に考えるたびに深みに嵌ってしまう、とそこまで理解しているといのに。

この二人の、しかもこの二人とてつい一か月前に死と直面する機会のあった、そんな二人の態度が解せない。

「なんで、二人は、そんなに、笑っていられるの…?」

絞り出した声は、思っていたよりも震えていた。

その様子を見て、ノアはずっと心配そうにアリスを見つめていたリンドウの手をゆるく引っ張り、その場を少し離れる。

「おい、えと、今のっていったい…」

「うーん、ちょっと説明するのが大変なんだけど、あの場に私たちはいない方がいいかなって」

「アリスは、なんか、悩んでるんだよな」

「そうだね、私の知ってる限りの話はしてあげるからもう少しあっちいってようか」

「あ、あぁ」

それら一連の会話をうっすらと耳に入れた一葉はここでようやく、

(もしかして、結構真面目な話なのか…?)

と思い至るのであった。

そしてちょうどそこでアリスが再び話をし始める。

「私、この間の事件以来ね、死ぬのが怖い、お兄ちゃんやノアさん、もちろん二人が死ぬのも怖いし、自分が死んじゃうこともあるんだと思ったら、すごく怖くて、今でもまだ、よくわからなくって、怖い」

「…うん、それで?」

「だから、この世界で、死ぬって、どういうことなのかなって、あるいは生きるって、どういうことなのかなって最近よくわかんなくなっちゃった」

一葉は少しどう言ったものかと悩んだが、その悩んだ間に結が答えていた。

ぎゅっとタックルをかましたかのようにアリスに抱き付いて、大声で叫ぶ。

「アリスちゃんは!ここに!いるでしょ!今!」

アリスすら泣いていないというのに結の方はぼろぼろ泣いている。

「アリスちゃん、死ぬのが怖いなんて、普通だよ普通の感覚だよ、私たちが、私と一葉くんがそんな風に見えない、だなんて、当たり前じゃん、だって、私たちはもう、死んでるんだから」

「…でも二人だって、今、ここにいる、生きてる、じゃん」

「ううん、私たち二人は、たぶん、生きてなんかいないよ、この世界でどうとかじゃく、もうこの世界に来る前から死んでる、から」

「…わかんない」

「いいの、いいんだよ、私なんかとアリスちゃんを比較しないで、私なんかをアリスちゃんと一緒だと思わないで、私なんかとアリスちゃんを同じになんてしないで」

「そんなこと、ない、だって」

いつの間にかアリスが結をなだめているような構図になっていた。

アリスが何か言いたそうにしているのを遮って、結の空しい独白は続く。

「アリスちゃんは、この世界で生まれて、この世界で育って、どんな経緯があってこうなったのか私は知らないけど、お兄さんがいて、ノアちゃんがいて、アリスちゃんのことを信頼してくれる同じ境遇の仲間がいる、それがつまり生きてるってことだよ、きっと」

結は一葉を一瞥した後アリスに向けて、とびきり悲痛な笑顔で、

「私にはね、一葉くんと一緒にいれること以外、たぶんなにも価値がないよ」

と呟いた。

アリスが完全に黙る。

一葉も胸を締め付けられるような思いになる。

「アリスちゃん、だから、そんな不安にならないで、ちゃんと生きてほしいよ、まだ、生きてる、そう思えるってことはまだ生きてるってことなんだから」

「まぁ、悩めるうちに悩んでおけばいいんだよきっと、それが今を生きてるってことなんだと思うからな、やっぱ」

「…やっぱり、わかんない、何が二人と、違うのか」

そのアリスの問いには答えず、一葉も結に一声かける。

「結、俺には、結と一緒にいれること以外なにもないけど、結には…」

「その話はもうしたよ一葉くん、いいんだってば、これで」

「…いい、かな」

「いいんだよ、私、もうあっちには戻れないと思うから」

「でも、家族は、きっと」

「いいの、いいから、私のことよりも、アリスちゃんだよ、ね?」

「…うーん、まぁ、いいけど」

「だから、ね、アリスちゃん、こんなこと言うのは無責任で筋違いだってわかってるんだけど、お願い、せめて私の分くらいは、悩んでほしい、ううん、悩んで、それが、アリスちゃんの答えになるんだと思う」

「それが、結たちの考える、生きる、ってことなの?」

「うーん、ちょっと違うのかな、言うなれば、そんな死ぬのが怖いって至極当然な悩みができた時点でその人はちゃんと生きてるし、たぶんちゃんと死ねると思うよ」

「それは、なんか、ずるくない?」

「うん、ずるかも、でも難しく考えないで、ちゃんと自分を大切に思って生きてほしいな」

「…うん、納得はいかないけど、そこまで言うのなら信じてみる、友達だから」

「うん、ありがとアリスちゃん」

今度は屈託のない笑顔で一葉にも、

「一葉くんも、ね、ありがとね?」

結は笑いかけた。


「…なんか、ひと段落、ついた、のかな?」

遠くで見守るは、ノアとリンドウ。

「さぁ、答えのない話だから、安心はできないかも」

「アリスがなぁ、そういうこと考える時期に入ったか」

「うん、あんまりリンドウくんには相談しないかもだけど、一応様子は今まで通り見てあげて」

「わかった、ありがとうな、いろいろと」

「私は、何もできなかったよ、ただ抱きしめて落ち着かせてあげることしか、お礼は二人にしなきゃ」

いやいや、とリンドウは頭を振る。

「俺にはそれすらできなかったよ、だからやっぱりノアもありがとう、だよ」

「…ふーん、そういう顔もするんだ」

「は?」

「ん、いい意味でだよ、合流しよっか」

「いい意味、ってなにが」

「いいから」

そう言ってノアはリンドウの手を引いて戻っていく。

アリス達の元へと。


楽しく会話をしたり。

時に真面目な話をしたり。

笑って。

泣いて。

ゆっくりと歩きながら5人は進む。

こんな時間の終わりが。

こんな幸せな時間の終わりが。

すぐそこまで来ていたとも知らずに。

ゆっくりと。

進む。

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